わずか数秒で始動するロケットエンジンの中はどんな様子になっているのか?

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2023年3月7日に種子島宇宙センターから打ち上げられたH3ロケット試験機1号機は、第2弾エンジンの着火に不具合が生じたために指令破壊信号が送出されることになり、打ち上げの成功には至りませんでした。H3ロケットなど数多くのロケットは「液体燃料ロケット」と呼ばれる種類に大別されますが、この液体燃料ロケットが動作する仕組みについて、ロケット専門家のトレバー・セスニック氏が解説しました。

How To Start A Rocket Engine | Everyday Astronaut
https://everydayastronaut.com/how-to-start-a-rocket-engine/

液体燃料ロケットは、燃料と酸化剤を高圧で燃焼室に送り込み、ノズルから高速で噴出させて推力を得る仕組みです。液体燃料ロケットエンジンを始動するにはエンジン内のバルブやポンプで非常に複雑に圧力と温度を管理しなければならず、わずかなミスでもエンジンの分解を起こすことになるそうです。

燃料に点火する際は、発生した熱でエンジンや燃焼室が溶けないよう、壁やポンプに冷却用の推進剤を流します。この時、毎秒数千リットルの推進剤を流すため、金属、バルブ、ベアリングがもろくなり、故障しやすくなるとのこと。これはケロシンと液体酸素を使う「ケロロックス」と呼ばれる推進剤や、液体水素と酸素を使うハイドロロックス、液体メタンと酸素を使うメタロックスで動くエンジンで顕著だそうです。液体燃料ロケットの大半はこうした推進剤を使っており、SpaceXのマーリンサターンVのエンジン、アトラスVRD-180などさまざまなエンジンに採用されています。

いずれにせよ、燃料に点火する時にまず行われるのは冷却という作業です。エンジンを冷やすのは、冷たい推進剤からエンジンを守るためだけでなく、温かいエンジンから推進剤を守るためでもあります。


推進剤がポンプの管に到達する前に沸騰すると、キャビテーションという液体中に小さな気泡が発生する現象が起こることがあります。この気泡はポンプの材料を削り、ブレードを損傷させる可能性があります。泡が発生することで燃焼室に送る推進剤の量が狂ってしまう可能性もあり、そうなると燃焼に必要な空気の量が足りなくなるなどして、エンジンにダメージを与えたり、破壊したりしてしまうことがあるそうです。

エンジンの始動準備が完了したら、次の目標はポンプを回転させることに移ります。最もシンプルな方式として広く採用されている圧送式サイクルと呼ばれる動作方式は、バルブを開くだけで推進剤を燃焼室に流入させることができますが、地表から物体を軌道に乗せるには圧送式サイクルだけでは十分ではありません。

そのため、ターボポンプを搭載したハイパワー高圧エンジンが必要となります。ほとんどのエンジンでは、タービンはたった1本で数十万馬力を発揮します。タービンを高速で回転させるには、高圧のヘリウムまたは窒素をガス発生器およびプレバーナーに送り込む必要があります。しかし、こうしたシステムの比推力は弱いため、必要以上にエンジンを稼働させないよう、エンジンの燃焼を維持するためだけにしか使用されません。


打ち上げのためのコンディションが整ったところで、エンジンに推進剤が流れ始めます。しかし、このプロセスにおいてはわずかな誤差がミスにつながり、推進剤が間違った比率で流れたり、間違ったタイミング、間違った場所で燃焼したりしてしまうと、エンジンが過圧になり、爆発してしまう可能性もあります。

エンジンに点火する方法としては、火工品を載せた大きな木材に点火する方法や、電気を流すことで火花を散らして点火する方法などがあります。また、発火性のある液体などを使う方法も採用されることがあります。SpaceXのロケット「ファルコン9」などが最後の方法を採用しており、点火の際に鮮やかな緑の光を放つことでも知られています。


ここまでは地球上で点火する方法ですが、ロケットの航行時は宇宙空間で点火するという場合もあります。重力の影響を受ける地上では、液体の推進剤がタンクの底に、気体がタンクの上部にあることが確実に分かりますが、宇宙空間ではそうではありません。そのため、宇宙空間ではまず推進剤がタンクのどこにあるかを確認する必要があります。

この際に使われるのが「アレージモーター」と呼ばれるものです。アレージモーターは比較的小型のロケットエンジンで、メインエンジンに先立って発射され、加速によりメインタンク内の液体を後方へ沈殿させる役割を果たします。

SATURN IB S-IVB Staging – AS-202 – Realtime, Dual Camera View (1966) – YouTube
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冷却とエンジンへの点火が済むと、次は内部から水分を飛ばす「始動準備段階」に入ります。そのために、主燃料プレバルブを開き、液体水素を燃料ポンプから主燃料バルブに流入させます。この推進剤の一部は再循環され、水素の一部を船外に捨てたり、燃料注入口へ戻したりします。エンジンの水分がなくなったところで、打ち上げに向けた熱的なコンディションを整えます。

エンジン始動の3秒前になると、酸素と水素ラインのブリードバルブが閉じられ、エンジンは始動命令を待ちます。この指令を受けると、まずメイン燃料バルブが全開になります。このバルブが全開になるまでの時間は、およそ3分の2秒です。

この時点で、ポンプは素早く回転し、エンジン点火から1.25秒後、コンピューターは燃料ポンプタービンの速度チェックを行います。点火シーケンス開始から1.4秒後、圧力が大きく低下した後、急激に圧力が上昇するタイミングで燃料プレバーナーが始動します。

エンジン始動から0.2秒後、メイン燃料室の酸素バルブが開き始め、点火装置に酸素を流し込みます。バルブは60%弱の開度までゆっくりと開かれますが、この遅延を設けることで、適切なタイミングで十分な量の酸素が点火装置に供給されるようになるとのこと。

これが点火装置。


また、メイン燃料室の点火からわずか10分の1秒後、今度は酸素プレバーナーの点火装置が稼働し、点火します。一連の動作に必要な酸素の流量は常に控えめで、エンジンに必要なパワーを供給するのに十分な量でありながら、高温に達するほどの過剰な酸素量にならないよう、慎重にバランスが取られています。このような過程を経て、エンジンは始動からわずか5秒で動作に必要なだけの出力に達します。

セスニック氏は「ロケットエンジンをスタートさせるのはとても難しいことです。簡単なものもありますが、企業がエンジンのコンセプトを簡単に思いつくことはできても、製造や運用にこぎつけられるものはごくわずかであることが容易に想像できます。企業が新しいエンジンの始動に成功したと発表すれば、それはとても大きな拍手を贈られるべきものであり、開発の大きなハードルの一つを乗り越えたことを意味します」と述べました。

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