パンデミックの直前に「武漢ウイルス研究所」で危険なコロナウイルスを変異させる実験が行われていたことが判明

GIGAZINE
2023年06月12日 23時00分
メモ



2019年に発見された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の起源については、記事作成時点でも見解が分かれており、中でも初めて新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が確認された中国・武漢にある研究所から流出したという「人工説」に関する国連の調査は中国政府の非協力的姿勢により頓挫しています。この説について調査を進めていたアメリカの捜査官による調査報告から、武漢ウイルス研究所では中国軍と協力してコロナウイルスを組み合わせる研究が行われていた実態が浮かび上がったと、アメリカのThe Sunday Times紙が報じました。

What really went on inside the Wuhan lab weeks before Covid erupted
https://www.thetimes.co.uk/article/inside-wuhan-lab-covid-pandemic-china-america-qhjwwwvm0

武漢ウイルス研究所が本格的にコロナウイルスの研究を始めたのは、2003年に発生したSARSコロナウイルスの流行がきっかけです。広東省の農民らが重度の呼吸器感染症にかかったのを皮切りに、世界29カ国で8000人が感染し774人が死亡したSARSをきっかけに、このようなウイルスに対抗できるワクチンの必要性が認識されるようになりました。

この時、SARSがどのように発生したかを突き止める役を任されたのが、武漢ウイルス研究所の疫学者である石正麗氏でした。狂犬病などさまざまな致死性ウイルスとの関連が知られているコウモリに目星を付けた石氏は、コウモリのふんのサンプルを求めて洞窟を探し回り、「バットウーマン」とのあだ名をつけられるようになりました。


こうして見つかったSARSウイルスの実験に乗り出した研究チームに、イギリス出身の動物学者で、動物愛護団体・エコヘルスアライアンスの代表者であるピーター・ダザック氏が加わります。ペットや絶滅危惧種の動物を守る動物愛護団体の活動にはなかなか資金が集まりませんでしたが、ダサック氏はSARSの危険性を認識したアメリカ政府の研究プログラム「PREDICT」から5年で1800万ドル(約25億円)の資金を調達することに成功し、助成金のうち100万ドル(約1億4000万円)は武漢ウイルス研究所に振り分けられました。

そして研究チームは2012年に入り、中国南部雲南省にある洞窟で新種のウイルスを発見することに成功します。これまで見つかった中で最もSARSに近いこのウイルスは、武漢ウイルス研究所(Wuhan Institute of Virology)の名前を取って「WIV1」と名付けられ、ヒトの細胞にも感染することが可能なことが実験で証明されました。

しかし、洞窟で見つかった2番目のSARS様ウイルス「SHC014」を培養できなかった研究チームは、ノースカロライナ大学のベテランウイルス学者であるラルフ・バリック氏に連絡を取りました。バリック氏は、「機能獲得」という技術でコロナウイルスの感染力を高める研究の第一人者で、それらの人間への影響を確かめるために人間に近い肺や血管を持つ「ヒト化マウス」を作成する専門家でもあります。

武漢ウイルス研究所から「SHC014」の遺伝子配列に関するデータを受け取ったバリック氏は、研究室で作成したオリジナルのSARSウイルスのコピーに「SHC014」のスパイクに関する遺伝子を挿入して新しい変異体を作り、ヒト化マウスでテストする実験を始めました。


一方、エコヘルスアライアンスは2014年5月に、アメリカ国立衛生研究所(NIH)から370万ドル(約5億1000万円)の助成金を得ることに成功し、そのうち50万ドル(約7000万円)以上は武漢ウイルス研究所の設備に、さらに13万ドル(約1800万円)は石氏とその助手らの給料や福利厚生に充てられました。

しかし、その直後に研究の続行を困難にする問題が発生します。それは、バラク・オバマ政権が「病原体の感染力や致死性を高めることが合理的に予想されるすべての機能獲得実験を凍結する」と発表したことです。その対象には、バリック氏らが進めていたSARSの研究も含まれていました。

その後、「緊急かつ安全な場合」は例外とするとの抜け道を利用して研究を続けたバリック氏と石氏は、2015年11月に共同で研究論文を発表しました。SARSのコピーと「SHC014」を融合させたウイルスがヒト化マウスに重度の肺損傷をもたらし、SARS用ワクチンにも耐性を示すことを明らかにしたこの研究は、大きな波紋を呼ぶこととなります。

例えば、パリにあるパスツール研究所のウイルス学者、サイモン・ウェイン・ホブソン氏は、「もしウイルスが流出したら、その拡散経路は誰にも予測できないでしょう」と警告しました。

こうした反響を受けてバリック氏が離脱すると、武漢ウイルス研究所はバリック氏の技術を使った独自研究を開始し、「WIV1」を別のウイルスと融合させた新しい変異体を2つ生み出しました。このことは、ダザック氏がアメリカ政府に提出した、2016年5月までの研究内容の報告書に記されています。この報告書にはまた、武漢ウイルス研究所がコウモリ由来のウイルスと、ラクダ由来のウイルスであるMERSコロナウイルスを組み合わせる実験を計画していたことも明らかにしました。中東呼吸器症候群(MERS)は、2012年にサウジアラビアを中心とした中東で流行した感染症で、致死率は約35%、2019年11月時点の死者数は858人に上ります。

研究チームがMERSに手を広げたことで、禁止された機能獲得実験に抵触するとアメリカ政府は警鐘を鳴らしましたが、ダザック氏は「MERSの実験がウイルスの病原性を高める可能性は低いため機能獲得実験ではない」と主張しました。この対立は結局、自然のウイルスの10倍の速度で増殖する新たな変異ウイルスができたら作業を中止し、アメリカ当局に報告するという妥協案に落ち着きました。


石氏が発表した論文によると、研究チームは2017年までにSARS様コロナウイルスの変異ウイルスを8つ作成することを試みており、そのうち2つは人間の細胞に感染することが判明したとのこと。しかし、この研究のほとんどは武漢ウイルス研究所のバイオセーフティーレベルが「2」の施設で行われていました。この防護態勢は、歯科手術にも例えられるほど簡単もので、2018年1月に武漢ウイルス研究所を視察した専門家は「この厳重な封じ込め実験室を安全に運営するために必要な、適切に訓練された技術者と研究員の深刻な不足」を報告しています。

この頃になると、武漢ウイルス研究所での研究はさらに危険度を増しており、研究チームはSARS様コロナウイルスと「WIV1」を融合させてヒト化マウスに感染させる実験を行っていました。特に、「WIV1」と「SHC014」を融合させた変異ウイルスはマウスの75%を殺し、致死性はオリジナルの「WIV1」の3倍にも達していたとのこと。

この研究にはエコヘルスアライアンスの資金が用いられましたが、ダザック氏が2018年4月に提出した報告書には武漢ウイルス研究所の実験については触れられていません。また、同年の後半にダザック氏がNIHに提出した助成金プログラムの更新申請書には、マウスに「軽度のSARSに似た臨床症状」が見られたと記載されていましたが、実際にはヒト化マウス8匹のうち6匹が死んでいました。


さらに研究を進めることを目指した武漢ウイルス研究所は、アメリカから次なる資金を引き出すべく、国防高等研究計画局(DARPA)に研究を売り込みました。「Defuse(解消)」と題された申請書には、武漢ウイルス研究所が「WIV1」と「SHC014」を融合させる実験が提案されていましたが、DARPAは資金提供を拒否しました。

計画されていたある実験では、ウイルスの感染力を高める遺伝子配列である「フーリン切断部位」を病原体に挿入することが含まれていました。ダザック氏と武漢ウイルス研究所は、この研究は行われなかったとしていますが、The Sunday Timesは「2019年に発見されたSARS-CoV-2が、SARS様コロナウイルスとしては初めて『フーリン切断部位』を持っていたことは注目に値する」と指摘しています。

ここまではアメリカの資金提供者らが報告を受けていた表向きの研究ですが、捜査当局は武漢ウイルス研究所がダザック氏にも秘密で裏のプロジェクトを進めていたと推測しています。このプロジェクトの発端は2012年、武漢ウイルス研究所が墨江ハニ族自治県の廃鉱山に住み着いたコウモリを駆除していた男性6人が高熱やせき、肺炎の症状が現れた時にさかのぼります。

4年の歳月をかけて鉱山を調べた武漢ウイルス研究所は、現地のコウモリから1300のサンプルを収集し、293個のコロナウイルスを発見。その中にSARS系統を由来とするウイルスが存在することを突き止めた石氏は、それを発表した論文の中でウイルスを「RaBtCoV/4991」と命名しました。しかし、武漢ウイルス研究所はこのウイルスが6人中3人を死亡させたことを公表せず、ウイルスの名前も「RaTG13」へと改名しました。これは、ウイルスとウイルスが発見された鉱山とを簡単に結びつけることができないようにするためだとされています。

この一件については、以下の記事にまとめられています。

新型コロナウイルスに酷似し3人を死亡させたウイルスを武漢ウイルス研究所が2013年に確認していた – GIGAZINE


COVID-19の起源の調査に乗り出した国務省の調査官らは、アメリカの情報機関が傍受した情報を元にした報告書を2021年初頭に発表しました。そこには、武漢ウイルス研究所の研究者が鉱山から採取した「RaTG13」で実験をしていたこと、パンデミックの直前に武漢ウイルス研究所で動物実験を含む機密の軍事研究が行われていたことの2点が記されています。

The Sunday Timesの取材を受けた調査官3人によると、洞窟で見つかったSARSウイルスで行われた危険な実験は、「RaTG13」や同じ場所で見つかった同様のウイルスでも秘密裏に行われていたとのこと。調査員のひとりは「彼らはSARS-CoV-2の亜種を9種類扱っていました。私たちは、彼らが未発表でよりSARS-CoV-2に近い変異体の研究も行っていたと確信しています」と語りました。

調査官らは、こうした研究が表に出ない理由のひとつは、裏のプロジェクトが中国軍の資金提供により行われたことだと考えています。報告書の中で調査官は「民間機関としての体裁をとっているにもかかわらず、アメリカは武漢ウイルス研究所が中国軍と論文や秘密プロジェクトで協力してきたと判断した」と述べました。


ある調査員の話では、軍の資金で行われた「RaTG13」の秘密実験は2016年には始まっていたとのこと。この頃から、武漢ウイルス研究所は研究内容を表に出さなくなり、新しいコロナウイルスについての情報公開もほとんど行わなくなりました。軍の影響は、論文に名前が出ている軍の科学者が、軍医学校の拠点である北京微生物疫学研究所に勤務していると記載されている点からうかがえるのみとなっています。

中国軍が武漢ウイルス研究所の研究を援助したのは、ウイルスを生物兵器に利用することを意図していたからだと、調査官は考えています。その根拠は、ウイルスが表沙汰になってから1カ月余りしか経過していない2020年2月に、Zhou Yusen氏という軍の研究者が驚くべきスピードでCOVID-19ワクチンの特許を取得したことです。

2023年4月に発表された、COVID-19の起源に関する調査報告書で、アメリカのワクチン開発プログラムの責任者であるロバート・カレドック氏は「Zhou氏らのチームは、遅くともパンデミックが始まった直後の2019年11月にはワクチン開発に着手していたはず」と結論付けました。しかし、これほど大きな功績を残したにもかかわらずZhou氏が2020年5月に54歳で死亡した際の扱いは小さく、中国メディアは名前の後に括弧書きで「故人」と記載しただけでした。ある目撃者はZhou氏が武漢の研究所の屋根から落ちたと証言していますが、これは確証が得られていません。

調査員らはまた、武漢ウイルス研究所のレベル3の実験室でコロナウイルスの機能獲得実験を行っていた研究者3人が、2019年11月中旬にコロナウイルスの症状で倒れたとする通信傍受記録も入手しました。その後、研究者の家族がひとり死亡しています。

ある研究者は、「3人の研究者は石氏の研究室で高度なコロナウイルス研究に取り組んでいたので、倒れた原因となったウイルスはCOVID-19だったと私たちは自信を持って言えます。彼らは30代から40代の、訓練を受けた生物学者です。この年代の研究者がただの感染症で倒れることはほとんどありません」と話しました。


その後も、中国国外の多くの研究者が調査を行おうと試みてきましたが、事態の全容は分かっていません。問題の鉱山でサンプルを収集する研究を行った中国科学院の准教授で、コウモリの専門家でもあるイギリス人研究者のアリス・ヒューズ氏は、サンプル収集の翌日警察に連行されて尋問を受け、48時間拘束されたとのこと。ヒューズ氏は、研究内容について詳しく話すことを禁じられており、中国当局の監視もあって研究を進めることが困難になったため、香港への移住を余儀なくされました。

ヒューズ氏はThe Sunday Timesに、「中国は、自分たちがそうでありたいと思うことを言いながら、その筋書きに合うデータを選び出し、都合の悪いデータの収集を阻止することができる状態になりつつあります。それは非常に危険なことだと思います」と話しました。

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