SFはあくまでフィクションではあるものの、時にはSFの中で描かれていたことが未来で現実となることがあるため、フランス陸軍は「未来の脅威に備えるため」としてSF作家を雇い入れるなど、政府機関がSFの想像力に関心を向けることがあります。そこでイギリス・ランカスター大学で講師を務めるマイク・ライダー氏が、「未来の軍事的脅威を予測するために政府が目を向けているSFのアイデア4選」を紹介しました。
How governments are using science fiction to predict potential threats
https://theconversation.com/how-governments-are-using-science-fiction-to-predict-potential-threats-202877
SF作家はこれまでにも、将来的に現実となったいくつかの技術を予測してきました。たとえばアーサー・C・クラークは、1964年の時点で後のインターネットを予測するかのような発言しており、アイザック・アシモフは1983年に「コンピューターなしでは生活できなくなる」と予見しています。
ライダー氏は、「SFは新しい技術によって形作られる未来を創造するのに役立つだけでなく、潜在的な脅威に対する教訓を得るのにも役立ちます。SFは多くの問題に取り組んでおり、それが戦争やリスクを軽減する方法に関する防衛研究に反映されることは間違いないでしょう。未来を完全に予測することはできませんが、一部のSFが示唆するようなディストピアを回避するために、私たちのリーダーや意思決定者が、SFによって示唆される教訓を学ぶことを願っています」とコメント。政府が検討している可能性があるSFのアイデアとして、以下の4つを挙げています。
なお、一部のSF作品について核心的な内容に触れているため、ネタバレを気にする人は注意してください。
◆1:スーパー兵士
科学の力によって強化されたスーパー兵士は、ロバート・A・ハインラインの「宇宙の戦士」やジョー・ホールドマンの「終りなき戦い」などの古典作品にも登場し、近年では「筋肉の増強」「通常より臓器の数を増やす」といった方法で兵士を強化するアプローチも増えています。
長らくSFの主要テーマとされてきたスーパー兵士には、通常の兵士よりも強く、速く、効果的に戦争を遂行できるという利点がありますが、同時に道徳的・倫理的な責任も大きいという問題があります。「終りなき戦い」など一部のSF作品では、これらのスーパー兵士が命令に従わなかった場合に肉体を爆破するなど、兵士の反逆に備えた強権的なシステムが考案されているとのことです。
◆2:戦争でのドローン利用
ドローンはすでに、現代の戦争において重要な役割を果たしています。ロシアとウクライナの戦争ではドローンが活用されていることが報じられており、アメリカやその同盟諸国もドローンを活用したパトロールやテロ容疑者の殺害を行っています。
しかし、一部のSFではさらに踏み込んで、「ドローンなどの遠隔兵器を使用した戦争のゲーム化」に焦点を当てています。たとえば映画にもなった「エンダーのゲーム」では、優秀な才能を見込まれた主人公が指揮官養成学校に通い、敵との戦いをシミュレートするさまざまな訓練に参加します。ところが、最終訓練が終わった後に、実は自分が行っていたのはシミュレーションではなく、遠隔操作した軍隊を用いて実際に敵と戦っていたことを知らされるという筋書きです。
ライダー氏は「エンダーのゲーム」で描かれた内容が、現代の無人兵器による戦争がはらむ問題を先取りしたものだと指摘。「これにはターゲットの選び方や、遠隔操作による殺害をめぐる道徳的・倫理的な問題が含まれます。ドローンが日常的な市民生活に浸透していくにつれ、これらの問題はより切実になっていくでしょう」と述べました。
◆3:バイオエンジニアリング
SFの世界ではドローンや高度なコンピューターだけでなく、戦争やそれに関連する人道的支援において、生物科学や動物を利用することの問題についても扱われています。たとえばエイドリアン・チャイコフスキーの「Dogs of War(戦争の犬)」では、バイオエンジニアリングを受けて「戦争の犬(傭兵)」として戦争に従事する犬が主人公となっています。
その他のSF作品と同様に、「戦争の犬」では人間が他人を搾取する方法や動物を人間の道徳的枠組みに適合させる方法など、さまざまな倫理的・道徳的質問についても提起されているとのこと。古くからさまざまな軍隊が戦場において軍用犬などの動物を使用しており、近年でもアフガニスタンで武装勢力との戦闘に参加して負傷し、ヴィクトリア十字章を授与された軍用犬「Kuno」などの例があります。戦場に限らず、被災地での生存者救助などでも探知犬などが危険にさらされることがあり、SFは動物の利用を取り巻く倫理的な課題について考えるヒントを与えてくれるとのことです。
◆4:行動変容
SFにおいて薬物や化学物質を使用してその人にとっての現実をゆがめ、行動を修正するというアイデアは古くから存在しています。この分野で特に有名なのがフィリップ・K・ディックであり、「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」「ユービック」「流れよわが涙、と警官は言った」などが挙げられます。また、2005年の映画「セレニティー」でも、人々の行動を制御するために薬物が用いられた結果、悲惨な事態に陥った惑星が描かれているとのこと。
以上の例はあくまでSFですが、実際にアメリカの中央情報局(CIA)は1950年代~1960年代にかけて、人間を洗脳するための実験「MKウルトラ計画」を実行していました。MKウルトラ計画では人間の被験者を相手に、薬物や電気ショックなどを用いて洗脳を試み人体実験が行われていたことが明らかになっています。
ライダー氏は、「このような過激で恐ろしい実験が過去のものとなることを願うばかりですが、前世紀半ばほどではないものの、行動変容の概念は防衛研究において今でも大きな意味を持っています。実際に、多くの人々がソーシャルメディアは今や世界的な戦場であり、情報戦は安全保障に対する真の脅威となっており、ロシアや中国は西側諸国に対してサイバーキャンペーンを展開していると非難しています」と述べ、薬物ではないにしろSNSなどを通じて人々に働きかける手法が用いられていると指摘しました。
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