100kmを走りたどり着いた鬼怒川エロス 栃木県日光市(行ってかよかった市区町村)

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はじめに

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100kmを走りたどり着いた鬼怒川エロス
栃木県日光市
(伊藤健史)

1994年、大学生になって初めての夏休み。暇はあるが金は無い、しかし何かを成し遂げたい。うだるような暑さの中でおろかな衝動が立ち上がる夏である。金は無くとも若々しいフィジカルだけはあるのだから、金をかけずに旅をすればいいだろうよと数人の友人と当時住んでいた埼玉県の大宮から自転車で栃木県日光市鬼怒川温泉のさらに奥、川治温泉まで行く事にした。距離にして約140キロ、財布には4000円ほど入れて、早朝からマウンテンバイクをこぎ、ひたすら北上する。

利根川を渡り、栃木県に入っても口数は減ったがまだなんとか元気だったせいか、愚かなことに宇都宮の古本屋で「あしたのジョー」10巻セット(全20巻のうちの10巻)を買ってしまった。これから鬼怒川をがんがん登ってゆくコースをマンガ本10冊の重みと共に行く事となった。立ちこぎするとリュックの中のジョーが背骨をきしませるようにのしかかってくる。立たせない気かよ、ジョー。

日光江戸村やウエスタン村、東武ワールドスクエアなど日光を象徴するテーマパークの正門前で記念撮影だけしながら進む。照りつける夏の日差しに延々と続く登り、重たい背中のジョーによってぼろぼろに消耗しながら夕方に鬼怒川温泉駅へ到着。ホテルに泊まる予算などあろうはずもなく駅のロータリーで野宿を決めこんだ。

翌朝、朝露でじとっとしたロータリーにブロンドのショートヘアーが麗しい白人のお姉さんが現れ「チェンジ(両替)してください」と500円玉を差し出してきた。タイトなジーンズに上半身はなぜか漁網なみにすかすかのシースルーを1枚まとったのみ。目のやりばに困りながら小銭を渡すと、彼女は片言の日本語で礼を言いどこかへ行ってしまった。高校を卒業するまで部活でただサッカーボールを追いかけていた私をどこかへ導くようなモーニングエロスの芳香だった。グッド・エロス・モーニング。

さらに北上して龍王峡でたどりついたのがかの鬼怒川秘宝殿である。そのあまりにミステリアスな佇まいに惹かれ、後先考えずに残り少ない所持金を使い入場すると、そこはぼんやりしたホログラムムービーやほぼ全裸のマリリン・モンロー風蝋人形が開放された性の悦びを具現するめくるめく世界だった。

皆でお金を出し合って買った「写ルンです」で撮影、私は撮影者なので写ってません。

 

ぼんやりしたホログラムムービー(2014年撮影)

利根川を越え、鬼怒川の渓谷をひたすらのぼり、疲れきった体で飛び込んだ原色のエロスは間違いなく我々が持つ人間本来の生存本能に「生きよ」と呼びかけていた。私は「あしたのジョー」だけでなく、古くて、しかしなにか新しい感覚を持ち帰ったのだった。

20年後の2014年、ふたたび鬼怒川秘宝殿を訪れた。そこで知ったのは秘宝殿がその年限りで閉館、33年の歴史に幕が下ろされるという事だった。写真も撮影禁止どころかむしろ撮っていってくださいと言われ、あの時のあやしげなエロスの輝きをたどるようにゆっくりと館内を巡った。

20年ぶりの秘宝殿。2014年に撮影したとは思えない雰囲気。
めくるめくエロス&サイケデリック。

若き日の心の奥のほうのやわらくて、きらきらしたところに確実に爪痕を残したローカルエロスが終焉を迎えている。自分だけ取り残されてしまうような寂寥感がこみ上げてきた。しかし、私の心の中で鬼怒川は、そこで体験したエロスや今はなきウエスタン村など雑多なものを飲み込んで悠久の流れをたたえている。この流れのどこかで、またいかがわしくてたまらなく魅力的な何かが生まれてくるに違いない。

終わってふたたび解説です

埼玉県の大宮から自転車で栃木県日光市へ行った大学生の伊藤さんの思い出でした。「写ルンです」で撮影した写真は味わいがありますね。

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(はげます会担当 橋田)

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