敵の敵は味方、ウイルスを味方につける。
最新の研究によると、改良版のヘルペスウイルスを使用した遺伝子治療が、脳腫瘍の治療に有効だと明らかになりました。
研究チームが第I相研究(初期の臨床試験)を実施したところ、このウイルスにより致死性の高いがんを攻撃する免疫反応を安全に誘導できることがわかったのです。そしてヘルペスウイルスへの抗体を保有する人の生存期間が長くなったことも明らかに。
脳腫瘍治療の救世主に?
脳腫瘍は最も治療が難しい腫瘍の1つといわれています。特に症例が多い膠芽腫(GBM)は、非常に攻撃性が高く、脳の他の部分に転移する可能性も高いため、現状は外科的に完全摘出するのはほぼ不可能なのだそう。
米国脳腫瘍協会は「既存の放射線治療や化学療法では、がんを根絶することは難しい」としており、膠芽腫は予後の悪い「不治の病」とみなされ、平均生存期間は約8カ月に留まっているのが現状です。
しかし、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院などの研究者チームは、本来私たちの敵であるはずの微生物、しかもどこにでもいるウイルスを利用して、こうしたがんを攻撃する新たな方法を発見したのかもしれません。
彼らの治療法は、遺伝子組換えを行なった単純ヘルペス I 型ウイルスを利用したもの。このウイルスは口唇ヘルペスや、稀に性器ヘルペスを引き起こす病原体です。
免疫から逃げるがんを「逃がさない」
研究著者でブリガム・アンド・ウィメンズ社の脳神経外科部長を務めるE.アントニオ・キオッカ氏は、米Gizmodoに対してこのようにコメントしています。
「膠芽腫の治療が難しいのは、それが腫瘍と積極的に戦う患者自身の免疫細胞から逃げてしまうからです。
私たちは研究室で単純ヘルペスⅠ型ウイルスを元にした“腫瘍選択的生物学的製剤”を設計し、患者の膠芽腫に注入しました。これは患者の免疫細胞から逃れにくくなるよう膠芽腫を再形成することができるか、確認するためです」
「病気」が強い免疫反応を引き起こす
ヘルペスウイルスをベースにした「がんを殺すための治療法」は、開発中のものも含め、他にもあります。
黒色腫(メラノーマ)といった特定のがんについては、すでに承認されたものも。ただし同チームが作った製剤「CAN-3110」は、他の治療薬とは少し異なります。
というのも、 この製剤にはICP34.5と呼ばれる遺伝子が含まれており、この遺伝子は天然のヘルペスウイルスが人に病気を引き起こすのを手助けする特徴があるのです。
キオッカ氏のチームは、「脳腫瘍細胞に対して十分に強力な免疫反応を引き起こすために、ICP34.5が必要」と考えており、CAN-3110が健康な細胞を攻撃しないように、遺伝子レベルで改変を加えようとしているのです。
科学誌『Nature』に掲載された彼らの最新の論文によると、この治療法は有望なスタートを切っているとのこと。
抗体保持者には効果アリ?
研究チームは、再発性膠芽腫患者32人を含む、悪性度の高い脳腫瘍及び脊髄腫瘍患者41人にCAN-3110を単回投与しました。
第 I 相試験は、主に実験的治療の短期間における安全性を確認することが目的で、今回は2名の患者にこの治療に関連した副作用がありましたが、この治療の忍容性が概ね良好だとわかりました。
患者の約3分の2はヘルペスウイルスに対してすでに抗体を持っており、研究者チームはこれらの患者において、治療が「がんに対する免疫系の反応」を促進するという証拠も発見しました。
彼らの生存期間の中央値が約14カ月で、ヘルペスにかかったことのない患者では8カ月弱だったことを考えれば、注目すべき結果だと思われます。
「これまでの他の治療法とは異なり、CAN-3110を1回投与するだけで患者自身の免疫細胞を活性化し、がんを撃退するのに十分だと示すことができました。そしてこれが生存反応に関連していることがわかったのです」とキオッカ氏は言います。
今後の研究結果に期待
CAN-3110が脳腫瘍の有効な治療法となり得るかどうかを確認するには、過去にヘルペスに感染したことのない人も含めて、さらに多くの研究が必要です(とはいえ世界中の大多数の人は、ヘルペスに対する抗体を持っています)。
CAN-3110 はバイオ医薬品企業のCandel Therapeutics 社から、さらなる開発のライセンスを取得しました。キオッカ氏とそのチームは、研究財団であるBreak Through Cancerからの助成金により、すでに次の研究に取り組んでいます。今後は治療に最適な投与量が決定されることが期待されています。
「私たちは現在CAN-3110を患者に複数回投与し、4カ月にわたって継続的ながん治療を行なっています。
また、治療中の膠芽腫をサンプリングすることで、これらの免疫活性化プログラムが確実に機能し続けることを確認しています」