EU経済は中国依存を打破できるか

アゴラ 言論プラットフォーム

欧州連合(EU)欧州委員会と上級代表は20日、「欧州経済安全保障戦略」に関する共同声明を発表した。同声明文では、「地政学的な緊張の高まりと技術革新の加速を背景に、経済の開放性とダイナミズムを最大限に維持しながら、特定の経済の流れから生じるリスクを最小限に抑えることに焦点を当てている」という。

ドイツ・中国両国政府間協議の参加者記念写真(2023年6月20日)
ドイツ連邦政府公式サイトから

「経済安全保障戦略」は17ページからなっている。具体的なターゲットは対中政策だ。中国については直接的には言及されていないが、「特定の経済的つながりによってもたらされるリスクは、現在の地政学的および技術的環境において急速に進化しており、安全保障上の懸念とますます結びついている。このため、EUは経済安全保障に対するリスクを共通に特定、評価、管理するための包括的なアプローチを開発する必要がある」と指摘している。欧州理事会は6月29日~30日の会合で「経済安全保障戦略」について話し合う予定だ。

ウルズラ・フォン・デア・ライエンEU委員長は、「経済安全保障はわれわれにとって優先事項だ。例えば、ヨーロッパから軍事利用可能なハイテクが中国を経由してロシアに届くことを防止しなければならない。そのためにはブリュッセルはより厳格な輸出要件を提示すると共に、欧州企業の対中投資をより綿密に監視する必要がある(外国直接投資審査規則の見直し)」と指摘。

ただし一部主張されている対中政策でのデカップリング(分断)には、はっきりと拒否し、「開放経済は今後も欧州企業にとってより力であり続けるだろう」と述べている。

共同声明の最後には、「オープンでルールに基づいた貿易は、EU発足以来、EUを形成し、利益をもたらしてきた。同時に、地政学的緊張の高まりと地戦略的・地経済的競争の激化、さらには新型コロナウイルスのパンデミックやロシアのウクライナに対する侵略戦争などのショックにより、特定の経済的依存に内在するリスクが浮き彫りになっている。このようなリスクは、適切に管理されない限り、私たちの社会、経済、戦略的利益、行動能力の機能を脅かす可能性がある。EUがリスクを評価し管理し、同時に開放性と国際的な関与を維持するには、内外の政策にわたる共同行動やEUおよび加盟国レベルでの一連の一貫した措置を含む包括的な戦略が不可欠だ」と説明している。

中国国営企業が欧州の先端技術メーカーから民生および軍事目的に使用できるデュアル・ユースアイテムやノウハウを獲得していることは周知の事実だ。ドイツの産業用ロボット製造大手「クーカ」が2016年、中国企業に買収され、ロボット製造のノウハウが中国側に流れた。2018年にはイタリアの軍用ドローンメーカーが同じように中国国営企業に買収されている。

中国側は西側企業買収で先端技術を入手するだけではなく、それに関与する人材をリクルートしてきた。ドイツ連邦空軍の元パイロットが中国側にリクルートされた問題が発覚して、ドイツ側を驚かせたばかりだ。英メディアは昨年、元英国軍パイロットらが多額の資金で中国に誘惑されていると報じたばかりだ。BBCによると、最大30人の英国人が中国側の呼びかけに従ったという。彼らには27万5000ユーロ相当の金額(約4130万円)が提供されているという。

(中国共産党政権は世界の最先端を行く知識人、科学者など海外ハイレベル人材を獲得するプログラム、通称「千人計画」を推進中だ。ターゲットとなった人材に対しては、賄賂からハニートラップまでを駆使して相手を引き込み、リクルートすることはよく知られている)。

ちなみに、オーストリアの代表的週刊誌プロフィールによると、中国側に2017年に買収されたニーダーエスターライヒ州の小型航空機メーカー「ダイヤモンド・エアクラフト」は中国共産党の意向を受け、中国の隣国ミャンマーで軍のためにDART-450型の練習機を製造するプロジェクトに組み込まれているという。同誌によると、中国側はここにきて西側の航空技術に強い関心を寄せているという。

ベルリンで20日、「ドイツと中国両国の政府間協議」が開催された。ショルツ首相は李強首相と会談した後の記者会見で、中国依存が問題になっている経済関係について、「一国の相手だけでなく、アジア全体でバランスの取れた経済協力関係を構築していきたい」と述べたが、実際のドイツ経済は、中国依存からの脱出は決して容易ではない。

例えば、ドイツの主要産業、自動車製造業ではドイツ車の3分の1が中国で販売されている。2019年、フォルクスワーゲン(VW)は中国で車両の40%近くを販売し、メルセデスベンツは約70万台の乗用車を販売している。そのドイツが対中政策で厳格な対中政策が実施できるかはやはり疑問だ。

最近の実例を挙げる。ショルツ連立政権は昨年10月26日、ドイツ最大の港、ハンブルク湾港の4つあるターミナルの一つの株式を中国国有海運大手「中国遠洋運輸(COSCO)」が取得することを承認する閣議決定を行った。

同決定に対し、「中国国有企業による買収は欧州の経済安全保障への脅威だ」という警戒論がショルツ政権内ばかりか、EU内でも聞かれた。そのため、ショルツ首相は中国側の株式35%取得を25%未満に縮小し、人事権を渡さないという条件を提示し、ハベック経済相(兼副首相)やリントナー財務相らを説得、閣議決定した経緯がある。ドイツ政権内で対中政策で意見が対立しているのだ(「独『首相府と外務省』対中政策で対立」2023年4月21日参考)。

ドイツのシンクタンク、メルカートア中国問題研究所とベルリンのグローバル・パブリック政策研究所(GPPi)は、「欧州でのロシアの影響はフェイクニュース止まりだが、中国の場合、急速に発展する国民経済を背景に欧州政治の意思決定機関に直接食い込んできた。中国は欧州の扉を叩くだけではなく、既に入り込み、EUの政策決定を操作してきた」と警告した。

欧州の「経済安全保障戦略」が中国の野望を打ち砕くことができるかは、単に欧州経済だけではなく、世界経済にも大きな影響がある問題だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年6月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。