DX化で人手不足、従業員負担を軽減した先に見えるホテル業界の使命

CNET Japan

 コロナ禍により長く苦戦を強いられてきた宿泊業界。しかし、ITを活用することで、この難局を乗り切っている宿泊施設もある。ここでは、ホテルや旅館向けの予約エンジンなどを提供するtripla(トリプラ)の高橋和久が、宿泊×DXを実践している企業などの事例から、これからの宿泊業界のあり方を解き明かす。

 宿泊業界のDX化を図る大きな理由のひとつに「人手不足、従業員負担の軽減」が挙げられる。コロナ禍もようやく落ち着き、宿泊需要が増している現在、宿泊業界は人手不足に拍車がかかり、中には早急にDX化を進めなければと考えているホテルもあるかもしれない。

 DX化に着手し、人手不足・従業員負担が軽減されれば、運営そのものがスムーズになることはもちろん、宿泊施設としての今後を見据え、新たなステップに踏み出すことができる。そう考えているのが、ホテルマネージメントジャパン 代表取締役の荒木潤一氏だ。

ホテルマネージメントジャパン 代表取締役の荒木潤一氏(左)とtripla 代表取締役 CEOの高橋和久氏
ホテルマネージメントジャパン 代表取締役の荒木潤一氏(左)とtripla 代表取締役 CEOの高橋和久氏

 同社はコロナ禍で宿泊業界全体が苦しい状況に陥っていた2021年、新チェーンブランド「オリエンタルホテルズ&リゾーツ」を立ち上げた。同年10月には「オキナワ マリオットリゾート&スパ」をリブランドし、「オリエンタルホテル 沖縄リゾート&スパ」をオープンしている。リブランドの背景には、世界自然遺産に登録された「奇跡の森やんばる」を玄関口とした、よりエリアを意識したディスティネーションホテルに生まれ変わらせたいという思いがあった。

 逆境の中、あえて攻めの姿勢を貫くことができたのは、ホテル従業員のほとんどがグループ社員であるという組織体制も大きく影響している。ゆえに同社は、従業員のキャリアが形成しやすい上に、DX化のノウハウをはじめとした系列ホテルの横展開もスピード感を持って進めることができるという。

 同社のいくつかの系列ホテルでは、DX化の一環としてスマートチェックインシステムを採用。スムーズなチェックインが可能となり、従業員もお客様もその分、時間が節約でき、さらには人件費の削減にもなる。一方で、スマートチェックインシステムそのものはお客様の体験価値を上げることにはつながらないため、システムを活用して節約した時間やコストを、ホテルの価値向上のために振り向けたいと考えているという。

 その中のひとつの試みが、シグネチャーメニューの展開。昨今では朝食を売りにしている宿泊施設が珍しくないが、同社でも朝食のシグネチャーメニューとして「神戸ハイカレー」をグループで統一。単なる「おいしいカレー」で終わるのではなく、そこに「ストーリー性」を加えている。

 このカレーのルーツは、1870年に日本最古級の西洋式ホテルとして神戸旧居留地で創業した「旧オリエンタルホテル」で提供されていた通称「ハイカレー」(旧オリエンタルホテルで提供されていたカレーが神戸のおしゃれな女性たちの間で広まり、「ハイカラな神戸マダムが召し上がるカレー」から転じて “ハイカレー”と呼ばれるようになったという逸話が残されている)。そのレシピを、同社の「神戸メリケンパークオリエンタルホテル」が継承し、伝統の技と味が復刻したというわけだ。

 一方で、ホテルのレストラン部門のブッフェで定番化している「和洋中すべてのメニューがそろっている」という状況については、方向転換の余地があると考えているという。

 「実際のところ、料理人不足や利益の問題で、和洋中すべてのメニューがそろっている状態をこの先も維持するのは現実的ではないと考えている。『大きなホテルのレストランブッフェなら、和洋中すべてのメニューがあって当然』という固定概念に捉われるのではなく、自社の強みとなるメニューを打ち出した上で、お客様の好みに合わせて近隣で評判の良い飲食店を案内してあげるという方法があっていいのでは。食事はすべてホテル内で楽しみたいというお客様がいれば、その地域にしかないグルメを楽しみたいというお客様もいる。特に観光で訪れているお客様は後者のパターンも多く、そうしたニーズを満たすためには、ホテルとその地域が一体となって、お客様をどうやったら楽しませられるかを考えていく必要がある」(荒木氏)

ホテルマネージメントジャパン 代表取締役の荒木潤一氏
ホテルマネージメントジャパン 代表取締役の荒木潤一氏

 こうした考え方からもわかる通り、荒木氏はホテル運営において、ホテルだけでなく、その周辺エリアも一体となって発展していくことを重要視している。エリアとしてのディスティネーションの魅力アップのためには、複数の協力関係が不可欠だが、ホテルが誘致に能動的な役割を果たすことでそれが十分可能だとも。

 一般的に、ホテルに宿泊する観光客は、ホテル滞在だけでなく、さまざまなアクティビティを楽しむ目的で訪れることが多い。近年ではインバウンド旅行者の間で、日本でゴルフを楽しみたいという需要も増えつつある。

地域と協力し新たな観光資源を作り上げる

 同社の神戸メリケンパークオリエンタルホテルがある兵庫県にも、さまざまなゴルフ場があるが、日本のゴルフ場の中には会員権取得の条件として国籍の制限を設けているところもあり、訪日客が気軽にゴルフを楽しめる環境が整っていない。逆にいえば、環境さえ整えれば、ゴルフツーリズムを新たな観光資源としてインバウンド誘致につなげることも夢ではないのだ。

 そこで荒木氏は、神戸メリケンパークオリエンタルホテルが先導する形で、ホテルの所在地である兵庫県や神戸市といった地方自治体、同県内のゴルフ場、ホテルからゴルフ場までの足となるタクシー会社やバス会社、調整役として必要なゴルフオペレーターらが連携し、日本のゴルフ事情について詳しくない訪日客でもゴルフを楽しめる仕組みづくりを推し進めている。

 このように業種を問わずに協力体制を作って、観光地全体を盛り上げる活動に近年力を入れているという荒木氏。この活動が今後、地域振興の大きな柱となっていく可能性もあるだろう。

 「ホテルには、お客様に対して『知らせる役割』があるのでは。現状のニーズに合わせるだけではなく、観光でも食文化でも、お客様が知らない一歩先の情報まで伝えたり、お客様が初めて知るコトやモノでも楽しめる環境を整えたりすることで、お客様にとっての忘れられない思い出ができるかもしれない。特に海外からのお客様にはそうした配慮が必要。海外旅行に行く際、国際的にも名の知れた、ある意味安心して泊まれるホテルをつい選んでしまうものの、本当は現地の人しか知らない評判のホテルに泊まって、現地ならではのグルメやカルチャーを楽しみたいと考えている人も少なくないはず」(荒木氏)

 人手不足などの問題から、ホテル運営そのものがスムーズにいっていない場合、地域と一体化してエリア全体の魅力を打ち出していくといった広い視野を持つこと自体、難しいかもしれない。ただ、DX化で業務効率化を進めることによって、その先にあるお客様のニーズやホテルとしての在り方を考えるといったリソースが生まれる可能性もあるだろう。

 ホテルとともにエリア一帯が発展することは、ひいては持続可能な観光資源を回していくことにもつながる。そのための土壌を作る役割を果たすことが、DX化の意義のひとつかもしれない。

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