本誌CNET Japanが主催するオンラインセミナー「CNET Japan Live 2023」が、2月1日から28日まで、1カ月間にわたって開催された。テーマは「共創の価値を最大化させる『組織・チーム・文化づくり』」。新規事業開発や共創、あるいは組織風土の改善などに取り組んできた企業らが、その経験をもとに成功のヒントを明かす20のセッションからなるイベントだ。
22日、2つ目のセッションでは、東急グループの3社が登壇。「東急アライアンスプラットフォーム(TAP)」の取り組みの中身と、そこから誕生した2つの共創の実例について詳細を語った。
企業規模にかかわらず通年で共創パートナーを募集
東急株式会社 フューチャー・デザイン・ラボ 東急アライアンスプラットフォーム運営事務局 満田遼一郎氏
東急グループでは2015年から東急グループのオープンイノベーション推進を目的とした「東急アクセラレートプログラム」、通称「TAP」を開始した。TAPの運営を担当する満田氏は、「グループ各社がもつ幅広い顧客接点を活かし、用途開発や社会実装に重きを置いて、パートナー企業と業務提携などを進めてきた」と話す。
しかし、2021年8月に、「スタートアップに限らずグループ外のたくさんのパートナーとアライアンスを組むことで新規事業を創っていく、オープンイノベーションを加速させていく」ことを目標に、「東急アライアンスプラットフォーム」へとリブランディング。「新生TAP」として新たなスタートを切った。
2021年8月に「東急アライアンスプラットフォーム」へとリブランディングした
2022年度時点で29の事業者と共創プロジェクトを進めているTAP。その一番の特徴は、通年応募制であることだ。一般的なアクセラレートプログラムのように年1回イベントを開催するのではなく、毎月のように募集と選考をし、随時PoCも行っている。
また、現時点で東急グループが保有していない「イノベーションに必要な技術」を「バリューチェーンリスト」で整理し、可視化している。共創パートナーを募るため、そうした情報をWebサイトで積極的に発信しているのも特徴だ。
通年で募集し、選考は毎月、PoCも随時行っている
応募数は年間100件前後と少なくないが、昨今はオープンイノベーションのトレンドにより、多くの領域で大企業同士の連携が容易になっているという。そこで、近年は「待ち」の姿勢だけでは不十分であり、「アウトバウンド的な動き」で積極的に他社に声がけしていくことも必要になってきている、と満田氏は話す。
工事現場との課題感の共有がビジネス化に繋がった「工具ミッケ」
東急建設株式会社 価値創造推進室 デジタルイノベーション部 ビジネスデジタル推進G 上岡なつみ氏
セッションでは、そんなTAPから生まれ、ビジネス化を果たした2つの共創事例を紹介した。1つは、東急建設とアプリ開発会社のアイリッジが手を組んだ工具管理ソリューションの「工具ミッケ」だ。工具類にRFIDタグを貼付して、それをRFIDスキャナーで一括で読み取ることで、工具管理の手間やミスを減らすものだ。
工具管理ソリューション「工具ミッケ」
鉄道工事の現場では、営業中の鉄道路線の軌道内工事において、終電後から始発までの短時間に多くの資材や機材を軌道内に持ち込んでいる。そのため、工事中や工事後には紛失、置き忘れがないようチェックを徹底している。東急建設の上岡氏によると、現状は目視で確認したり、紙書類のチェックリストに手書きしており、ミスが発生しやすい状況だという。
「工具ミッケ」を導入したことによる効果
そこで、非接触で多数のタグと情報をやりとりできるRFIDの仕組みを活用することを考案。工具にRFIDタグを貼付して、それをRFIDスキャナーで読み取ることで工具管理できるサービスを開発した。スマートフォンアプリを使って、工具チェック履歴の管理や報告レポートの送信なども可能にしている。
サービスに含まれるもの
専用アプリで情報の管理・確認も可能
工事現場では、事前に使用する工具にRFIDタグを貼り付け、それをシステムに情報登録した後、工事作業に入る前にRFIDスキャナーで工具をスキャンする。さらに工事作業終了後にもスキャンしてから工具を保管するという手順を経ることで、使用工具の置き忘れの防止が可能になるという。
紙書類への記入などアナログな作業がデジタル化されることで、「最大で8割の作業量削減」を達成。「工事の規模が大きくなるほど作業者や持ち込む工具も多くなるため、その分高い工数削減効果を見込める」とも上岡氏は付け加える。すでに東急建設が担当する6つの現場で導入しており、サービスの外販も行っている。
サービスの料金表
上記のビジネス化を実現できた背景について上岡氏は、法改正によって2019年3月から屋外などでも高出力のRFIDリーダーが使用可能になったこと、そして、2024年4月に「時間外労働の上限規制」の適用が控えており、業務の効率化、DXが必須の流れであったことを挙げる。
また、上岡氏は建築現場で施工管理や設備設計などを手がけた経験があり、「現場の大変さを認識しており、その悩みを解決したいという思い」があったという。そうした上岡氏のパッションも成功の要因となるだろう。
「客単価重視」の方針に沿ったスイミングスクールのオンライン化
東急スポーツシステム株式会社 運営1部 マネージャー 植木康広氏
もう1つの事例は、東急スポーツシステムとベンチャー企業のウゴトルによる「ウゴトル for Lesson」アプリだ。東急スイミングスクールを運営する東急スポーツシステムでは、少子化による会員数減少やコロナ禍の業績悪化により、従来の会員数重視から、客単価重視へと方針転換していた。そうしたこともあって、TAP経由で出会ったウゴトルとのスイミングスクールにおける新たなサービス開発は、まさに渡りに船だったようだ。
そもそも東急スポーツシステムの植木氏は、実際にスイミングスクールで勤務していた経験から、従来型のレッスンの仕方に課題があると感じていた。プールという場所ありきであることに加え、口頭でアドバイスを受けたりコーチの見本を見てイメージしたりと、受講者側に記憶力や想像力が求められる、効率的とは言えないレッスンになっていたためだ。
そこで、それらの課題を解消するためにオンラインスイミングスクールを考案した。通常のレッスンの中で、受講生の泳ぎを水上と水中の2つの視点からカメラ撮影、その後ポイントとなるアドバイスを動画に加えてスロー映像(再生スピード変更可)として配信し、それを「ウゴトル for Lesson」アプリを通じて保護者や受講生に視聴してもらう、というものだ。
スロー映像のサンプル。上手に泳げているポイントを動画内でコメント
反対に改善した方がいいところもアドバイスする
2021年2月から実証実験を始め、5月にはローンチするというスピード感で、まずは子供向けのレッスンに展開。保護者や受講生からは満足度やメタ認知能力の向上などの点で高く評価され、コーチ側からも指導力の向上につながるという声が挙がった。通常のレッスン料に3000円プラスすることで利用できるオプションサービスとしており、今後は初級者の子供だけでなく、大人向けやプール以外のトレーニングジムなどでも同様の仕組みでサービスを広げていきたいとしている。
利用者側だけでなくコーチ側からの評価も高い
TAPのリブランディングをきっかけに、オウンドメディアを通じてグループ内外への情報発信を強化してきたという満田氏。そのおかげでTAPの認知度はさらに高まり、今回紹介したような共創プロジェクトの数も順調に増えている。満田氏は今後も、グループ会社単独では解決が困難な課題に対して、パートナー企業とともにチャレンジしていく「オープンイノベーションならではの事例」を拡大していきたいと語った。