「学生たちのレポートのほとんどが、対面授業・印刷提出だった時代と比べ物にならないほどきちんと書かれていることに瞠目する」
8月中旬、獨協大学の国際教養学部・言語文化学科の野澤聡准教授がTwitterで、新型コロナウイルス感染拡大の影響で大学の授業がオンライン形式に移行したことによる影響を投稿した。
「Before Online / After Onlineという断層ができているのではないか」と推測する野澤准教授に、オンライン授業の導入によりどのような変化が起きたのか、これからの大学教育はどう変わっていくのかを聞いた。
昨年春の緊急事態宣言以降、オンラインと教室のハイブリッド形式に
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−−新型コロナウイルス感染拡大の影響によって授業スタイルを更したのはどのタイミングでしたか。
授業スタイルの変化があったのは昨年度です。
緊急事態宣言が発出されたため、5月下旬から急遽オンラインで授業を開講しました。当初はいろいろな混乱もありましたが、できる限り個別相談に応じて、学生の不安を解消するように努めるなど、徐々に整えていきました。
−−現在はどのような形式で授業を行なっていますか。
今年度の講義はすべてオンデマンドでの閲覧を可能にしています。
私の専門である科学史では古代から現代までの科学の歴史を概観する講義を、科学技術社会論では具体的な事例から科学技術と社会との関わりを考える講義を開講しています。
例えば、フェイクニュースとAI(人工知能)の倫理を扱った入門書を輪読する「文化としての科学」という授業は、教室とオンラインのハイブリッド形式で開講。録画した授業をオンデマンドでも視聴できます。
ゼミも同じようにハイブリッド形式ですが、卒論発表以外の録画は行なっていません。
授業に関する質問や相談は、主としてオンラインの授業支援サイト(LMS)やZoomを用いた個別質問の時間(オフィスアワー)を設定して行なっています。
表面的な質問がほぼなくなった
−−野澤先生はTwitterにて、オンライン移行による学生たちへのポジティブな影響について言及されていました。どのような変化がありましたか。
目に見える変化としては、授業に対する質問などのフィードバックが著しく向上しました。
単なる表面的な質問はほぼなくなり、授業資料と動画を観て考えたり、各自で調べたりした結果を書き込む学生が増えました。
また、オンデマンド形式の授業では、授業動画で分かりやすいところは倍速再生する一方で、分かりにくいところは、停止して検索したり何回も再生したりするなどのやり方で学んでいるという声が複数ありました。
分からないことがあれば調べてみる、という習慣が定着しているようです。
−−ツイートでは「レポートの精度が上がった」とおっしゃっていました。どのような理由が考えられますか。
学生たちのレポートのほとんどが、対面授業・印刷提出だった時代と比べ物にならないほどきちんと書かれていることに瞠目する。Before Online / After Onlineという断層ができているのではないか。
— NOZAWA, Satoshi (@st_nozawa) August 17, 2021
パソコンやネットの操作に習熟したことがあるのではないかと考えています。
ネットで検索するのは簡単ですが、信頼性の高い情報を探し当てるためには、検索語の設定などに一定の習熟が不可欠であるため、スキルの向上がレポートの精度に影響を及ぼしているのではないでしょうか。
まともな文献を参照すると、それに引っ張られるかのように立論もまともになる場合が多い。これこそ文献研究の長所である。
— NOZAWA, Satoshi (@st_nozawa) August 18, 2021
レポートの流用が減少 推測される3つの理由
−−「昨年度以前のレポート流用もほぼなくなった」とも投稿されていました。こちらに関してはいかがでしょうか。
私の場合、成績評価基準はオンライン導入前からほぼ一定のため、比較検討が可能である。加えて言えば、過年度のレポートは形式的に除外されるように課題を設計している。今期は昨年度以前のレポートを流用したと思われるものがほぼなかった。これも今期の特徴の一つかもしれない。
— NOZAWA, Satoshi (@st_nozawa) August 18, 2021
レポート流用が減った理由として思い当たることは3つあります。
まず、授業資料をオンライン配布にしたため、紙資料の時のように紛失する可能性が減ったことです。
また、オンデマンド形式の授業では、後で必要になった時に確認できるため、聞き逃したり聞き違えたりする可能性が減っていると考えられます。
一昨年度までは、期末レポート提出期限の間際に問い合わせが急増して、同じことを何度も説明することに辟易したものですが、現在はほとんどなくなりました。稀に問い合わせがあっても、「第1回の授業資料と授業動画で説明しています」と答えるだけで済むので非常に合理的です。
最後に、サークルなどの課外活動での学生間の不正確な情報伝達がほとんど行われなくなったことも影響しているようです。
サークル活動が難しくなったことは非常に深刻な問題ですが、授業に関する不正確な情報伝達がなくなり、学生が授業の説明を誤解する余地が減ったという面もあるようです。
ただ、これらはいずれも、学生からの反応やSNSでのやり取りから推測したもので、まったく別の要因があるのかもしれません。
自分の言葉が学生たちに届いているという実感を持てるように
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−−質問やレポートの精度向上のほかに良い影響はありましたか。
まず、私語がなくなりました。オンライン形式の授業はもちろんですが、ハイブリッド形式でも私語はほとんどありません。
また、学生からのフィードバックが充実したことで、SNSなどネット社会の現象について興味も知識もある学生が多いことを知ることができました。
ネット上の情報に詳しい学生が多いという感触を得てからは、こちらも授業がしやすくなり、オンデマンド授業の収録についても、自分の言葉が学生たちに届いているという実感を持って臨むことができるようになりました。
課題も残るオンライン授業
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−−逆にオンライン授業のデメリットや課題についてはどのように考えていますか。
現状のオンライン授業は応急的なものであるため、足りない点は少なくないと考えています。
まず、用いられているZoomなどのツールの仕様は、オンライン授業を実施するのに十分とは言えません。リアルタイムで議論を行なう際は、パソコンの性能やネット回線の速さがボトルネックになることもあります。
また、導入当初は、受講時にビデオを常にオンにしておくのが苦痛であるという相談を学生から何度か受けました。
私自身は当初から、
(1)講義ではビデオ・マイクともオフにして、質問時はマイクオン、もしくはチャットで行なう
(2)ゼミなどの授業では、発言時以外マイクはオフ、ビデオはオン/オフどちらでもかまわない
という方針を実施しています。
可能な限り窮屈にならないように、分かりやすく納得のできるやり方が標準的になれば良いと考えていますが、どのように振る舞えばいいのかという課題は今もあると思っています。
もっとも大きな問題は、学生間で交流する機会が非常に限られてしまうことです。様々な学生が一堂に会して学ぶという雰囲気が感じられないことは、学生の孤独感を助長することにもなります。
輪読やゼミなど、学生間での議論が重要な授業では、学生間の交流の手段が限られるというデメリットは大きいです。