【さよなら】大塚のランドマーク「ひょうたん島」が6月30日で閉店…! 絶滅寸前の昭和の跡をたどる

ロケットニュース24

いつまでも駅前にあると思っていた、大塚のランドマークが消える……。

JR大塚駅や都電荒川線の大塚駅を利用したことがある人なら、一度は目にしたことがある「大塚バッティングセンター / パチンコ ひょうたん島」が2023年6月30日で閉店してしまうのだ。

大塚の名物ビルの閉店ニュースは、大塚の近くに20年住んでいた私にとっては衝撃的であった。言うなれば渋谷から109のビルが消えるようなもの。渋谷といえば「109」、大塚といえば「ひょうたん島」なのだ。異論は認めない。

思えば大塚もここ10数年でめちゃくちゃ変わった。最後の日の「大塚バッティングセンター / パチンコ ひょうたん島」の様子とともに、大塚の古い街並みを紹介したい。

・レトロなネオンが光る「ひょうたん島」

大塚駅の南口を出て、左手に見えるデカいネオンが掲げられた古いビル……。それが「ひょうたん島」であった。

ビルは昭和51年(1976年)にオープンし、「大塚バッティングセンター」「パチンコひょうたん島」 、そして「GAMETOWNぴこたお」が入っている。昭和の娯楽の殿堂といった感じのレジャービルである。ちなみにビルの竣工前から営業している「大塚バッティングセンター」は、昭和40年(1965年)創業で、現存する日本最古のバッティングセンターなのだそう。

かつて、大塚駅の南口周辺は薄暗かったのだが、「ひょうたん島」のカラフルでレトロなネオンが街を明るく照らしていた。このビルの灯りを見ると、なんとなくホッとしたのを覚えている。

とはいえ、野球もパチンコもスロットもゲームもやらない自分は、中に入ったことはない。最後の日に足を踏み入れてみた。

着いたのはオープン前の9時半ごろ。ビルの入り口には閉店のお知らせの貼り紙が出ているが、特段変わった様子はない。パチンコの開店には常連と思しき人が3人ほど人が並んでいるくらいだった。最終日だからもっと人が押し寄せるのかと思っていた。

いっぽう、オープン時間になってから、バッティングセンターの方へ訪れてみると……黄色いビルは内装も原色でいっぱいでカラフル。

階段の壁には年間のホームランランキングやヒットランキングが貼り出されている。

階段のカロリー消費の貼り紙とか、お客さんと店が一緒になって歴史を作ってきたことが感じられる。アットホームな雰囲気なのだ。

そして、バッティングセンターの入り口には芸能人や野球選手のサインがいっぱい。

野球選手のサインコーナーに、なぜか「ニッチロー」のサインが混ざっているのはご愛嬌か。

最終日とあって人の入りはなかなかのもので、打ちっぱなしには列もできていた

ゲームセンターの椅子に座って、さみしそうにバッターボックスを眺める人たちがたくさんいる。

テレビ局のクルーなど取材の人たちも多かった。

昼でこの人の入りだから、仕事終わりの夜になれば常連さんたちでいっぱいになるのだろう。

バッターボックスの後ろがゲームコーナーになっているのだが、ゲームの筐体の多くが「調整中」の貼り紙になっているのが、閉店間際という感じで物悲しい。

この場所を愛した人たちの最後の時間の邪魔をしないように、なんとなく早めに店を出た。



・歓楽街の入口でもある

さて、この「ひょうたん島」ビルの脇には「大塚三業通り」という小さな道が続いているのだが、ここには昭和の雰囲気が色濃く残っている。

大塚は大正から昭和に花街として栄えていて、この三業通りから南大塚にかけて、料理屋芸者置屋待合(芸後を呼ぶ貸座敷)などが集まっていた場所。

ここでお偉いさんたちが芸者さんを呼んで宴席ををしたり、密談をしたり……。あとは色っぽいこともあったりなど。

大塚には最盛期には何百人もの芸妓さんがいて都内有数の賑わいだったとか。

ところが、接待にキャバレーや高級クラブが使われるにつれて花街は廃れ、芸妓さんの数も料亭の数もどんどん減っていったそうだ。

大塚三業通りには、その名残のような料亭や古い建物が残っている。残っている芸者さんは少ないよう。数年前までは、いくつかの料亭で芸者さんをお座敷に呼ぶことができた……という記事を見かけたが、コロナ禍以降はどうなったのかは分からない。

そのまま廃屋になってしまった場所も多いけど、建物を流用して、ホテルや会社の社屋になっているところもある。

酒飲みの人にとっては、隠れた名店が多い場所として知られるけど、お値段が高い店が多いのでおいそれとは行けない。

この道は巣鴨駅から大塚駅まで徒歩で移動していたときによく通っていたが、昼でも少し暗くてなんだか少しさみしい通りとなっている。



・近くには古いサウナも

今は駅前のロータリーも改装されて、駅ビルのアトレができたり、あの星野リゾートのホテルができたり、美味しいカレー屋さんができたりと徐々にクリーンなイメージになっている大塚。

隣駅の巣鴨に住んでいた私は大塚をちょっとライバル視していたので、大塚アトレにロフトとスタバが入ったときに「あの大塚に!?」と悔しく思ったものだ。

でも、大塚はきっと昔はギラギラしていた名残が残っている。飲み屋も多いし、『カプセルイン大塚』『サウナニュー大塚』など古くからのサウナもある。

ちなみに、数年前に閉店してしまった『サウナ玉泉』は休憩室が絨毯ばりで、どっしりしたソファが置いてある、いかにも昭和なサウナだった。

お酒を飲んで、バッティングセンターでバットを振って、サウナで汗を流して……。昭和のオヤジ的なレジャーが集まる街。そんな古い大塚の香りがする場所がまた1つ消えてしまった。

もうこれからはピカピカ光る「ひょうたん島」のネオンが見れないのだと思うとひどく寂しいのだった。


執筆:御花畑マリコ
Photo:RocketNews24.

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