人気歌舞伎俳優・市川猿之助が救急搬送される事件から約1週間が経過。報道合戦が過熱化するなか、両親の死亡に猿之助がどのように関与していたのか、または関与していなかったのか、真相は依然として藪の中だ。警察の事情聴取に対し「死んで生まれ変わろうと家族で話し合い、両親が睡眠薬を飲んだ」という趣旨の話をしているとされる猿之助はすでに退院し、24日には警視庁から事情聴取を受けているが、果たして猿之助が法的な罪に問われる可能性はあるのか、専門家に聞いた――。
騒動の火に油を注ぐかたちとなったのが、猿之助が搬送された18日発売の「女性セブン」(小学館)が報じた猿之助による性加害疑惑だ。「セブン」は、猿之助が日頃から一門の俳優やスタッフらに対してハラスメント行為に及んでいると報じていたのだ。
「猿之助親子が自宅でマネージャーに発見されたのが18日の朝10時頃。両親は大量の薬を飲んでいたなどの現場の状況から、猿之助親子が当日朝に週刊誌の記事を読んでから事に及んだとは考えられない。所属事務所などが伝手をたどれば週刊誌の発売前日には記事を入手できるので、猿之助が記事を読んだ後に両親へ相談し、話し合いの末に一家で自殺におよんだ可能性も考えられるが、記事の内容的には猿之助が強く否定すれば十分に抗えるレベルともいえ、死を覚悟するほどインパクトがある内容とも思えない。
そのため、猿之助は記事を読んでおらず、周囲から耳に入ってくる週刊誌の取材内容や本人が直撃取材を受けた際の話を総合して、もっと致命的な内容が記事に出ると勘違いした可能性も考えられる。もしくは、そうした話が身内から外部に漏れているということ自体が、澤瀉屋(おもだかや)のトップのプライド的に耐えられないと感じ、極端な行動に走ってしまったのかもしれない。いずれにしても、猿之助は命に別状はなく搬送翌日には退院していることからも謎が多すぎる」(週刊誌記者)
さらに「セブン」は、猿之助はスキンシップを拒んだスタッフを公演から外したり、逆に好意を持った駆け出しの役者に大きな役を与えることもあったとも伝えていた。歌舞伎界に詳しい週刊誌記者はいう。
「猿之助が歌舞伎界を担う中心的存在であるというイメージも強いが、これは少し実態から離れている。歌舞伎界での家柄という面では、市川團十郎をトップとする市川宗家といわれる成田屋、尾上菊五郎の音羽屋、中村勘三郎(現在は空席)の中村屋、松本白鸚の高麗屋、片岡仁左衛門の松嶋屋あたりが格上の家だとすれば、猿之助の澤瀉屋はもともとは市川宗家の弟子筋にあたる。さらに猿之助は先代の三代目猿之助(現二代目市川猿翁)の直系の子ではなく、三代目猿之助の甥にあたり、当初は三代目猿之助の部屋子だった今の三代目市川右團次が猿之助を継ぐとみられていた。さらに三代目猿之助の長男の香川照之が歌舞伎の世界に入り市川中車として活躍しており、猿之助はスターではあるものの、歌舞伎の世界では決して本流ではなく微妙な立ち位置ともいえる。その意味では、片岡愛之助や中村獅童と似た境遇ともいえるが、宗家のトップである猿之助のほうが彼らよりは恵まれた位置にいる。
裏を返せば、そんな立ち位置ゆえに猿之助は『スーパー歌舞伎』で『ワンピース』を演目にするなど前衛的な挑戦を続けられるわけだが、今回明るみになったパワハラやセクハラのような行為が、伝統ある成田屋や音羽屋、中村屋といった本流の宗家で起こり得るかといわれれば、可能性は低い。傍流で縛りが緩い澤瀉屋、そして各宗家のなかでは若くして大名跡を担う四代目猿之助ゆえに起きた出来事とも感じられる」
パワハラと切って捨てられない難しい面
そんな澤瀉屋が力を入れるのが、三代目猿之助が1986年に始めた「スーパー歌舞伎」だ。2014年から今の四代目・猿之助を中心とした「スーパー歌舞伎Ⅱ」に進化して以降、よりエンターテイメント要素の強い内容となり、人気漫画『ONE PIECE』(集英社)を舞台化した「スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』」などが話題に。24年には「スーパー歌舞伎Ⅱ『鬼滅の刃』」の上演も予定されている。
「今の猿之助は、歌舞伎も伝統に胡坐をかかずに積極的に新しい要素を取り込んで進化していくべきという考え。それゆえに、必然的に歌舞伎の外の人間もどんどん起用するので、ベテランの俳優やスタッフの出番が少なくなり、なかには不満を持つ人もいる。そうした人たちの不満が今回の報道につながったとみられているが、猿之助としては『長いこと歌舞伎の世界に身を置いているというだけで仕事を与えられるのはおかしい』という考えで、それはそれでうなずける面もあるが、一方で周囲の反発を招いてしまった。
今回の件では猿之助が遺書をあてた相手で恋人とも呼ばれる、付き人兼俳優の存在がやたらとクローズアップされているが、それは猿之助の単なるプライベートの問題であり、根底には澤瀉屋が抱えていた複雑なバックグラウンドがある」(同)
歌舞伎界を取材する別の週刊誌記者もいう。
「猿之助の誘いを断ったために舞台から外されたと周囲に話すスタッフがいたことは事実のようだ。歌舞伎の世界は狭いので、今回の『セブン』記事についても、内部の誰が週刊誌に情報や澤瀉屋関係者の連絡先を渡しているのかは特定されている様子。今の猿之助が四代目を襲名して以降、澤瀉屋を去ったスタッフ、俳優の数は一桁ではない。猿之助が稽古などでかなり厳しかったという報道も出ているが、歌舞伎の主役クラスの俳優で、稽古のときに厳しくない人などいないし、勢いあまって厳しい言葉が発せられることは日常茶飯事。
特に猿之助の場合は演出に強い革新性を求めるので、昔ながらのスタッフや俳優のなかには、ついていけなかったり、反発する者もいる。座頭である猿之助が舞台をより良いものするために外部から人材を起用する一方で、そういう昔ながらの者たちを遠ざけるというのは、ある意味で猿之助にとっては必然であり、『反発するから排除しました』という表現で簡単に批判されるものでもない。『肩入れする人物を抜擢していた』というのも、見込みがある役者に肩入れするのは当たり前ともいえ、一概にパワハラと切って捨てられない難しい面がある。なので関係者の間には『パワハラなんかじゃない』と猿之助を擁護する声もある」
復帰の可能性
過去の歌舞伎俳優の不祥事をあげれば枚挙に暇はない。十三代目・市川團十郎は「市川海老蔵」時代の2010年、反社会的勢力の男性とバーでケンカになり暴行を受けて大怪我をするという事件を起こし、昨年3月発売の「セブン」では、コロナ禍のまん延防止等重点措置下にSNSを使って複数の女性にアプローチしデートしていたと報じられた。05年には二代目・中村七之助が泥酔状態で警察官を殴ったとして公務執行妨害で逮捕されたが、七之助に大量の酒を飲ませたのも海老蔵ではないかといわれている。
中村芝翫にいたっては、16年と21年1月、12月の3度にわたり不倫が報じられ、六代目・片岡愛之助は11年2月発売の「セブン」報道によって、元ホステスとの間に隠し子が存在することが明らかに。隠し子といえば、市川團十郎や十代目・松本幸四郎も過去にその存在が報じられて事実を認めている。さらに、人間国宝に認定されている重鎮、十五代目・片岡仁左衛門も昨年11月発売の「週刊文春」(文藝春秋)で不倫を報じられていた。
そして上記に挙げた俳優たちは、今もなお舞台に立ち続けている。
「歌舞伎界俳優にとって不倫や隠し子がいるという程度のことは伝統みたいなもので、問題視されるほどのことではない。ただ、猿之助の件は人の死が絡んでおり、また一門という組織のなかでのハラスメント行為だけに、過去の歌舞伎俳優の個人的なスキャンダルとは性格が異なる。いくら歌舞伎界が不祥事に甘いとはいえ、簡単に復帰というわけにはいかないだろう。ただ、もし仮に猿之助が両親の死をめぐり法律的に潔白だということになれば、歌舞伎界にとって猿之助の舞台復帰ほどインパクトが強いイベントはないだろうし、猿之助と親しい俳優、そして歌舞伎ファンもそれを強く望んでいるだろう」
保護責任者遺棄致死罪の可能性か
猿之助は警察の事情聴取で「死んで生まれ変わろうと家族で話し合い、両親が睡眠薬を飲んだ」という趣旨の話をしており、猿之助の両親は司法解剖の結果、向精神薬中毒で死亡した疑いがあると発表されている。そして両親は自宅2階リビングで布団をかけられ仰向けの状態であった一方、猿之助は意識がもうろうとした状態でクローゼットの中にいるところを発見されたと伝えられており、両親の死亡に猿之助がどのように関わっていたのか、もしくは関わっていなかったのかは不明だ。山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士はいう。
「マスコミ等において、『自殺教唆』や『自殺ほう助』といった罪の成立が騒がれています。確かに、何らかの理由で猿之助さんが、それまで自殺願望のなかった父親、母親に自殺や心中を勧め、自殺させるに至ったのであれば『自殺教唆』となりますし、その際、向精神薬を用意したり、飲ませたりすれば『自殺ほう助』が成立する場合があります。
もっとも、今後、猿之助さんが(おそらく弁護士に相談するなどして)『父親(または母親)が自殺や心中を提案し、私も納得して自殺しようとしました』と供述した場合、『猿之助さんが父親、母親に対し自殺を勧めた』という図式にはならないので『自殺教唆』は成立しにくくなります。向精神薬も父親または母親が用意していたのであれば『自殺ほう助』も成立しにくくなります。この点は、猿之助さん自身に自殺の動機があり、父親、母親に自殺を勧めたのかどうかという点から解明されるでしょう。
現在、猿之助さんしか生き残っていないので、当人がどのような供述をするか、それなりの量の向精神薬を誰が用意したのか、が今後の捜査のポイントとなると思います。向精神薬は、そんな簡単に手に入るものではないので、早晩、入手経路は判明することでしょう。
ところで、母親については、先に亡くなっていたという客観的事実があります。母親が向精神薬を飲んで死に至る中、父親は老齢で『助けることができる立場』にない。このような状況に居合わせている猿之助さんは、通常、どのような行動をとるでしょうか? 通常は119に通報するなどして医療を受けられるようにしたり、介抱したりします(自分も自殺するつもりだったからこれらをしなかった、というわけにはいきません)。
このように、生命や身体が緊急状態にある人がいて、この人を助けなければならない立場にある人が『何もしない』場合、『保護責任者遺棄致死罪』という罪が成立する可能性があります(3年以上20年以下の懲役)。正直なところ、捜査機関や検察も『生き残りの猿之助さんの心の中』を捜査していくことは困難です。
とすれば、捜査機関や検察としては『助けを必要とする母親』がいて、『助けなければならない立場』に『猿之助さん』がいた、しかし『助けることなく、死という結果を招いた』という事実で立証することができる保護責任者遺棄致死罪を考えるでしょう。
自殺を試みている方が『助けを必要としている』のかどうかという疑問は残りますが、もし、捜査機関や検察が刑事事件として立件し、有罪を求めるのであれば、現時点で判明している情報で考えるならば、保護責任者遺棄致死罪を適用する可能性が高いと思います」
真相解明までは、まだ時間がかかりそうだ。
(文=Business Journal編集部、協力=山岸純弁護士/山岸純法律事務所代表)