Intelは「第13世代Intel Core デスクトップ・プロセッサー」(以下第13世代Core、開発コードネーム:Raptor Lake)を正式に発表した。その発表概要は、ハイレベルの改良点などに関しては別記事に詳しいので、本記事では第13世代Core、およびそのベースとなった第12世代Intel Coreプロセッサー(以下第12世代Core、開発コードネーム:Alder Lake)の開発が行なわれたイスラエルのIDC(Israel Development Center)を取材して分かったことなどを中心に、解説をしていきたい。
今回IntelがIDCの記者説明会で明らかにしたのは、Alder LakeとRaptor Lakeの特徴である「パフォーマンス・ハイブリッド・アーキテクチャ」の仕組みの秘密。実はAlder LakeとRaptor LakeのPコアには1つ1つにマイクロコントローラが内蔵されており、それが正確な情報をOSに通知することで高度なスレッド制御が可能になっているということだ。
Raptor Lakeではそのアルゴリズムが改善されており、より正確な情報をOSに伝えることが可能になっており、Windows 11 2022 Update(22H2)などと組み合わせて利用することでシステム全体の性能をさらに引き上げることが可能になっている。
Alder Lakeのデザインを活用することでデザイン期間を半分にしたRaptor Lake
IntelはRaptor Lakeを開発するに当たって、同社が「パフォーマンス・ハイブリッド・アーキテクチャ」と呼ぶ2種類のCPUコアを採用したAlder Lakeの成功をベースに、その成果を利用して開発期間を短縮して開発するアプローチを選んでいる。
Intel 執行役員 兼 クライアントコンピューティング事業本部 クライアントプラットホームプログラム事業部 事業部長 アイザック・シラス氏は「通常新しいアーキテクチャのCPUをデザインするには1年ないしはそれ以上の時間がかかる。しかし、Rapid Lakeの場合にはその期間はわずか半年で済ませることができた。それはそのデザインにAlder Lakeの成果を利用したからだ」と述べ、Rapid Lakeのデザイン期間がIntelのCPU開発としては異例の短い期間だったと強調した。
Raptor Lakeのハードウェア的な特徴は、PコアにRaptor CoveというAlder LakeのPコア「Golden Cove」の改良版(具体的にはL2キャッシュが1.25MBから2MBに増やされている)が採用され、Eコアは同じGracemontだが、4コアのクラスタが2つ増やされ、8コアから16コアとなり、同時に付属する3MBのL2キャッシュも増加、L3キャッシュが30MBから36MBに増えていることにある。
実はAlder Lake世代でもGolden CoveのL2キャッシュ2MB版はあると説明されており、データセンター用の製品(つまりSapphire Rapids用)向けとして投入されると説明されてきた。つまりRaptor Coveというのは実質的にはSapphire Rapids用のL2 2MB版Golden Coveと考えてよく、既にあるデザインを組み合わせてAlder Lakeを拡張し直したのがRapid Lakeだ。
そのため、本来であればCPUアーキテクチャのデザインにかかる時間(6カ月分)を短縮し、SoC全体の最適化にフォーカスした製品、それがRaptor Lakeだと考えることができる。
ヒルズボロとIDCの開発チームが新デザインを交互に開発していくIntelの開発体制
そうした開発手法は、実のところIDCがとても得意とするところで、実はそうした同じような手法で、これまでもIntelの苦境を救ってきた。
その前に、IntelのCPU製品開発がどのようなプロセスで行なわれているかを説明していく必要がある。シラス氏によれば「IntelのクライアントCPU開発チームは大きくいって2つある。1つは我々IDCで、もう1つがオレゴンのヒルズボロのチームだ。それぞれの2つのチームがたすき掛けのように新しいアーキテクチャを開発しており、Sandy Bridge、Skylake、そしてAlder LakeがIDCの開発した製品になる」というのが、以前から続く、Intelのたすき掛け方式CPU開発プロセスになる。
元々IntelのCPU開発は米国オレゴン州ヒルズボロにある拠点で行なわれてきた(よく知られているが、現在のIntel CEO パット・ゲルジンガー氏も若手の開発者だった頃はヒルズボロの開発チームの一員で、i386やi486などの開発を主導してきた)。
Intelの本社はシリコンバレーの異名でも知られるカリフォルニア州サンタクララに置かれているが、この本社はどちらかというとビジネス向けの機能が集中しているオフィスで、技術的な開発などはヒルズボロ、チップセットなどはカリフォルニア州のフォルサム、さらに近年ではアリゾナ州フェニックスにある拠点などで行なわれてきた。フェニックスはAtom系のコアが開発されてきたのに対して、ヒルズボロはクライアント向けCPUが開発される拠点であり続け、ヒルズボロ周辺の地名が同社製品の開発コードネームになっているのは有名な話だ(例えば、Prescott、Nehalem、Willametteなどはいずれもオレゴン州の地名や川の名前など)。
同時にヒルズボロには、同社の開発用ファブ(D1など、Dがつくファブ名は開発用のファブであることを示しており、いずれもヒルズボロにある)があり、そこで開発されたプロセスノードや製造技術が、世界中のIntelのファブに、コピーイグザクトリー(トイレの位置まで何もかも同じようにコピーして生産を行なうやり方のこと)で展開されていく仕組みになっている。
その意味でヒルズボロは文字通りIntelの保守本流の事業所なのだが、2000年代を通じて存在感を増していったのが、シラス氏率いるIDCだ。IDCがその名を輝かせたのは、2003年にIntelがノートPC向けに「Centrino」のブランド名で投入した開発コードネーム「Banias」(製品名はPentium M)だ。Baniasの後継となる製品は、当初はノートPC向けだけに採用されていたが、2006年の「Merom」が「Conroe」にリネームされてデスクトップPC向けにも投入されると、その後はサーバー向けにもBaniasの子孫となる製品が投入され、今やIntelのデスクトップ製品も、ノートPC製品も、そしてデータセンター向け製品もBaniasの流れを受ける製品になっている。それだけBaniasはエポックメイキングな製品だったということだ。
そういう実績を元に、IDCはヒルズボロと並ぶIntelの二大開発拠点の1つに昇格し、現在はたすき掛けのように新しいCPUアーキテクチャを開発しているのだ。
Skylakeから7つもバリエーションを生み出したIDCのデザイン力
そうしたたすき掛け開発体制だが、IDCとヒルズボロが1年ごとに新製品を担当するという意味ではない。完全に新しいアーキテクチャになる製品をそれぞれ交互に担当するという意味になる。
そのヒントはシラス氏がテルアビブでIntelが開催した記者説明会でのスライドの中にある。シラス氏はIDCが開発した製品として、Sandy Bridge(2011年、第2世代Core)、Ivy Bridge(2012年、第3世代Core)、Skylake(2015年、第6世代Core)、Kaby Lake(2016年、第7世代Core)、Kaby Lake-R(2017年、第8世代Core)、Comet Lake(2019年、第10世代Core)、Ice Lake(2019年、第10世代Core)、Alder Lake(2021年、第12世代Core)は示したが、その間にあった製品は紹介しなかった。
つまりそこに紹介されていない、Haswell(2013年、第4世代Core)、Broadwell(2014年、第5世代Core)、Tiger Lake(2020年、第11世代Core)などはヒルズボロ設計ということになる。それをまとめると以下のような図になる。
Intelの製品開発プロセスは、以前はTICK-TOCK(チック・タック)と呼ばれる方式が採用されていた。これは、まず前のアーキテクチャのまま新しいプロセスノードが導入され(それをTICKと呼ぶ)、その後新しいプロセスノードが成熟してきたところで新しいアーキテクチャを導入する(それをTOCKと呼ぶ)のを交互に振り子のように繰り返して導入するという仕組みだ。しかし、それは2010年代半ばにプロセスノードの微細化が2年に1度は難しくなってきたこともあり、現在では破棄されている。
それが破棄された後の新しい開発方針として導入されたのが、新しいアーキテクチャのCPUを開発した後、その後にバリエーションとなる改良版を投入する開発方針だ。さらに10nmの導入に手間取ってからは、プロセスノードの導入とCPUの開発は切り離され、プロセスノードは利用できるようになった段階で適宜移行できるように方針が変更された(CPU側はどのようなプロセスノードでも製造できるように開発が行なわれる)。
この利点は、例えばプロセスノードの導入が遅れても、1つ前の世代をベースにして改良版の製品を投入できる。実際、よく知られているように、Intelは本来であれば2017年の末には製造開始する計画だった10nmの導入に手間取り、実際に大量生産ができるようになったのは2019年に入ってからだった。この2年間を何かでつなぐ必要があったわけだが、その状況を救ったのがまさにIDCが開発したバリエーション製品だった。
IDCは2015年に投入したSkylakeのバリエーションとして、2016年にKaby Lake、2017年にはノートPC向けにKaby Lake Refresh(Kaby Lake-R)、デスクトップPC向けなどにCoffee Lake、2018年にはノートPC向けにWhiskey Lake、デスクトップPC向けなどにCoffee Lake Refresh(Coffee Lake-R)などを開発し、第7世代、第8世代、第9世代、第10世代のCoreとして投入した。
それらはSkylakeの基礎設計をベースにして、CPUコアを増やすなど改良をしたバリエーションで、それがあったからこそ、競合のAMDに差を縮められずに済んだと言える(無論、AMDが2017年にZenを投入するまでは競争力が弱かったことも影響していたが)。言い方は悪いかもしれないが、そうした急場しのぎをできる製品を矢継ぎ早に投入できたのも、IDCの開発力があったからこそ、だ。
そうしたIDCがまさに満を持して投入した新しいアーキテクチャのCPUが、昨年第12世代Coreとして投入されたAlder Lakeであり、Alder Lakeの評価が高いのはそうしたIDCの開発能力が影響している、そう考えることは可能だろう。
IntelはAlder LakeでPコアのCPU1つ1つにマイクロコントローラを内蔵していた
そうしたIDCの凄さは、Alder Lake、そしてその改良版となるRaptor Lakeにも垣間見ることができる。例えば、Alder Lake、Raptor Lakeでは「Intel Thread Director」(インテル・スレッド・ディレクター)と呼ばれる仕組みが用意されており、OS(具体的にはWindows 11)のスケジューラと強調して、OSのスレッドを、PコアとEコアどちらに割り当てたらよいかを自動的に判別して割り当てながら動作するため、効率よくプログラムを並列実行することが可能で、システム全体の性能を引き上げることができる。
Raptor LakeではそのIntel Thread Directorの割り当て方法が改良されており、マシンラーニングを利用してAlder Lakeよりもスレッドの分類がより細かく改善され、さらにウイルス検査のようなバックグラウンドで動作しているスレッドとユーザーがバックグラウンドにしたアプリケーションの取り扱いの最適化などが行なわれており、Windows 11 2022 Update(22H2)で利用すると、より高いシステムパフォーマンスを実現できるという。
Intel フェロー アディ・ヨアズ氏によれば「我々はAlder LakeのPコアで、コア1つ1つにマイクロコントローラを追加した。これにより、CPUがどのような状況にあり、スレッドがどのように実行されているかをリアルタイムに把握できるようになった。そしてこのマイクロコントローラにはファームウェアが存在しており、今回のRaptor LakeのPコア(Raptor Cove)ではそのファームウェアを書き換え、マシンラーニングを利用した新しいアルゴリズムを導入することで、さらに効率を改善している」と、その改良点を説明した。
これまで、IntelはIntel Thread Directorがどのようなメカニズムで動いているかを詳しく説明してこなかったが、今回その秘密が初めて明かされたことになる。IntelはこれまでSoC全体のパワーマネジメントを管理するためのマイクロコントローラを導入してきたが、CPUコア1つ1つにマイクロコントローラを実装しているのは初めてで、「これは競合(具体的にはAMDのこと)にはない我々のPコア独自の機能だ」と述べ、そうした実装を行なっていることがAlder Lake、そしてRaptor Lakeの強力なアドバンテージの1つになっていると強調した。
Alder Lakeのハイブリッド・アーキテクチャは2020年代のBaniasになっていく可能性
こうして見ていくと、昨年Intelが導入したパフォーマンス・ハイブリッド・アーキテクチャのAlder Lakeは、まさに2020年代のBaniasになる可能性を秘めていると言っても過言ではないだろう。つまり、今後Intelが発表するCPUの基礎デザインとなるのが、Alder LakeのPコア、Eコアであり、今後は性能方向に振った現在のような「パフォーマンス・ハイブリッド・アーキテクチャ」の延長線上にある製品、そしてハイブリッド・アーキテクチャを省電力方向に振った製品……のように枝分かれしていってさまざまな製品に応用される、そうした未来が見えてくる。
実際、Intelが来年投入を計画しているMeteor LakeはまさにAlder Lakeの良さを発展させた製品に見える。CPUはAlder Lakeと全く同じハイブリッド・アーキテクチャを採用していながら、GPU、メモリコントローラ、I/Oを別のダイとして3D混載するというチップレット技術の導入がMeteor Lakeに与えられた役割となる。さらにその延長線上にその改良版(つまりはバリエーション製品)となるArrow Lakeやモバイル専用版と言われているLunar Lakeが控えている。
そして、IDCは現在その先のMeteor Lakeの次の完全新アーキテクチャとなるはずの製品を開発しているはずだ。もちろん今回のイスラエルでの説明会ではその情報はIntelの口からは説明されなかったが、そうした製品が登場する2024年以降に、IntelのCPUはさらに新しい時代を迎えることになりそうだ。
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