ウクライナ戦争で「中立」であること

アゴラ 言論プラットフォーム

アイスランド共和国首都レイキャビクで16日から第4回欧州評議会(CoE)サミットが開催されたが、人権保護を目的とした国際機関の同会議にオーストリアから参加したファン・デア・ベレン大統領はウクライナ戦争に言及し、その悲惨な現状を説明、「わが国も地雷除去など人道的支援をする用意がある」と表明した。大統領のレイキャビク発言はウィーンの夜のニュース番組でも大きく報道された。

セッション8「G7+ウクライナ会合」参加者の記念写真(G7広島サミット公式サイトから、2023年5月21日)

ここまでは良かったが、その翌日、オーストリアのクラウディア・タナー国防相は、「わが国の連邦軍は地雷除去には参加しない」と発言し、大統領の発言をあっさりと切り捨てた。その直後、ネハンマー首相は、「中立国のわが国は紛争地での地雷除去活動はできない」と説明し、オーストリアは中立国であると強調した。

地雷除去作業中、ロシア軍と衝突し、戦闘になった場合、オーストリア連邦軍は中立主義だからといって戦いを放棄し、逃げ去ることはできない。だから、人道的な地雷除去活動といっても戦闘が行われているウクライナでの活動は中立主義と一致しないというわけだ。

大統領が国際会議の場で「やります」といったことをその直後、同じ国の閣僚が「それは出来ません」と一蹴すれば、国の威信とメンツは丸つぶれだが、状況はそのようになった。ファン・デア・ベレン大統領は、「地雷除去作業は中立には反しない」と主張し、大統領の出身政党「緑の党」も大統領の発言を支持したが、保守派政党「国民党」出身の国防相、そして首相まで「できません」と宣言したことで、残念ながら、オーストリア連邦軍のウクライナでの地雷除去活動は白紙に戻った感じだ。

欧州の代表的中立国はウクライナ戦争勃発前までは4カ国、フィンランド、スウェーデン、オーストリア、スイスだ。フィンランドとスウェーデンの北欧2カ国の中立国はロシアの脅威から安全を守るために北大西洋条約機構(NATO)加盟を決意したが、スイスとオーストリアは依然、中立主義を堅持している。ただ、スイスでは国内で中立主義の見直しを求める声が高まってきているが、オーストリアでは“中立主義の堅持”で政府も国民もコンセンサスが出来ていて、それを変えようとする声はほとんどない(「国際金融センター『スイス』の悩み」2023年5月16日参考)。

ところで、ウクライナのゼレンスキー大統領は19日、広島で開催された先進諸国首脳会談(G7サミット)に参加する前、サウジアラビア西部ジッダで開催されたアラブ連盟(21カ国・1機構)首脳会談に顔を出し、ロシア寄りが多いアラブ諸国首脳にウクライナの現状を訴え、ウクライナ支持を呼び掛けた。その後、同大統領は広島のG7に参加、7カ国の首脳たちばかりか、新興・途上国「グローバルサウス」の代表国首脳たちと精力的に会談を重ねた。

インドのモディ首相との会談では、インドがウクライナ戦争では中立の立場を堅持する一方、ロシアとも深い経済関係を維持していることに対し、ゼレンスキー氏はウクライナでのロシア軍の戦争犯罪を説明し、ウクライナ戦争での中立を放棄すべきだと要請した。それに対し、モディ首相はウクライナ国民の被害に同情を示す一方、ロシアとの経済関係を放棄することは国民経済の観点からも難しいと説明したという。

ゼレンスキー大統領にとって、ウクライナ戦争はロシアの侵略から始まったもので、ウクライナは明らかに被害国だ。それを他国の首脳たちが「中立」という言葉を盾に自国の国益だけを重視し、ロシアの戦争犯罪に沈黙していることに、「ウクライナ戦争では『中立』はあり得ない」と叫びたい心情かもしれない。同大統領にとって、冷たいか熱いかのどちらかであり、「中立」はなまぬるい立場というわけだ。

中国共産党政権はここにきて世界の紛争で仲介役を演じることに腐心してきた。サウジ(スンニ派の盟主)とイラン(シーア派代表国)の対立に仲介し、両国の和解に貢献していることに自信を持ってきた。そしてウクライナ戦争ではロシアとウクライナ間の調停を申し出、12項目の和平案を発表した。ただし、その12項目の内容をみると、中国が明らかにロシア支持であることは一目瞭然だ。中国の和平案第1項目には「国家の主権を尊重:一般に認められている国際法と国連憲章は厳密に遵守されなければならない」と堂々と明記されている。ロシアがウクライナの主権を侵略していることは誰の目にも明らかだ。ただ、中国共産党政権はその事実を見ないのか、恣意的に無視しているのだ。

世界最大のキリスト教会、ローマ・カトリック教会の最高指導者フランシスコ教皇はキーウとモスクワに派遣団を送り、両国の和平交渉を進めたい意向だが、ゼレンスキー大統領は今月13日、フランシスコ教皇との対面会見で、「バチカンはロシアの戦争犯罪をはっきりと批判してほしい」と要請、キーウだけではなく、モスクワからも歓迎されることを期待するローマ教皇の調停工作に拒否姿勢を見せている。誰でも嫌われることを願わないが、ウクライナ戦争では誰が侵略者かをまず明らかにしてからでなくては、和平交渉は始まらないのだ(「ゼレンスキー氏『教皇の調停不必要』」2023年5月15日参考)。

ウクライナ戦争で「中立」を主張する国の多くは、その国益を重視し、紛争両国から可能な限り等しい距離を取る姿勢だ。例えば、インドはウクライナ戦争がロシアの侵略から始まったことを理解しているが、ロシアから安価な天然ガス,原油などの資源を輸入できるメリットを失いたくないため、ロシアを正面から批判できない。同じことが、中立国オーストリアのウクライナでの地雷撤去活動の拒否でもいえる。ロシアとのこれまでの経済的、人的繋がりをウクライナ戦争のために全て放棄できないのだ。「中立」という言葉は、その快い響きも手伝って、打算、国益をカムフラージュできるからだ。

繰り返しになるが、ウクライナ戦争では「中立」はあり得ない。ロシアの侵略から始まった戦争だ、ただ、ロシアを「悪」、ウクライナを「善」といった「善悪2分」論は危険性も内包している。「善悪論」を強調しすぎると、ロシアのプーチン大統領のパラレル世界を間接的に認めることになるのだ。プーチン大統領は、「ウクライナに対するロシアの戦争は西洋の悪に対する善の形而上学的闘争」(ロシア正教会最高指導者キリル1世)というナラティブ(物語)を信じている。善悪の立場が逆だけで、その構図は同じだ。ちょうど、ヘーゲルの弁証法の観念の優位性と物質の優位性を逆転して共産主義思想が構築されたようにだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年5月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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