ロシア正教会キリル1世は辞任すべきか:侵攻を支持し続けるその理由

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世界の正教会の精神的指導者、東方正教会のコンスタンティヌープル総主教、バルソロメオス1世は、「ウクライナに対するロシアの戦争を即時終結すべきだ。この『フラトリサイド戦争』(兄弟戦争)は人間の尊厳を損ない、慈善の戒めに違反している」と述べている。同時に、ロシアのウクライナ侵攻に対するロシア正教総主教キリル1世の態度について遺憾の意を表明し、「キリル1世が戦争を支持するのならば、辞任したほうが良い」と語った。バチカン・ニュース独語版が23日、米国のポータルThe Pillarから引用して報じた。

ロシア正教会最高指導者キリル1世(バチカン・ニュース独語版10月23日、写真・イタリアANSA通信)

世界正教会の指導者がロシア正教会の最高指導者に「辞任したほうが良い」と表現することは非常に珍しい、というより異例だ。それだけキリル1世のウクライナ戦争での姿勢に怒りを感じているのだろう。世界約3億人の正教会の精神的指導者は、正教会の間(ロシアとウクライナ間)で進行中の戦争に大きな打撃を受けているわけだ。

バルソロメオス1世は、「私たちにとって苦痛は、モスクワ総主教庁がこの暴力的な侵略と不当な流血を支持し、それを祝福するようにすら見え、ロシアのプーチン大統領の政治的野心に服従しているという事実だ」と強調し、「熱心かつ兄弟愛を込めてモスクワ総主教に、政治犯罪から距離を置くように」と訴えてきた。

正教国ロシアの殺戮戦争は世界の正教会に大きな衝撃を与えている。モスクワ総主教は、ロシアのウラジミール・プーチン大統領の親友と見なされ、ウクライナの侵略戦争を支持している。キリル1世はロシアの敵対者を「悪の勢力」と呼び、ロシア兵士には戦うように呼びかけてきた。そのためキリスト教神学界からも厳しい批判が飛び出し、神学者ウルリッヒ・ケルトナー氏は「福音を裏切っている」とキリル1世を非難している。

キリル1世は、クリミア半島はロシア正教会の起源と見なしている。「キーウ大公国」のウラジミール王子は西暦988年、キリスト教に改宗し、ロシアをキリスト教化した。キリル1世はそのウクライナとロシアが教会法に基づいて連携していると主張し、ウクライナの首都キーウを“エルサレム”と呼び、ロシア正教会はそこから誕生したのだから、その歴史的、精神的繋がりを捨て去ることはできない、という論理だ。

キリル1世はロシアのプーチン大統領を支持し、ロシア軍のウクライナ侵攻をこれまで一貫して弁護し、「ウクライナに対するロシアの戦争は西洋の悪に対する善の形而上学的闘争だ」と強調してきた。ウクライナ戦争は「善」と「悪」の価値観の戦いだから、敗北は許されない。キリル1世はプーチン氏の主導のもと、西側社会の退廃文化を壊滅させなければならないと説明する。中途半端な勝利は許されない。その結果、戦いには残虐性が出てくる。相手を壊滅しなければならないからだ。

マリウポリや“ブチャの虐殺”からその残虐性、非情さが読み取れる。徹底した虐殺であり、空爆だ。民間人が避難している場所であろうが、病院、幼稚園だろうが、空爆する。領土拡大という戦争の場合、そのような蛮行は本来、必要ではない。しかし、「形而上学的戦い」となれば、相手を壊滅しない限り、勝利とはならないからだ。

ジュネーブに本部を置く世界教会協議会(WCC)では、「ロシア正教会をWCCメンバーから追放すべきだ」といった声が高まってきた。WCCはスイスのジュネーブに本部を置く世界的なエキュメニカル組織だ。120カ国以上からの340を超える教会と教派の会員が所属している。WCCには、多数のプロテスタント、ほとんどの正教会、東方諸教会が所属している。

注目すべきは、ウクライナでキーウ総主教庁に属する正教会聖職者とモスクワ総主教庁に所属する聖職者が「戦争反対」という点で結束してきたことだ。ウクライナ正教会(モスクワ総主教庁系)の首座主教であるキーウのオヌフリイ府主教は2月24日、ウクライナ国内の信者に向けたメッセージを発表し、ロシアのウクライナ侵攻を「悲劇」とし、「ロシア民族はもともと、キーウのドニエプル川周辺に起源を持つ同じ民族だ。われわれが互いに戦争をしていることは最大の恥」と指摘、人類最初の殺人、兄カインによる弟アベルの殺害を引き合いに出し、両国間の戦争は「カインの殺人だ」と述べた。

ウクライナ正教会は本来、ソ連共産党政権時代からロシア正教会の管轄下にあったが、2018年12月、ウクライナ正教会はロシア正教会から離脱し、独立した。その後、ウクライナ正教会と独立正教会が統合して現在の「ウクライナ正教会」(OKU)が誕生した。

一方、ウクライナにはモスクワ総主教のキリル1世を依然支持するウクライナ正教会(UOK/編集部注:モスクワ総主教庁系ウクライナ正教会とも言われ、先述のOKUとは別)は5月27日、全国評議会でモスクワ総主教区から独立を決定した。曰く「人を殺してはならないという教えを無視し、ウクライナ戦争を支援するモスクワ総主教のキリル1世の下にいることは出来ない」という理由だ。その結果、ロシア正教会は332年間管轄してきたウクライナ正教会を完全に失い、世界の正教会での影響力は低下、モスクワ総主教にとって大きな痛手となった。

ウクライナ戦争は既に8カ月が過ぎた。厳冬を控え、停戦の見通しはない。プーチン大統領への批判は国内外で高まり、同大統領は国際社会では益々孤立化してきた。その大統領を支援してきたキリル1世は世界の正教会から同じように孤立を深めてきている。バルソロメオス1世の「辞任要求」はそのことを端的に物語っている。ちなみに、キリル1世はプーチン氏と同じサンクトぺテルブルク出身でKGB(ソ連国家保安委員会)のエージェントだったという情報がある。

二人の関係は? プーチン大統領 クレムリン公式HPより キリル1世 Wikipediaより


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年10月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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