2023年のアップフロント(テレビ広告の先行販売)シーズンが第2四半期の幕開けとともにスタートする。映像業界の各部門がこれに向けてそろそろと準備を進めるなか、広告費の取り分を多少なりとも増やせるのではないかと期待する一角がある。
ナショナルシネメディア(National CineMedia)とスクリーンヴィジョン(Screenvision)傘下で映画館広告を販売する会社の面々だ。メディアバイヤーたちは彼らの期待は適うだろうと見ている。理由はいくつかあるという。
たとえば、メディアエージェンシーで投資を担当する幹部たちによると、映画館広告に広告費を奪われる可能性がもっとも高いのは、リニア(従来型)テレビのプライムタイム枠(スポーツ中継を除く)だという。実際、従来テレビのプライムタイム枠は価格が高騰しつづける一方で、視聴者の減少と高齢化が進む。この隙(すき)を狙って、スクリーンヴィジョンとNCMは「囚(とら)われの聴衆」を提供しようというわけだ。
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断片化し続ける動画広告の世界
大手エージェンシーグループ傘下のメディアエージェンシーで投資の責任者を務めるある人物は、動画広告の売り手との取引関係を理由にオフレコで取材に応じ、こう話した。「マーヴェルの映画なら、金曜と土曜の夜で2000万人を動員できる。相当な規模だ。しかも、オーディエンスはプライムタイムテレビよりもどちらかといえば若年かつ多様だ。プライムテレビに支払っているCPMを映画館広告に移せるなら、私としては理解できる決断だと思う」。
フォレスター(Forrester)の主席アナリストを務めるケルシー・チカリング氏は、「映像業界全体の広告費をめぐる競争は激しく、映画館広告はその最後尾に押しやられるだろう」と指摘する。「映像の世界は断片化しつづけている。映画館広告を提供するメディア企業は互いに競争しているだけではすまされない。CTVの成長、Netflixによる広告付きプランの導入、さらにはTikTokが消費者の娯楽時間を侵食するなど、新たな市場参入者との競争にもさらされる」。
別のエージェンシーグループの投資担当役員も、映画館広告を扱う企業がより多くの広告費獲得を見込んでいるのは周知の事実だと指摘し、しかしその道は平坦ではないとも認める。「彼らはアップフロント市場でより高額の先行投資を求め、動画広告費のシェアを奪うためにあらゆる手を尽くすだろう」とこの役員は話す。「問題は、2023年から2024年にかけて、経済的な逆風にさらされた広告主が財布の紐を締めることだ。縮小する市場で売上を伸ばすのは容易でない。映画館広告を扱う企業にとって、もっとも確実な方法は、従来型テレビのプライムタイム枠を中心に、従来メディアの広告費を取りに行くことだ」。
NCMやスクリーンヴィジョンが狙っているのも間違いなくそれだ。しかし、映画館広告もどちらかといえば高額であることに変わりはない。本編前に流れる広告と予告編のなかでもっとも目立つポジションのCPMは、バイヤー推定で50ドル(約6500円)から70ドル(約9300円)にのぼる。
映画館広告にもアテンション指標を導入
もっとも目立つポジションとは、少なくとも非上場企業のスクリーンヴィジョンが販売する広告枠に関する限り、「すべての予告編が終了し、映画本編が始まる直前に流れる最後の広告」だと、同社の最高収益責任者(CRO)を務めるクリスティン・マルティノ氏は説明する。同氏によると、映画館広告のアテンション率は97%、広告想起率は80%、純粋想起はコントロールグループに対して38%高く、広告を見てから2週間以内にブランドと接触する可能性も同じく38%高くなるという。
「広告主たちに対して、ブランド認知の向上がマーケティングファネルの下流全域に影響を与えること、消費者の検討や購入意向を変容させることを証明したい」とマルティノ氏は話す。「映画館広告にはそれができると証明するデータもある。いずれにしても、我々が焦点を当てるのはあくまでもブランド認知だ」。
NCMは、同社のメディアが広告主に与える影響を示す独自の調査結果を保有している。ある小売企業(社名は非公開)に関する第4四半期の事例によると、映画館のスクリーンで広告キャンペーンを見た人の来店が、見なかった人に比べて52%高く、デジタルキャンペーンを見た人の来店は、見なかった人に比べて27%高かった。
NCMとスクリーンヴィジョンは、進捗の度合いこそ異なるが、いずれもアテンション指標の導入を進めている。両社とも、アテンションの高さは映画館という比較的閉じられた環境に由来すると述べる以外、具体的な取り組みについては語っていない。
「我々のいうプレミアムとは、価格の高さではなく、効果の高さであり、得られる結果のことだ。プレミアムとは本来そうあるべきで、露出に対するCPMではない」と、NCMのマイク・ローゼンCROは話す。ちなみに、NCMは上場企業だ。「あるメディアがプレミアムと呼ばれるなら、それはそのメディアから得られる価値がほかよりも高いからだ。旧来の露出ベースの考え方を脱却し、エンゲージメントやアテンションなど、異なるメディアの価値を正しく比較できる考え方に移行するため、それを後押ししてくれるデータや調査を我々は大いに歓迎する」。
逆風に直面する映画館
現状、映画館広告をもっとも頻繁に買いつけるお得意様は、動画配信サービス、ビデオゲーム、玩具といったエンターテインメント関連の企業だ。いずれも映画館に足を運ぶ人から余暇の時間を奪おうとする競合企業であり、それを考えればある種の皮肉を感じる。とはいえ、買い手が競争相手でも、1ドルは1ドルだ。
こうしたなか、新作映画の公開スケジュールにまつわる問題に解決のめどがついたのは、NCMとスクリーンヴィジョンにとっては朗報だろう。映画製作会社が劇場と動画配信サービスの同時公開を改め、劇場での独占公開へと移行するようだ。
スクリーンヴィジョンのジョン・パーティラCEOによると、2023年の公開予定表には期待できる新作が並び、観客動員に拍車がかかるだろうという。「製作会社が予定している作品の幅と奥行きに大いに満足している」と同氏は話した。
NCMのローゼン氏もこの見立てに同意する。「2023年の公開予定リストには、若い観客から家族連れ、さらには年配の観客まで、異なる顧客層がそれぞれに楽しめるバラエティに富んだ新作が満載だ。強い追い風を背に2023年に乗り出せるのは朗報だ」。
それでも、映画館広告を扱う企業が売上を伸ばす努力は、おそらく上り坂のように感じられるだろう。フォレスターのチカリング氏によると、「映画館メディアは、消費者行動の変容と多様な選択肢を持つマーケターというふたつの大きな逆風に直面している」という。「フォレスターのデータによると、ネットを利用する米国成人の52%が『新作映画は、映画館ではなく、自宅にいながら動画配信サービスで鑑賞することを好む』と回答している。ちなみに、2021年は47%だった。コロナ禍が去っても、自宅で鑑賞という習慣はなくならず、生き残りを賭けた映画館の苦闘はいまもなお続く」。
Michael Bürgi(翻訳:英じゅんこ、編集:分島翔平)