キリスト教会とイスカリオテ・ユダ:教会によるユダ像が抱えた矛盾とは

アゴラ 言論プラットフォーム

復活祭を前にもう一度考えたいテーマがある。イエス・キリストを銀貨30枚で引き換え、ローマ側に引き渡したイスカリオテ・ユダのことだ。イエスが十字架上で処刑された「聖金曜日」に当たる7日夜、オーストリア国営放送の宗教番組の中で、十字架の意味、イスカリオテ・ユダの言動などについて神学者たちの考えを紹介していた。

イタリアの画家ポリドーロ・ダ・カラヴァッジョの「カルバリーへの道」1530年頃、バチカン美術館

新約聖書によれば、12弟子の1人「イスカリオテのユダ」が30枚の銀貨を受け取り、イエスを祭司長らに引き渡し、イエスは連行され、十字架上で亡くなった。そこでキリスト教では久しく、ユダを〝裏切り者”、“サタン”として蔑視してきた。その一方、ユダは本当に金銭のためにイエスを裏切ったのかを疑問視する神学者、聖職者が出てきた。2017年に出版された統一「新改訳聖書」の中ではユダは「裏切り者」といった表現だけではなく、「引き渡した者」という言葉でも呼ばれ出してきた。

ウィーン大学のヴォルフガング・トライトラー教授は、「ユダは裏切り者ではなく、大きな希望を抱いてきた使徒だった。イエスの12弟子の中でユダは最も強くイエスに期待していた使徒だった。具体的には、異教徒から解放してくれるメシアだと考えていた。だから、イエスを引き渡すことでイエス自身にメシアであることを公表させたいと考えていたのではないか」と解釈している。

イエスを裏切ったイスカリオテ・ユダの名前が「ユダ」だったことから、「金銭に固守する守銭奴」という「ユダ」のイメージが「ユダヤ民族」一般の気質と受け取られ、反ユダヤ主義の発祥源ともなっていった面は否定できない。例えば、イギリスの劇作家ウィリアム・シェイクスピア(1564~1616年)の喜劇「ベニスの商人」に登場する金貸しシャイロックは当時の典型的なユダヤ人像だった。

ちなみに、イスカリオテとは、「イス」(Isch)は人(男)を意味し、「カリオテ」(Kariot)は地域名だ。すなわち、カリオテ出身の男という意味になる。南部パレスチナ地方のカリオテはイエスが福音を伝えていたガリラヤまでには地理的に離れている。にもかかわらず、「イスカリオテのユダ」はイエスの群れを求めてやってきたわけだ。

イエスの他の弟子たちは主にガリラヤ出身で漁師などをしていたが、「イスカリオテのユダ」は知識人だったのではないかという説から、過激な政治活動をしていた青年だったという推測も聞かれる(ウィーン大学の聖書学者マルチン・シュトヴァサー氏)。考古学的には、1978年、エジプト中部のある洞窟に「ユダの福音書」(新約聖書の外典)と呼ばれる写本が発見され、イスカリオテ・ユダの人間像に新たな光を投じた。

十字架による処刑が残忍であることから、処刑手段として十字架が廃止されていくが、それとほぼ同時期に、キリスト教会では十字架のイエス像を教会に飾るようになった。すなわち、キリスト教会は恣意的か否かは別として、ユダヤ民族がイエスを磔刑にしたという記憶を信者たちに刻み込んでいったわけだ。

ここで指摘したい点は、ユダヤ民族が殺したイエスは最初のキリスト者であり、同時に、ユダヤ人だったという事実だ。それではどうしてそれが反ユダヤ主義となって世界的に広がっていったのか。答えは、世界宗教に発展していったキリスト教会が自身の出自であるユダヤ民族の伝統、教えから距離を置く必要があったからだ。イスカリオテ・ユダの存在はその大きな助け手となった。

新約聖書の福音書にはユダを批判する箇所が多い。「ルカによる福音書」ではイエス自身がユダに「人の子を裏切るのか」と言っている。「ヨハネによる福音書」では、ユダは金銭欲が強く、イエスの弟子の中では金を管理し、詐欺師のような人物を示唆している。「ヨハネによる福音書」13章2節には「悪魔は既にシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうとする思いを入れていた」と記述している。いずれにしても、新約聖書のユダ像は重く、暗いイメージが付きまとっていった。

ただし、キリスト教会のユダ像は教会の基本的な教えと矛盾する部分が出てくる。キリスト教はイエスの十字架の死によって人類の救済の道が開かれたと教えるが、ユダがイエスを引き渡し、イエスが十字架上で殺害されなければ、十字架救済は成就できなかったはずだ。ユダはイエスの十字架救済を実現させた立派な功労者ということになる。にもかかわらず、キリスト教会では久しく、「イスカリオテ・ユダ」は忌み嫌われてきたのだ。

なお、ローマ・カトリック教会は教会の近代化促進とユダヤ教を含む他宗派との和解の流れの中でユダヤ民族を「メシア殺害民族」と評さないことを正式に決定している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年4月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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