こんにちは。
アメリカ経済の中で、10年代ごとの企業利益の増減率には機械的とも言えるほどの法則性があります。その法則性に当てはめてアメリカ経済の今後6~7年間を予測すると、うまく行っても長期不況はまぬかれず、下手をすると暴力革命に発展する可能性も考えられます。
なぜそこまで暗い展望を描いているのか、順を追ってご説明しましょう。
不振の10年代後のアメリカ企業は大増益を達成する
次のグラフをご覧ください。
1900年代の10年間と、1940~80年代の半世紀間を通じて、企業利益の10年累計成長率は40%前後までの増益か、若干の減益という比較的穏やかな変化にとどまっていました。
しかし、1920年代、1990年代、2010年代には10年間で少なくとも約50%、高いときには約100%の増益を達成しました。逆に1910年代、1930年代、2000年代には10年間の累計で2ケタの減益というかなり大きなマイナスを記録しています。
それぞれの折れ線がどの年代を示すか一覧にした左上の凡例を見ていただくと、大増益・大減益は時期的にまとまっていることがわかります。しかも、決して大増益も大減益も続けて2度起きるわけではなく、互い違いに起きているのです。
どうやら、アメリカの企業は大減益の後には大増益、そのまた後には大減益というパターンをくり返しているようです。いったいなぜでしょうか。
すなおに考えると、国民経済全体の成長性が低下したために企業利益が不振になり、次の10年代はその不振を挽回するためにGDP成長率が上がり、国民全体も豊かになり、企業利益も拡大するという、いわゆる「危機バネ」が働いているような気がします。
しかし、実際には1930年代大不況でも、10年間に2度、ハイテクバブルとサブプライムローンバブルが崩壊した2000年代にもGDP成長率は低下しましたが、企業が大増益をやってのけた1920年代、1990年代、2010年代にGDP成長率が急上昇した形跡はありません。
上段の対数目盛りで示した実質1人当たりGDPの実額を見ても、下段の実質1人当たりGDP成長率を見ても、国民経済全体としての成長率は前の10年代とほぼ同じか、むしろ下がり気味なのです。
この点は、1930年代以降でもっとも深刻に経済活動が萎縮した2007~09年の国際金融危機を経験した直後の2010年代に焦点を当てると、もっとはっきりわかります。
このグラフでは10年移動平均で2016年の実績までしか収録していないため、2007~09年の深刻な落ちこみの影響から完全に抜け出てはいないという事情は勘案すべきでしょう。
それにしても、実質GDP全体も、実質1人当たりGDPも、2010年代初めにやや回復の気配を見せただけでその後すぐへたり込んでしまい、2010年代半ばは第二次世界大戦後でもっとも低い成長率を記録した時期となってしまいました。
企業は勤労者の取り分を奪って好収益を達成した
この事実から引き出せる結論はひとつしかありません。それは、企業は前の10年代に失った利益を取り戻すために、ふつうの景況であれば当然勤労者の取り分になっていたであろう付加価値まで、強引に利益として取りこんでしまったということです。
次のグラフが、GDP成長率は低迷していたにもかかわらず、企業利益総額が史上最高水準まで登り詰めた事情を明快に描き出しています。
1970年代から1990年代半ばまで、勤労者の賃金給与は企業利益の7~11倍の範囲内で推移していました。1995年から2010年にかけて、この範囲が5~9倍に下がっていき、2010年代にはほぼ一貫して4倍台にとどまるところまで低下していたのです。
なお、2000年と2007~08年に賃金の対利益倍率が急上昇しているのは、それぞれハイテクバブルとサブプライムローンバブルが崩壊して企業利益が激減したために、ほぼ同額だった賃金給与の対利益倍率が上がったというだけのことです。
2010年代に入ってからは、企業利益が一過性で激減したときでさえ、勤労者の賃金給与の対利益倍率が顕著に上がることはなくなってしまいました。
そのへんの事情は、次の上下2段組のグラフが示しています。
企業人件費の対GDP比率が天井を打ったのは、1970年ともう半世紀以上も前のことでした。
また、労働生産性を上げるには、勤労者の資本装備率を上げる――より多くの設備投資でより効率の良い労働環境を築く――必要がありますが、これも40年前にはすでにピークアウトしています。
つまり、企業は自社が創出した付加価値のうち、本来勤労者が受け取るべき分まで横取りすることで、GDP成長率は鈍化しているのに利益を拡大しつづけてきたわけです。
しかも、金融市場、とりわけ株式市場はこうした企業行動をたんに容認するのではなく、むしろ賞賛するような行動を取っています。それがわかるのが、次の4枚組のグラフなのです。
比較的よく知られている株価評価の基準が、ここでは右下に出ている株価収益率(PER)です。株価を1株利益で割って算出し、株を買ったときの資金は何年分の利益で回収できるかを示しています。
2022年を通じてアメリカ株はだいぶ下げましたが、単年のPERはまだ歴史的に見て上から20%目というそうとう高い位置にあります。
それ以外の3枚は何年かのPERを、景気循環の上昇局面にあるか下降局面にあるかによって調整して移動平均値を出したもので、左上が10年移動平均、右上が5年移動平均、左下が3年移動平均となっています。
10年移動平均は上から9%目、5年移動平均は上から11%目、3年移動平均にいたっては上から5%目と、異常に高い水準を保っているのです。
もちろん、株価は永遠に上がりっぱなしということはなく、上がったら下がる、下がったら上がるのくり返しですから、現在の評価が高ければ高いほど、これから先下落する可能性が高くなるわけです。
1910年代のアメリカ経済では、それまで順調に伸びていたヨーロッパ諸国への輸出が、第一次世界大戦でほぼ全面的にストップし、その後の回復も遅かったために、10年間の累計利益成長率が大幅なマイナスとなりました。
1920年代には、そのマイナスを取り戻すために企業は労働者の取り分を削ってまで利益の拡大に努めました。株式市場はそれをはやして永遠に好況が続くとでも言うように各業界を代表する大手企業の株価を上げつづけました。
その結果、1929年の大恐慌によってバブルが崩壊し、1930年代を通じて深刻な不況にあえぐことになったのです。
前の10年代の企業利益が悪いと、次の10年代には利益拡大のために無理をする。そのまた次の10年代にはしわ寄せが来て、大減益になる。どうやら、アメリカ経済はこのくり返しで進んできたようです。
2010年代に起きたGDP成長率鈍化の中での株価急上昇は、企業が勤労者の取り分まで奪って利益を拡大したのもさることながら、その経営姿勢を褒めそやして利益成長率以上に株価を上げてしまった楽観的過ぎる株価評価にも大きく依存していました。
しかも、2010年代の株価上昇はインフレ率が比較的低水準にとどまる中で起きていましたが、2020年代に入ってインフレが加速しはじめました。
まずロックダウンの解除によるリベンジ消費があり、アメリカの中央銀行である連邦準備制度による連続的な利上げがあり、さらに「グリーン革命派」による化石燃料敵視やロシア軍のウクライナ侵攻に伴うエネルギー需給の逼迫と、物価上昇要因が揃っています。
インフレは株価評価を下げる
こうした条件のもとで、まだかなりの高水準に踏みとどまっているアメリカの株価は、いったいどうなるでしょうか?
ここで気になるのは、インフレの加速は株価にとって好材料と考える人が非常に多いことです。
「インフレ率が高まると、欲しいものはすぐに買わないと高くなると思って買い急ぐ。そこから企業活動一般が拡大に転じる」とか、「大衆は物価上昇率と同じ率で名目賃金が上がっただけでも、稼ぎが増えたような気になって消費を拡大する」といった議論です。
日本でも消費税率が引き上げられるたびに、買い急ぎ需要を期待する声もありましたが、1回目、2回目とその効果は短期化し、3回目にはほとんど消滅しました。また、インフレ率と同じ率で名目賃金が上がってもまったく購買力が増えないことぐらい大衆は知っています。
実証研究では、インフレ率の上昇、あるいは慢性的な高インフレ状態は、同じ金額の利益をあげている企業の株価評価を圧縮することが判明しています。
過去の10年代ごとのアメリカのインフレ率を比べると、1910年代、1940年代、1970年代がインフレ率が高かった10年代でした。
このうち、1940年代は前半の戦争特需、後半の復興景気で企業利益率も順調に伸びた10年間でしたが、1910年代は第一次大戦による輸出不振で低迷し、1970年代はstagflation(不況下の高インフレ)という造語ができるほど、企業業績が伸びない10年間でした。
また、インフレが持続する時期には、株の総合収益率(配当利益を同じ株の追加購入に回したときに達成できる株価上昇+株数増加による収益率)がかなり大きく低下します。次のグラフの左側でご覧いただけるとおりです。
10年ごとの米国株総合収益率ワースト5を見ると、1910年代がマイナス54%で1位、1970年代がマイナス41%で2位、そして業績は比較的良かった1940年代でさえマイナス21%で5位となっています。
2000年代はインフレ率は落ち着いていましたが、2度のバブル崩壊にもかかわらず景気循環調整済みPER(CAPE)が高止まりしていたためにマイナス39%の3位に入っています。
1930年代にいたっては、インフレどころかかなり大幅なデフレだったのですが、あれだけ株価が下がっても、まだ1920年代に上がりすぎたCAPEが十分に下がっていなかったので、マイナス30%の4位となっています。
そのCAPEがどのくらい高いと株価は下落し、総合収益率もマイナスになるのかを図示したのが右側のグラフです。1910年には14.5倍、1940年には16.4倍、1970年には17.1倍で出発して、大幅なマイナスになっていたのです。
それに比べて、2020年はCAPEが29.0倍だったのです。高さ3メートルの踏み切り板から飛びこむふつうの板飛び込みと、高さ10メートルの踏み切り板から飛びこむ高板飛び込みぐらいの差があると言っても大げさではないでしょう。
次の2枚組グラフでは、3回あったインフレの10年代で、企業の実質増益率とPERの圧縮率がどうだったのかを比較しています。
上段の実質増益率のほうは、1910年代が約40%の大幅減益、1940年代が40%強のかなりの増益、そして1970年代が約30%とそこそこの増益、つまり平均値を取ってもあまり意味がないほどばらけています。
一方、下段のPER圧縮率のほうは、3回とも揃って大幅な圧縮で平均値ではマイナス47%と、ほぼ半減となることがわかります。
2020年代は大幅なPER圧縮をまぬかれるか?
さて、現在進行中の2020年代はどうでしょうか? 前の10年代の増益率が高すぎたために、株価評価一般が甘くなっていて、おまけにインフレ率も急加速に転じました。過去のパターンをくり返すとすれば、大幅な株価下落が予想されるところです。
たとえば、利益はまったく同額を出しつづけていても株価は半減、2ケタ減益でもしようものなら、株価は3分の1とか4分の1に下がっている……そんな事態が起きるのでしょうか?
2020年代の最初の3年間を過ぎた時点ですでに企業の実質増益率のほうは23%の増益になっているのですから、たとえ株価の評価基準が大幅にきびしくなっても、そこまで大きな株価下落はなさそうに見えます。
しかし、私は1930年代大不況と同様の株価下落とGDP縮小、生活水準の低下程度で済んでくれたらむしろラッキーだと言うくらい深刻な事態、しかも経済・金融の枠内にとどまらず、政治社会情勢全体を揺るがすような事態が勃発すると見ています。
最大の理由は、2010年代の企業経営が、1920年代よりはるかに悪辣に勤労者の犠牲のもとで株主や経営者、そして金融機関だけが大儲けをする仕組みになっていたからです。
まず企業利益総額がGDPに占めるシェアの移り変わりをご覧ください。
2000年代までのアメリカ経済では、企業利益の対GDP比率は景気循環の山で10~13%、谷で7~8%の範囲で推移してきました。
ところが、2010年代に入ってからはこの範囲の上から4分の1ぐらいの範囲内で動いているのです。つまり、世間一般には好況の後には不況があっても、企業経営には好況ばかりで不況もふつうの景況もないというわけです。
逆に勤労者の賃金給与がGDPに占める比率は、企業利益のシェアが高まるにつれて低下しています。
20世紀後半を通じて、最低のシェアはGDPの44%強という水準でした。ところが、2010年代以降でその44%という水準をクリアできたのは、2020年に第1次コロナショックによる企業利益の一過性の激減が起きたときだけなのです。
なお「求人広告を出しつづけてもなかなか埋まらない空席があり、いずれ企業は高めの賃金給与を約束して募集することによって空席を埋めるから、賃金給与の対GDP比率も徐々に改善していくはずだ」との見方もあります。
次のグラフが、そうした見方の根拠となっているようです。
上段を見るとたしかに求人中で埋まらない空席が増えるにつれて、企業の雇用コストも上がっています。
ですが、インフレ率が7~8%の経済で雇用コストがやっと5%台まで上がったということは、実質ベースではまだ賃金給与の取り分は下がりつづけていることを意味します。
また下段で、空席数が1000万人を突破してから約2年経っても、相変わらず失業者数は500~600万人、空席数は1000~1200万人という比率がほとんど変わらないという事実は、空席の大部分が非常に劣悪な条件の仕事であることを示唆しています。
ウェイター、ウェイトレス、バーテンダーといった仕事は、好況のときでさえ客からのチップがなければ生計が立てられないほど低賃金でした。
コロナによるロックダウンによってそうした仕事が大幅に削減された際に失業した人たちが、徐々にふつうの生活が戻ってきたところでコロナ以前より景況が良くなっているはずはない職場に戻るかとなると、大いに疑問です。
なぜこんなにひどい経済になってしまったのか?
2020年代が始まってから3年が過ぎ、もう4年目に突入しています。これまでのところ、2022年には株も債券も大幅に下がりましたが、アメリカ経済全体が破綻の危機に瀕しているというほど深刻な状態ではなさそうに見えます。
しかし、私は2020年代が1930年代よりもっとひどい事態を招くことを確信しています。
その最大の理由は、1920年代にはなかった法律制度が2010年代にはすっかり定着していて、その制度によって2010年代の企業経営者たちは、1920年代の経営者たちよりあこぎに稼いでいたことです。
第二次世界大戦直後の1946年、アメリカ連邦議会は「ロビイング規制法」という名の贈収賄奨励法を可決しました。
連邦議会に登録したロビイストを通じてであれば、企業や産業団体が青天井で議員や官僚たちにワイロを贈ることができる制度です。
この制度が定着してからというもの、アメリカの有力産業の大手企業は、経営がむずかしくなるたびに政治家や官僚を動かして、自分たちに有利な法律や制度をつくらせて苦境を乗り切ってきました。
企業経営の目的はできるかぎり大きな利益を得ることです。まじめな努力で達成しようと、他国であれば犯罪となるワイロで達成しようと、利益さえ拡大していれば株主から苦情も来ず、自分もストックオプションを通じて巨富を得ることができます。
人間だれしも楽をしたがります。どちらが楽かといえばもちろん贈賄のほうですから、アメリカ中の巨大企業、有力産業団体でロビイングをしていないところは皆無と言ってもいいほどです。
その結果としてのアメリカ経済の成長力の劣化ぶりは、次のグラフに明白に出ています。
全要素生産性とは、同じ量の労働と同じ質・量の資本を投下した場合に、生産物がどのくらい増えるかを測る尺度です。投入した生産要素の量は同じなので、成果物が増加すればそれは技術革新や社会全体の生産基盤の改善の結果と見なすことができます。
労働生産性は資本装備率や天然資源賦与率の違いで出発点から差が付くので、同じ時点での国ごとの生産性比較には使えません。ですが、全要素生産性はそうした要因を全部同一にした上での比較ですから、公平に各国の経済効率を測ることができます。
21世紀の強欲革命は暴力革命を招く?
1929年の大恐慌直前には年率3.5%で全要素生産性が伸びていたアメリカ経済ですが、戦後ロビイング規制法が可決された後の1940年代末か50年代初頭に3.1%でピークを打ってから、全要素生産性が急落に転じます。
1960年代半ばから90年代末までは、あの老大国イギリスに負けるほどアメリカの全要素生産性は低下していました。その後21世紀に入ってから抜き返したのは、アメリカの全要素生産性が回復したからではなく、イギリスがアメリカ以上のペースで下がったからです。
堂々と合法的に不正な手段で利益を得ることができるようになると、経済全体がいかに劣化するかを如実に示すグラフと言えないでしょうか。
ちなみに、私は日頃「AIとか、バイオテクノロジーとかは、世界を豊かにするために何ひとつ貢献していない」と断言しています。
その理由は、蒸気機関が普及した頃、鉄道網が張り巡らされた頃、空中固定法で窒素肥料が量産されるようになった頃、あるいは電力が一般家庭に浸透した頃と比べると、AIやバイオテクノロジーによってほんの少しでも世界各国の全要素生産性が上昇した気配がないことです。
AIびいきの方々は、20年経っても、50年経っても、100年経っても「いや、真価を発揮するのはこれからだ」と言いつづけるのでしょうが。
1920年代と2010年代に、アメリカの資本家・経営者たちは強欲革命と言っても過言ではないほど悪辣な利益拡大策をアメリカ国民に仕掛けました。
20世紀の強欲革命は、1930年代大不況というしっぺ返しを受けました。強欲の度合いが何十倍かに肥大化した21世紀の強欲革命は、大不況程度のしっぺ返しで済むでしょうか。
武装した大衆がアメリカ中の大都市圏で資本家や大企業経営者の掃討戦を始めて、暴力革命にいたるのではないでしょうか?
■
増田先生の新刊「人類9割削減計画」が好評発売中です。ぜひご覧ください。
編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年3月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。