南国の、ただかっこいいヤギたちよ

デイリーポータルZ

南西諸島ではヤギにときめく瞬間が、きっとある。

ハブを探して奄美沖縄の南西諸島を回って8年ほどになる。

ハブはなかなか見つからないが、そこで確実に私を待っていてくれる生き物がいる。

ヤギである。ストリートで草を食みながら、老成した哲学者のようにあくせくと生きる私たちをじっと観察している。

そんな中で特に、目があった瞬間、心身のいろんなところを射すくめられたかっこいい推しヤギたちを見ていただきたい。

1975年神奈川県生まれ。毒ライター。
普段は会社勤めをして生計をたてている。 有毒生物や街歩きが好き。つまり商店街とかが有毒生物で埋め尽くされれば一番ユートピア度が高いのではないだろうか。
最近バレンチノ収集を始めました。(動画インタビュー)

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> 個人サイト バレンチノ・エスノグラフィー

ヤギにひかれてゆきたいの

「ヤギと大悟」という番組が人気だが、私の心の中にずっと住みついているヤギはカルメン・マキの「山羊にひかれて」だ。大学生になったばかりの頃に古レコード屋で見つけ、「え、なんで山羊抱えてんの?」と思わずジャケ買いした。

これはするでしょう、ジャケ買い。

カラオケ講師の父が昔に導入した、やたらでかいスピーカーに挟まれてリビングの壁の大半を占有しながらほこりをかぶっていたレコードプレーヤーから、しみ通るように流れてくる哀切に満ちた歌をしみじみと聴いていた。

時が経ち、どこに出しても恥ずかしくないおっさんになった私はいろいろあってハブを探して南西諸島を巡る旅を始めた。

ハブがなかなか見つけられず、昼夜(ハブは夜行性なので昼はおもに下見)島をさまよう私をおだやかに見つめてくるのはヤギだった。

眠りながら暮らしてきたような表情。浜比嘉島。
座り方がアンニュイ。与那国島。 ※与那国島にはハブはいません。別件で行ってました。

青い空、降り注ぐ陽光、バスクリンのようなエメラルドオーシャン、カルメン・マキと寺山修司(作詞ね)が私の心にしみ通らせた寒々しいヤギの世界とはほぼ真逆だが、道端でヤギたちは草を食み、交通費精算とかは早めにしといたほうがいいと思うけど言わないでおくかみたいな顔をしていた。

車の前に立ってドヤ顔を見せた時はややイラッとした。与那国島。

「沖縄でなぜヤギが愛されるのか」(平川宗隆・ボーダー新書)によれば、沖縄にヤギが持ち込まれたのは15世紀ごろ、大柄で黒色のヤギが中国から台湾を経由して沖縄に来た説とイスラム教徒が布教目的でアジアを回っていた時に食料である茶色い小柄のヤギを連れてきたという説がある。

王侯貴族のような気品。伊平屋島。

当初の沖縄ヤギはよく見る白色ではなく、有色だったのだ。

おもに食肉用に飼育され、限定飼育や近親交配を繰り返す中で小型化していったが、1926年に長野県から日本ザーネン種、スイス原産のザーネン種と日本のシバヤギを交配したいいわゆる白ヤギが導入され、雑種が作られて肉の量や質を向上してきた。

ふさっとした毛並に牛のようなまだら模様がかっこいいトカラ列島原産のトカラヤギも雑種化が進み純血種はきわめて少ないという。宝島。
体毛が長く、茶色がかったヤギもいる。黒島。

雑多な遺伝子の混合によって彼らがアップデートしてきたのははたして肉体だけだったのか? そう思わせるほどに、さまざまな感情と思索を表情に表して、こちらを見つめ、生きることの不条理や哀しみを訴えるように鳴く。

更地に立っている。渡嘉敷島。
子の角をくわえる。小ヤギでも角を突き立てられると痛い。伊江島。

行く先々の田畑で、林道で、集落の路地で、ヤギの声が聞こえては耳をすまし、こっちを見てくるヤギをカメラにおさめてきた。

夜道でやたら幻想的な感じになった。与那国島。

その中からカルメン・マキでなくともひかれてゆきたくなるような数々のかっこいい推しヤギたちを開放したい。

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耳がまっすぐになるとかっこいい

耳が左右水平に伸びてピンとなることがある。先までまっすぐに伸びた耳が作る顔のT字形はテレマークを決めたスキージャンパーや前衛的な動きをスッと止めた舞踏家のように優雅で美しい。

ピンと伸びて決まった。沖縄本島(名護)
小屋の中からピン。沖縄本島(名護)
子ヤギもピン。 小浜島。

ちなみに小浜島はいい感じのヤギとエンカウントする率がやたらと高いヤギアイランドで、放し飼いされた子ヤギ達がすたすた歩み寄ってくるのはかわいさ爆発で悶死寸前であった。ピース。

やばいなこれは。

雨にぬれるとかっこいい

茂りきった草木に染み入るように雨が降りそぼる中、豊かな毛をしっとりと濡らして身じろぎもせず立っていたトカラヤギがセクシーでたまらなかった。

雨に濡れるトカラヤギ。宝島。
しっとりと濡れた巻き毛から除く瞳、湿気ただよう南国の大気も相まって醸し出される色香がやばい。

草に半分隠れるとかっこいい

草の影からこちらを観察するかのように見つめる知性と思索に満ちた表情を見ると、ああ、この大地は我々ではなく彼らのものなんだなということに気づかされるのだ。

気づいてしまったようだね。西表島。
草いきれをかぎながら。西表島。
こちらのすべてを見透かされている感じ。西表島。
半身浴。西表島。
西表島ばかりになってしまったが道端に頭骨が落ちていてびっくりした。

前髪かっこいい

ヘアースタイルを持つヤギに時おり遭遇する。かちっと決めたエグゼクティブスタイルからナチュラルなロン毛まで、様々な髪質と髪型で個性を演出している。それはヤギたちがどう生きるかという主張でもあるのだ。

よくわからないが思わず「ピエール!」と声をかけてしまった。優雅な宮廷音楽と赤ワインがよく似合う。沖縄本島(南城)
無造作ショートヘアーと立派なあごひげがワイルドな雰囲気を醸し出す。絵になるフレーメン反応(においに反応して唇を引き上げる生理現象)だ。小浜島。
前髪ながっ! ニヒルな笑みは一体なんの余裕なのか。得体のしれないスキルを持っているに違いない。 小浜島。
これはできるやつだ。かっちり中分け、清潔感が気持ちいいエグゼクティブスタイル。7億ぐらいの案件を一人で回してそう。小浜島。
前髪はなかったがSuperflyが頭に巻いてそうな輪っかをつけていた。小浜島。

帯刀しているとかっこいい

 江戸時代において帯刀は武士の特権であった。忠・義・勇に生き、その魂を刀に込めた高潔な精神性を時代、種族を超えてヤギに見るとは。つまり、ヤギが長い草を刀のように携えていたのである。

精悍な顔つき。剣豪のオーラを発している。寄らば斬る! 奄美大島。
やはり食うか。

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