東京メトロが語るオープンイノベーション –駅員や乗務員も社内メンターとして参画

CNET Japan

 朝日インタラクティブは2023年2月1日〜28日の平日、「CNET Japan Live2023」をオンライン開催した。今年のテーマは、共創の価値を最大化させる「組織・チーム・文化づくり」。本稿では、東京地下鉄(東京メトロ)が手掛けるオープンイノベーションプログラム「Tokyo Metro ACCELERATOR」について、東京メトロ 企業価値創造部の森信治氏が語った講演をレポートする。

 森氏は、東京メトロ入社後、鉄道構造物のメンテナンス方法の開発や耐震補強工事等に従事。2019年に現部署に異動し、現在はプログラムの制度設計・運営やスタートアップとの共創施策の推進、社内新規事業提案制度「メトロのたまご」の運営などを担当している。

東京地下鉄(東京メトロ) 企業価値創造部の森信治氏(右下)と、モデレーターを務めたCNET Japan編集部 西中悠基(左下)
東京地下鉄(東京メトロ) 企業価値創造部の森信治氏(右下)と、モデレーターを務めたCNET Japan編集部 西中悠基(左下)

「Tokyo Metro ACCELERATOR」2つの目的と5つのテーマ

 東京メトロは、東京都心部を中心に、9路線、180駅、総延長195キロにおよぶ地下鉄路線を運行している。過去、多い時では1日に平均755万人を輸送していたが、コロナ禍を経た2021年度の実績は522万人だという。

東京メトロの鉄道事業
東京メトロの鉄道事業

 そんな同社は鉄道以外にも、さまざまな事業を手掛けている。商業施設の運営などの「流通事業」、オフィス運営などの「不動産事業」、駅構内や車内で展開する「広告事業」、光ファイバーの賃貸や無線LANサービスを提供する「情報通信事業」。そして、森氏が所属する企業価値創造部が手がける「新規事業」だ。森氏は「鉄道事業の見直しを頑張っているところ」だと説明するが、今後も利用客はコロナ前の水準まで戻らないことが予測されているため、鉄道以外の事業の重要性は高まっている。

東京メトロは鉄道以外の事業も手掛けている
東京メトロは鉄道以外の事業も手掛けている

 企業価値創造部は、新規事業を推進するうえで、「新規事業企画」「新規事業推進」「新技術推進」という、主に3つの役割を担う。森氏が所属する新規事業企画担当では、Tokyo Metro ACCELERATORの事務局や、スタートアップとの資本提携契約、社内事業提案制度「メトロのたまご」の事務局を担当。加えて、新規事業の検討や立ち上げも自ら進めているという。

 新規事業推進は、新たに立ち上がった事業の運営や拡大を担当。新技術推進では、鉄道事業における新しい技術の開発や導入や、さまざまなモビリティを連携するサービス「my!東京MaaS」の運営を担っている。

企業価値創造部の体制
企業価値創造部の体制

 本題であるTokyo Metro ACCELERATORの目的は、大きくは2つにわけられる。1つは、同社が持つ顧客接点、実証実験フィールド、PRの機会などをスタートアップ企業に提供しつつ、外部企業が持つ優れたサービスやプロダクト、革新的な技術を組み合わせ、1つは幅広い外部連携を通じた新たな事業領域に挑戦すること。もう1つは、鉄道事業領域における新技術の開発と導入を進めることだ。

 Tokyo Metro ACCELERATORは、前述の2つの目的にあわせて「新規事業創出プログラム」と「鉄道事業課題解決プログラム」という2本立てで構成されているが、両者は主体が異なるという。前者は森氏ら企業価値創造部が推進し、2022年度にスタートした後者は、各部署が推進していくものだ。

 新規事業創出プログラムのテーマは5つ。1つ目は、「ポストコロナに向けた、お出かけ機会の創出」。鉄道事業に付随する事業を展開することで、約2割程度落ち込んだままの鉄道利用者の増加回復を図る。2つ目は、「鉄道アセットを活用した新たなビジネスの開発」。これまで手薄だった、鉄道ファンや鉄道好きな子ども向けのビジネスを立ち上げる構えだ。3つ目は、環境問題、高齢化社会などの解決を図る、いわゆるSDGsの領域での取り組み。4つ目は、my!東京MaaSとの掛け合わせ。5つ目は、東京メトロ内のさまざまな事業との共創だ。

「Tokyo Metro ACCELERATOR」の5つのテーマ
「Tokyo Metro ACCELERATOR」の5つのテーマ

 2022年度の新規事業創出プログラムは、いままさに実施中だ。2022年11月から2023年1月にかけて、提案を募集。その後、書類と面談による選考を進め、2023年4月頃から選考通過企業と共にブラッシュアップのフェーズに入る。その後は、5月末に実施する最終審査会で事業検証を進める案件を選び、採択企業と具体的な共創計画の策定と実行を進めていく予定だ。

「Tokyo Metro ACCELERATOR」のスケジュール
「Tokyo Metro ACCELERATOR」のスケジュール

 ユニークなのは、ブラッシュアップに入る段階で、東京メトロ社員が「コーディネーター」として参画する点だ。

 コーディネーターは、いわゆる社内メンターで、事務局やスタートアップと共に、提案内容をブラッシュアップする役割を担う。

 コーディネーターは、2021年度までは挙手制で、若手社員を中心に募集してきたが、2022年度からは新設の「社内複業制度」を活用。駅員や乗務員など、いわゆる現業職も含む全社から、幅広くコーディネーターを募る体制を整えた。社内の巻き込みが、じわりと広がる様子が垣間見える。

東京メトロが実施している「社内複業制度」
東京メトロが実施している「社内複業制度」

 「弊社の社員は、3分の1が駅員、3分の1が運転士と車掌のいわゆる乗務員で、残りの3分の1がそれ以外の職務に就いている。今回コーディネーターに応募した20人は、駅員や車掌なども含めて、新しいことに取り組みたいという意欲を持っている人ばかりだ。オープンイノベーションは、社内の熱もすごく大事だと思うので、社内にそういう人がたくさんいることが可視化でき、彼らが味方になってくれたのは、とてもありがたい」(森氏)

6年間で700社以上応募 4つの事例紹介

 「新規事業創出プログラム」は、これまで6年間で、700社以上の外部企業からの応募を集めたという。森氏は、これまでの6年間で19件の共創を実現してきたと説明。その事例を4つ紹介した。

 1つ目は、2016年度の採択企業であるリンクスとの共創。視覚障害者向けの音声ナビゲーションシステムの「shikAI」の開発に協力するものだ。shikAIの専用アプリを用いてQRコードを読み込むと、音声で自分の行きたいところまで案内してくれるサービスで、現在は東京メトロの10駅で提供している。

 2つ目は、2019年度の採択企業であるゲシピとの共創で、eスポーツを直接コーチから学べる専用のジムを展開しているという。

リンクスとゲシピとの共創事例
リンクスとゲシピとの共創事例

 3つ目は、2021年度の採択企業であるgrow&partners、OWLedgeとの共創だ。grow&partnersが提供する一時保育の検索システム「あすいく」を活用するもので、保育士が3時間子どもを預かる一時保育のなかで、約40分間は地下鉄を素材とした知育教材を使って、学びの時間を提供するという。OWLedgeはコンテンツの提供を担う。森氏は「実験的な取り組みだったが、想定よりも多くの方からご応募いただいた」と話す。

 4つ目は、2020年度の採択企業であるGATARIとの共創。viviONのコンテンツを組み合わせる形で、2月から3月にかけて「バーチャルライブ・ラリー」を開催した。駅構内にバーチャルライブスポットを設置し、現地に行った人だけが、GATARIが提供するMR音響体験アプリ「Auris」を使って、その音源を聞くことができるというイベントだ。森氏は、「現地での立ち位置などで、音響の大きさやキャラクターの声の聞こえ方が異なる。本当に多くのファンに楽しんでもらえた」と振り返る。

grow&partners・OWLedgeとGATARI・viviONとの共創事例
grow&partners・OWLedgeとGATARI・viviONとの共創事例

年間プログラム型と通年型を「並走」させ、社内をより巻き込んでいく

 東京メトロではこのように、年間プログラムとして「新規事業創出プログラム」を走らせ、外部との共創を生み出してきた。さらに2022年度には、新たに通年型の「鉄道事業課題解決プログラム」を開始。こちらは、社内の各事業部署で、審査から実行まで判断して進めている。2022年11月末に募集を開始し、まだ手探り状態だとはいうものの、すでに15件の応募を受け付け、各部で検討中だという。

 森氏ら事務局は、このプログラムでは仲立ちに徹する。「各部の担当者に、どのような課題があるのかをヒアリングし、テーマを細かく挙げている。これを見て、解決できそうな技術を持っている企業に応募してもらっている」(森氏)といい、担当レベルで本当に困っているテーマを公開しているそうだ。

 プログラムに対し、外部からの応募があれば、該当しそうな部署に事務局が都度展開。マッチしそうであれば、社内で実証実験をするかなどの話を進めてもらい、本導入や事業化に向けて各部署が動く、という流れで取り組んでいるという。

 森氏は、Tokyo Metro ACCELERATORに取り組んできた4年間を振り返り、「何をするにしても、どの部がどういうことをやっていて、どういうことが転用可能かを分かっていることが非常に大事。また、われわれ企業価値創造部にも、各部のキーパーソンは誰か、といった情報や、肌感覚としての実現可否の見通しなどのナレッジが溜まってきた。また、コーディネーター制度等により社内のオープンイノベーションの関係人口を徐々に増やしてこれた」と話す。

 質疑応答で、「スタートアップと組む上で苦労したこと」について尋ねられた森氏は、「大企業とスタートアップのスピード感の違いを埋めるために、例えばプレスリリースはこの日までに作る必要があると伝えるなど、事務局が具体的なスケジュールを引いて、早めに動いてもらえるよう工夫している。一方、スタートアップ企業は、弊社との共創だけにリソースを割けるわけではないので、スピードが出ないときも理解を示すようにしている。また、弊社は東京都や国の許可を得て鉄道設備を敷設しているため、自由に物を設置することができないなどの制約がある。そうした部分の理解を得ることは、最初に気を付けている」などと答えた。

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