賃料は払わないという論理は成り立つか?:イーロン・マスクも賃料未払い

アゴラ 言論プラットフォーム

カナダ、トロントのある賃貸アパートで家賃の不払い運動が起きており、カナダ国営CBCニュースなどが報じています。事の発端は長く住む住民の一人がこの10年ぐらいの間に賃料が8割程度上昇したことへの不満が発端で不払いを運動を始めたというもので、他の住民が同調する動きが出てきているというものです。

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トロントを含むオンタリオ州では年間の住宅向け賃料の上げ幅の上限が規制で決まっており、2023年は2.5%です。バンクーバーを含むBC州は2%など、概ね各州で規制幅が決まっています。但し、建物を一定規模で改修した場合には最大5%まで引き上げることができる例外規定があります。これが今回の問題の引き金になったようです。

カナダは日本と違い、そこまで賃借人の権利は守られていません。しかるべき理由で「出ろ」と言われれば出なくてはいけないのです。ですが、今は出るも地獄、居続けるのも地獄ということなのでしょうか?

私は日本でシェアハウスやサービスアパートメントの経営もしていますが、現在は外国人が顧客の6割を占めています。これは私が外国人慣れをしているからという訳ではなく、外国人の方が世のルールに精通しているからです。契約の際には契約書をじっくり読み、コメントをもらうこともしばしばあるし、賃料は払わないと追い出される、契約はきちんと締結しないと来月の居場所はないかもしれないといった契約社会がカラダに染みついていることを感じさせるのです。

面白いのは顧客にアルゼンチンの方が2名いるのですが、お2人とも振り込みをした際に律儀に必ず、振り込んだ、とメールを毎月よこすのです。電信振り込みに対する不信感が同国にあるのかもしれません。お国柄と言うものでしょうか?

さて、賃料の未払いについては住宅だけではなく、イーロン・マスク氏も事務所などの賃料を踏み倒しています。それがツィッター社関連の賃料で現時点で未払いは20億円相当は優に超えています。当然、大家から訴訟も沢山受けていますが、当のマスク氏は「Let them sue!」(勝手に訴えれば!)なのです。これについてイェール大学の教授が「Hold Up Game」と称しています。これは経済学で「ホールドアップ問題」というカテゴリーで出てくるのですが、不完備契約に基づく問題だとされます。

平たく言えば世の中のどんな契約でもすべてを予見することはできないから想定外のことが起きた時には弱い方が文句を言ったほうが優位になるというものです。先述のトロントの家賃の未払いの話も同じです。私がコロナの頃、商業テナントの賃料を一時期、3割引きから無料としたのは「不完備契約」を大家が先に提示したケースだとも言えます。

この大学教授の解説は「そうは言ってもマスク氏は何時かは払うのだろう。今は無い袖は振れないという話であとで金利をつけて払うということに落ち着くのではないか」と。

そりゃそうです。テスラをローンで買った客が途中で「不完備契約」が生じたのでローンは払わないけれど車は俺のもの、という理論がまかり通らないとも限らないのです。もちろん自動車ローンあたりは「完備契約(あらゆる事象が完全に網羅されている契約)」に近いからこれは空想の論理でしょう。マスク氏がツィッター社は潰れるかも、なら大家も支払いを待て、と言うのはどちらかと言えばパワーゲームのような気もします。

私が懸念しているのはツィッター社が正々堂々と賃料未払いを積み上げる行為をすれば他の会社も真似をする点なのです。ゴールドマンサックスの今年1-3月の支払い延滞額は1170億円、アメリカの銀行全体では1.8兆円ぐらいになるとされます。かつては払えなければ大家は鍵をロックし、アクセス出来なくしました。今はそういう強硬策は鳴りを潜めています。

個人的には私が不動産業だから賃料未払いは論外だ、というより現代社会が自己都合の理論を振り回す傾向が無きにしも非ずだという懸念が大きいのです。ユニバーサルなルール、道徳観が本来あるべきで、その下に国や各行政府における法律やルールが存在してきたのが人間社会の規範です。

道徳やモラルが先行したのが「良き英国時代」だったとすれば、アメリカの時代になり個々相違する常識観を縛るのが法律である、という発想のもと、訴訟社会を経て判例主義になりました。その判例も時代と共に変化するため、昨日の常識は今日の非常識、とまではいかないまでも確実に変化してきている、その好例が今回取り上げた問題ではないか、と感じるのです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年6月15日の記事より転載させていただきました。

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