欧米セレブから大流行「パントリーポルノ」の価値観考察

GIZMODO

とにかく美しいパントリー。欧米ではこれが今のステータスなんです。

ラベルが貼られたスパイス瓶が整然と並び、パスタやクラッカー、スナック菓子もお店のようにカゴに入れられ、フレーバー炭酸水も完備…!

収納術の基本理念は「モノの定位置を決める」ことですが、欧米では基本理念を超えて一大産業となりつつあります。そして昨今、華やかでスタイリッシュなパントリー収納「#パントリーポルノ (#pantryporn)」という新ジャンルが誕生。

今回なぜ欧米のSNSを中心にパントリーポルノが流行しているのか、変遷と考察を述べていきたいと思います。日本人からしても新鮮な価値観ですよ。

パントリーの歴史

Pantry(パントリー)は、もともとはラテン語でパンを意味する「パニス」に由来し、食品を保存するための隠れたスペースという意味からきています。従来的にパントリーは機能的なものであり、他人に見せるようなスペースではありませんでした。

1800年代後半になると、上流社会のなかで「バトラーズ・パントリー」が建築のトレンドになり、キッチンとダイニングルームのあいだにある小さなスペースが、料理と料理をする人を隠す場所として、ステータスの象徴となりました。

そして時が経ち、中流家庭の家にもパントリーが作られるように。1950年代にはオープンな間取りが流行し、キッチンが視界に入るようになりました。現代的なアメリカの家にあるパントリーの多くは、キャビネットやウォークイン収納になっています。

現在、アメリカで建てられた3,500平方フィート(約3平方km)以上の新築住宅の85%以上に、ウォークインのパントリーが備わっています。2019年の調査では、ウォークインパントリーはアメリカの新規住宅購入者にとって、最重視するキッチン機能ということが明らかになりました。

この美しいパントリーがステータスとなったきっかけは、セレブリティによる影響。カーダシアン/ジェンナー一家は「#パントリーゴール#pantrygoals)」の始祖的存在であり、TVショーの『リアル・ハウスワイフ』のヨランダ・ハディッドは、冷蔵庫専用のアカウントをソーシャルメディアで公開しています。

COVID-19のパンデミック中、手元に多くの食材をキープして並べることがお金とスペースに余裕のある人達にとってのステータスでした。しかし今や、このパントリーはどんな人でも再現が可能。デザイナーズキッチンは無理でも、大量に保存している食品を美しく整理することは誰にでもできるんです。

Image: TikTok

#foodporn(フードポルノ)から#pantryporn(パントリーポルノ)への変遷

2010年代は、フードポルノ(美味しそうなご飯やスイーツを、写真や動画でこれでもかとアピールすること)がソーシャルメディアを支配しました。料理や食事シーン、演出方法など、さまざまなコンテンツがSNSユーザーから編み出されましたよね。

この流行が高じて、スマートフォンでの撮影を禁止するレストランが現れる一方、ニューヨークのアイスクリーム博物館エッグハウスなど、「食×インスタ映え」を狙った施設もたくさん現れました。

カメラ付きのスマートフォンを手にした消費者は、おしゃれで美味しそうな映える食事をSNSに投稿し、見せびらかしていました。この「見る」「見られる」というダイナミズムは、現代の消費文化の特徴であり、「トラベルポルノ」、「ブックポルノ」、「不動産ポルノ」など、実際には性的ではないものが、表現として「ポルノ」として扱われるように。SNSのコンテンツに「ポルノ」という表現が加わることで、「欲望」「満足感」「見惚れる」ことの総称としての意味合いに変わっていったのです。

そしてパントリーポルノは、ハウツー&ライフスタイルコンテンツ、ASMR的なリラックス効果をマッシュアップしたものといえます。

パントリーポルノ界のインフルエンサーは、自ら買い物し、食材を準備し、容器に詰め替え、パントリーを整理する様子を撮影し、#pantryrestock、#pantryASMR、#pantrygoalsといったハッシュタグを付けて投稿。乾物を市販の袋から揃った容器に移し替えコーヒーポッドフレーバーシロップを自宅のコーヒーバーに置いて、積み重ね収納にスナック類を美しく並べ変えたり、いろんな種類のアイスキューブを作って、冷凍庫に専用コーナーを設置したりしています。

こういったパントリーポルノの多くは、ASMRのリズミカルな音を背景音楽にすることで、視聴者の快感中枢に訴えかけているのです。

フードポルノと同様、パントリーポルノも日常生活を誇張して表現することで注目されるように。フードポルノが大食いの欲望を引き出すのに対し、パントリーポルノは、「豊かなものを整然と並べる」という、異なる文化的欲望を引き出すものだと考察しています。

大量消費とミニマリズムの融合

過去10年間は、ホームオーガナイズ革命の過渡期でした。ブログ、書籍、テレビ番組など、家事産業全体で「断捨離」「ミニマリズム」「シンプルライフ」が大流行。

かつてのミニマリズムというのは、「より少なく使い、より少なく買い、より少なく持つ」という、大量消費に反したライフスタイルを象徴するもの。

しかし、パントリーポルノが示唆する新しいミニマリズムとは、整然としながら「より多くを持つ」ライフスタイルでした。消費者が求めているのは「より少ない」ではなく、「より多く」の容器、ラベル、収納スペースなのです。

スパイスをガラス瓶に入れ直し、トッピングの容器を何十個もカラーコーディネートするのは、些末な行為に思えるかもしれません。しかし今や、整理整頓ができるというのは一種のステータスであり、片付けができないというだけで、責任感や尊厳の欠如を疑われてしまう可能性もあるのです。そう考えるとちょっと恐ろしいですね。

完璧なキッチンとプレッシャー

まるでセレクトショップのように食材が並んでいる豊かなパントリーでなけれなならない。それがステータスであり、理想の母親、理想の妻の登竜門である。という価値観が今、SNSで主流となっています。

これは欧米的なブームであり、そもそも日本では家に巨大なパントリーがあるほうが珍しいのかもしれません。しかし、美しくミニマムに整理されたキッチン収納は日本においても注目され、その筋のインフルエンサーも数多く存在しています。完璧で美しいキッチンの構築能力を身に付けるべきであるという現代の社会的なプレッシャーが、一部の人たちを過重労働させているのかもしれませんね。