メモ
動画や音声を圧縮する国際標準の1つであるMoving Picture Experts Group(MPEG)には、MPEG-1、MPEG-2、MPEG-4などの規格が存在します。このうち、MPEG-2は主にテレビ放送やDVDに使われており、特にデジタルテレビ放送用のコンテナとして使われているのが「MPEG-2 TS」です。標準規格制定から四半世紀以上が経つMPEG-2 TSがなぜ今もなお放送業界で使われているのかについて、ブロードキャストツールを開発するイギリス企業のOpen Broadcast Systemsが解説しています。
Why does MPEG Transport Stream still exist? | Open Broadcast Systems
https://www.obe.tv/why-does-mpeg-ts-still-exist/
Open Broadcast Systemsは「放送業界では古き良き時代を回想する傾向があり、MPEG-2 TSを使い続けている理由もその傾向の1つと考えるのは簡単ですが、実は歴史的な理由だけではなく、技術的な理由もしっかりと存在しています」と述べています。
◆エラー耐性
MPEG-2 TSの「TS」は「Transport Stream」の略であり、もともとIPネットワークや衛星、ケーブルを介して信号をある地点から別の地点に転送することを想定した送信形式です。基本的に映像信号を転送する場合、必ず何らかのパケット損失あるいはビット反転が起こります。送信形式はこのパケット損失やビット反転を最小限に抑えるために、エラーから迅速に回復するための手段が求められます。
テレビ放送の場合、数秒間映像が止まったり途切れたりすることは基本的にあってはならないことです。MPEG-2 TSの場合、データ転送に加えて受信確認や再送信などの処理を行う「オーバーヘッド」は大きくなってしまいますが、その分エラー耐性が高くなっており、仮にパケット損失やビット反転が起こっても視聴者はほとんど気付くことはないレベルで迅速に回復できます。
一方で、RTMPなどのTCPベ-スのプロトコルはパケット損失やビット反転への備えがなく、基本的にパケット損失が起こると回復するまで待機してしまうため、遅延が発生しやすくなります。
◆映像のクロック同期
テレビ放送は元となる映像を送信側でエンコードして転送し、そのデータを受信側のデコーダーに通して再生するわけですが、送信側と受信側の基準時計であるクロックを正確に同期させなければ、受信側で映像を再生することができません。
MPEG-2 TSには、送信側からクロックの修正データを一緒に転送することで、受信側が送信側にクロックを同期させる「プログラム・クロック・リファレンス(PCR)」という仕組みが導入されています。NTPやGPS衛星とも通信できないような場所で撮影した映像でも映像配信できるのは、このPCRのおかげ。Open Broadcast Systemsは「MPEG-2 TS以外に、放送業界で求められる精度を備えたクロック再現スキームを備えたフォーマットはありません」と述べています。
◆映像と音声の同期
WebRTCやST-2110は、映像と音声でReal-time Transport Protocol(RTP)フローを分けて行います。しかし、一般的に映像のクロックは90KHz、音声のクロックは48KHzになるため、受信機側で映像と音声を別々に処理すると音ズレが起こってしまう可能性があります。この音ズレを防ぐため、WebRTCはNTPを、ST-2110はPrecision Time Protocol(PTP)を使って定期的に映像と音声の同期を行います。
しかし、MPEG-2 TSは映像・音声・文字などを1つの「プログラム」にまとめて転送するため、そもそも音ズレの心配がありません。
◆レイテンシーの定義
MPEG-2 TSは、最大ビットレートを一瞬で超えるウェブストリームとは異なり、最大レートでデータを出力しなければならないため、受信機のデコーダーが再生を開始するまでに待ち時間が発生します。MPEG-2 TSは、デコーダーの待ち時間(レイテンシー)を明確に定義できる唯一のコンテナであり、ユーザーは用途に応じて待ち時間と圧縮効率のトレードオフを最適化することができます。このレイテンシーの定義が可能になることで、複数のカメラアングルをデコーダー側で再生する時に、そのすべての映像のタイミングを同期できます。
ほかにも、複数のリスナーが同時に受信できるようにする「マルチキャスト」をサポートしていたり、文字多重放送やデジタルビデオブロードキャスティングの字幕を伝送できる必要があったり、インターレース映像にも対応している必要があったりと、放送用コンテナにはさまざまな要件が存在します。これらの要件をすべて満たした上で高品質な映像伝送ができるのはMPEG-2 TSのみであるため、MPEG-2 TSは放送業界で長く使われているのだとOpen Broadcast Systemは解説しました。
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