光ファイバーに匹敵する高速大容量ブロードバンドを無線で実現できた――東証グロース上場のビーマップ(東京都千代田区)は、2022年 12月から23年3月にかけて札幌学院大学(北海道江別市)と連携して、ミリ波(60GHz 帯)長距離無線 LAN 製品「MLTG-CN LR」の実証実験を行った。
この製品は60GHz帯無線LANの最新規格であるIEEE802.11ayを採用し、Facebook を運営する米国メタ・プラットフォームズ社が開発したミリ波無線プラットフォーム「Terragraph」(テラグラフ)に準拠している。実験では、この製品を同大学のキャンパス内建物の屋上と、そこから 700メートル 離れた体育センター屋上に設置。Terragraphに採用された60GHzミリ波により、北海道の降雪や強風に対応できる通信環境を整備できるかどうかを試した結果、通信が一度も切断されず、遅延も非常に少ないことが確認できた。
実験の経緯と今後の展開について、ビーマップの須田浩史執行役員常務CTOと札幌学院大学事務局の原田寛之情報処理課専門職員にインタビューした。
――Terragraphは無線でありながら光ファイバーと同等の高速で大容量のデータを送信できます。これを可能にした技術についてご説明いただけますか。
須田 Wi-Fiの周波数は2.4GHzや5GHzですが、もっと速いスピードでデータ量の多い情報を伝送しようという目的で、メタ・プラットフォームズ社が60GHzの高速通信を無線LAN 規格「IEEE802.11ay」を使って可能にしました。この無線技術を使って光ファイバーと同等に高速で大容量の通信を事業所や家庭に普及させようとメタ社が検討していたのです。
日本ではほとんどの家庭に光ファイバーが普及していますが、ワールドワイドで見ると、アジアやアフリカでは敷設コストがネックになって普及が進んでいません。ヨーロッパでは光ファイバーを地中に埋めることが難しい都市もあります。こうした事情を踏まえて光ファイバーよりも低コストでインターネットのインフラを各家庭に届けることができないかという目的でTerragraphが開発されました。
――Terragraphはかなり普及しているのでしょうか。
須田 いえ、徐々に普及しつつあるという段階で、本格的な普及はこれからです。
――日本で取り扱っているのは御社だけなのですか。
須田 おそらく当社だけだと思います。
札幌学院大学との実証実験
――札幌学院大学との実証実験はどのような経緯で始まったのでしょうか。
須田 当社がいろいろなPR活動を行っている過程で札幌学院大学様にお声がけいただきました。課題は降雪が長期間続く冬場の通信環境を乗り越えられるかどうかですが、当社の製品を製造しているのは台湾のメーカーなので、雪の降らない台湾では検証できません。日本で販売するには降雪に対応できるという実績が必要なので、札幌学院大学様の構内をお借りして実証実験を行いました。
――札幌学院大学では従来の通信環境にどんな課題があって、ビーマップに声をかけたのでしょうか。
原田 札幌学院大学の総合グラウンドの野球場と弓道場にはネットワークが届いていませんが、光ファイバーを敷設するには相当な費用が発生します。しかしメインのキャンパスの「G舘」が小高い丘に建てられていて、屋上から総合グラウンドの一部の建物が見えるので、無線LANで通信ができるのではないかと思っていました。
すでに私は総務省の「ミリ波帯高速無線伝送システムに関する調査検討会」が平成22年に取りまとめた報告書を読んでいて、課題を知っていました。報告書には新潟県上越市で1.39キロメートル離れた箇所をつなぐ実験の結果、降雪地帯では機器への着雪を防がないと快適な通信ができないことが指摘されたのです。G舘から総合グラウンドの体育センターの屋根までは700メートルで、この間をどうつなぐのか。この問題意識からビーマップさんの機器を試してみようと考えた次第です。
――通信環境を整備したいという要望は学生から上がってきたのですか?
原田 ミリ波の利用を考えたのは大学当局ですが、学生からは「何とかWi-Fiを使いたい」という要望が2年前の2020年の秋から出ていました。本学の女子弓道部は昨年に全国優勝していますが、コロナ禍でお互いに訪問しての練習試合を自粛していました。その時期に、学生たちはWi-FiのポケットルーターとZoomで互いの弓道場を遠隔で結んで、射場と的場を映してネット上で練習試合をしていたそうです。コロナ禍が収まってからも、北海道は来るのにも行くのにも遠い地域なので、ネット環境を整えられれば、今後もネット上で工夫しながら練習試合ができるという意見が出ました。
――実証実験を始める時に、何をもって「成功」と定義したのですか。
原田 光ファイバーと同じぐらいの信頼性のある通信経路を確保できるか。言い換えると、ユーザーの使用中にインターネットが切断されてしまう事態が発生しないかどうかを確認したいと考えました。G舘の700メートル先に4Kで配信できるカメラを設置して、2022年12月からYouTubeに映像を流しっ放しにしていますが、切断されない安定した環境が確保されています。それから冬の間も機器が着雪で埋まらずに稼働したうえに、通信速度の遅延状況を測定したところ、学内ネットワークとほとんど差がありませんでした。
――実証実験について学内ではどんな反応がありました?
原田 安価で学生の要望をかなえられそうだという結果を得て、学長以下、喜んでいます。
――60GHzミリ波を使って弓道部は練習試合を始めているのでしょか。
原田 今回の実験は、まだバックボーンになる部分の評価なので、弓道場に学生が利用できるアクセスポイントを設置しての検証は今年度のテーマに考えています。
――降雪に対応できることが分かったことを受けて、今年度はどんな取り組みに入る計画ですか。
原田 ビーマップさんから機器を購入して、学生がパソコンやスマートフォンを接続できる環境を整備しようと思います。大学としては本稼働ではなく準備段階と考えて、当面は弓道部と野球部の学生に対して「使えると思うけど試してみる?」というニュアンスで働きかける方針です。
昨年、知床半島で遊覧船の事故が起きた時に、海上に携帯電話の電波が届かないことが明らかになったように、北海道は自然環境が厳しい地区が多いので、60GHzミリ波が大学に限らず北海道全体に広がって通信のできない地区をなくせればよいという思いを持っています。私が平成22年の総務省検討会の報告書を読んで実証実験を始めたように、将来、私たちが開示した実験結果を参考にしていただく機会があればよいなとも思っています。今年度のテーマには文部科学省の科学研究費の助成を受けるので、論文にまとめて発表する予定です。
積雪対応デザイン
――御社は、実証実験の成功要因のひとつに積雪対応デザインを挙げていますね。
須田 実証実験に使用したのは「MLTG-CN LR」という製品ですが、積雪を考慮したデザインに工夫されています。メーカーは寒冷地から砂漠まで対応できるように、通信に影響を与えずに動作する温度範囲をマイナス40度からプラス60度まで設定しています。マイナス40度までは行かないにしても、マイナス10度から20度で試したかったのです。
原田 実証実験の期間中、私自身が記録できた範囲で一番低い気温はマイナス13.5度で、江別市の記録では最低気温が1月30日にマイナス26・6度でした。
須田 電子機器は氷点下では動作が不安定になりがちですが、低温対策を施しているので問題はありませんでした。それと形状が信号機のように庇(ひさし)を付けて、電波の出る面に雪が付着しないようにデザインされています。雪が付着すると電波が弱くなるので、今回の実験では庇の効果も実証しました。庇の上には雪が積もりましたが、機器の表面には雪が付かなかったので通信には影響が出ませんでした。
――強風にはどんな対策を取っているのでしょう?
須田 強風対策として、非常に強固に寄り付ける金具を使用しました。それに加えて、かりに強風で機器が微妙に回転してしまっても、電波が途切れないように電波の角度を自動調整する機能が搭載されています。
光ファイバーに比べ圧倒的なコストの低さ
――今回の実証実験は成功しましたが、今後営業活動を展開していくうえで、効果の再現性が問われると思います。この点はいかがでしょうか。
須田 札幌学院大学様で成功したので、他の地域でも問題なく通信ができると思います。ミリ波を使った製品の特徴は、通信先との間に高い建物や山などの障害物がなく、見通しの取れる場所であれば1年を通して安定した通信を確保できます。
――営業先にはどんな分野が考えられますか。
須田 自治体さんや大きな敷地を持つ工場などを想定しています。自治体さんでは防災のためのネットワークインフラとして使っていただけると思います。通信キャリアに障害が起きて電話がつながらないとか、インターネットがつながらないなどの場合に、自営のネットワークとして広域で稼働できます。さらに光ファイバーやLANケーブルを敷設できない場所や、河川や山の監視にご利用いただけると思います。
――防災だけではなく防犯にも役に立つ機器ではないでしょうか。
須田 防犯カメラとしても使えます。現に防犯機器メーカーさんからアプローチをいただいています。防犯カメラにまでネットワークを敷設するのは難しいので、ミリ波を使った監視カメラを設置したいという相談を受けています。
――ミリ波を使った他社の製品もひしめいているなかで、「MLTG-CN LR」の優位性を教えてください。
須田 機器をクラウドで管理できることで、50台までの管理が無料でできます。ミリ波の機器は屋上や鉄塔の上など簡単に近づけない箇所に設置するので、インターネットで世界中のどこからでも機器の状況を確認できることは大きなメリットであると考えています。
原田 それからローカル5Gの運用には行政への免許申請や「第三級陸上特殊無線技士」以上の資格保有者の配置が必要ですが、60GHzミリ波の運用には免許申請と資格が必要ないので、この点も利便性の高い製品だと思います。
――冒頭で費用について言及がありました。光ファイバーの敷設に比べて、どのぐらいコストダウンできるのですか。
須田 今回の実証実験の場合、700メートルを光ファイバーでつなげば数千万円の敷設費用がかかったと思います。しかもG舘と体育センターとの間には公道があるため、道路使用許可を取らなければなりませんが、許可が降りなかったことも考えられます。一方、「MLTG-CN LR」の導入で発生するのは機器の代金と設置費用だけで、数十万円で設置できるので非常にコストメリットがあります。
――本格的に営業をかければ、かなりの潜在需要を掘り起こせるのではないかという印象を持ちました。
須田 ニーズはかなりあると思います。「ここにカメラを設置しよう」とした時には、必ず通信インフラをどうするかという問題に直面します。この製品を目にする機会は少ないと思いますが、降雪や強風に強く寒冷地でも使えるという日本の風土に適しているので、さまざまなニーズをくみ取れる製品です。今後は、防災や防犯などの実証実験も重ねて実績を積んでいく必要があると考えています。
――通信インフラの障害や防災、防犯は尽きることのない課題なので、この製品の有用性を理解できました。本日はありがとうございました。
(取材・文=小野貴史/経済ジャーナリスト)
※本記事はPR記事です。