李克強総理さようなら:全人代政府報告を聴いて

アゴラ 言論プラットフォーム

5日、既に退任が決まっている李克強総理が最後の政府活動報告を行った。報告内容に目新しいものは無かったが、李克強総理の扱いがあまりに「過去の人」すぎて、ちょっとショックだった。

李克強総理、あからさまな「過去の人」扱い

全人代の報告は、前段で過去1年の政府の仕事を振り返り、後段で今年1年の目標を打ち出す習わしだ。過去の例では、前段の分量が全体の1/4、後段の今年の目標が3/4くらいの配分だったが、昨5日の報告は過去5年間の回顧に8割近くを当て、今年の目標については2割ちょっと、かいつまんで紹介する程度だったのだ。

「今月を最後に退任する人は、自分の業績を振り返れば良いのであって、 今後の施政方針を詳しく説明するのは適当ではない」ということだろうか。しかし、10年前に退任した温家宝総理は、任期最後の報告で、例年どおり今後1年の目標に3/4を当てた報告をしていた(下表参照)。

※ 実際の演説では予定原稿(回顧の部分)の一部を飛ばして読んだようだ。

李総理本人の意向でスタイルが変わったのか、上や周りの意向なのかは分からないが、李総理が早々と「過去の人」になってしまったようで、寂しい印象を遺した。

※ 新華社の全人代特集ウェブをみても、既に李総理を探すのに苦労する。あちこちググって、やっと新華社の外で演説の中継動画を見つけた。この調子では、大会最終日の3月15日、恒例の総理退任演説が聴けるのか心配になってきた。

経済面のポイント

経済については、昨年12月に開催された中央経済工作会議の発表内容とほぼ同じだったが、内容はずっと簡略化された。経済工作会議が触れない国防、外交、農業などが入っているが、これも例年の報告に比べると簡単だった。

12月の経済工作会議は数字が入っていなかったが、5日の報告には幾つか数字が入っていたので、去年と対比してご紹介すると、以下のとおり。

  • 成長率の目標:5%前後。去年の目標5.5%より低いが、去年の実績3.0%は上回っている
  • 雇用増加の目標は1200万人で前年より100万人上乗せ
  • 失業率5.5%前後:前年と変わらず
  • 消費者物価上昇率3%前後:前年と変わらず
  • 財政赤字:3.0%、前年のGDP比2.8%より増やした
  • (インフラ建設用)専項地方債発行枠:3.8兆元、前年より1500億元上乗せ

成長率5%達成は達成できるか? 目標達成に向けて心強い材料が二つある。

一つは、去年の経済が大きく落ち込んだので、前年比で測る成長率は高めに出ること(←見かけの話)。もう一つは、昨年暮れには「今年の1~3月期はコロナ感染の急拡大で景気が落ち込むことが避けられない」と覚悟していたが、思ったよりも軽く済んで、1月から経済の回復が始まっていることだ。

ただ、12月の経済工作会議でも感じたことだが、安定成長や雇用や物価の安定を最重点にすると謳う割には、具体策の踏み込みが足りない。

例えば、去年は景気下支えのために、大がかりな減税を実施した。日本の消費税に相当する増値税だけでも、円換算で約52兆円分の還付を行った。ところが、5日の報告は「現行の減税措置については、延長すべきものは延長し、改善すべきものは改善する」としか言っていない。

財政政策については12月中央経済工作会議でも「必要な財政支出の強度を保持する」と曖昧な物言いだった。また、李克強総理報告の後に配付された23年度予算案の説明を見ても、今年この減税を維持するのか、どのように修正するのかは触れられていない。

全体として、財政政策については、説明不足、不透明感が否めない。また、「国民の収入を引き上げて消費の回復と拡大を図る」と言うが、具体策が乏しい。

「退任間近の李克強総理の口からは、この程度に説明してもらえればじゅうぶん」という判断なのかも知れないが、世界中が注目する中国経済の見通しなのだから、もっと踏み込んだ説明が聴きたかった。

改革開放は再起動されるのか?

なお、5日の報告は12月の経済工作会議でも発表されたとおり、「外資誘致やサービス業開放にさらに力を入れる、CPTPPなどハイレベルな通商協定の加盟を積極的に進める」など、改革開放政策を再加速するかのような表現が見られる。

しかし、路線の転換と言えるほどの変化が起きる見込みはなさそうだ。改革開放路線のエッセンスは市場メカニズムの尊重・重視だと言って良いが、「全てを習近平主席の指導と共産党の統制の下に置くべき」という習主席の基本哲学は何も変わっていないどころか、昨年の党大会以降さらに強化された印象で、これでは矛盾衝突が避けられない気がする。

地方財政はこのままで大丈夫なのか

なお、地方財政の行く末については、12月中央経済工作会議で「中央から地方への移転支出(※日本の地方交付税に類似)にさらに力を入れる」とされていたが、李克強総理報告の後に配付された23年度予算案では1兆62億元、前年予算より2650億元の積み増しだった。しかし、こんな小手先では「焼け石に水」ではないのか。

最近IMFがした推計によれば、中国地方政府の債務残高(※隠れ債務を含む)は、2016年には36兆元だったのが、5年後の昨22年には92兆元と、ほぼ3倍増、さらに4年後の2026年には140兆元(円換算すると2800兆円)と、現状からさらに5割増える見通しだ。これでは地方債務だけでGDPの200%に近付くことになり、何だか1990年代の日本の財政赤字急増を彷彿とさせる。

一方、中央財政は債務残高が日本の1/10の20%前後と抜群に健全だが、明らかに地方に皺寄せが行きすぎている。中央と地方の財源や負担の調整を急がないと、経済や国民生活を支える地方財政に大きな支障が出かねないが、これは言うは易くても、実行はたいへんな難事業だ。

いまの3期目習近平政権の常務委員は、総理に就任予定の李強からして中央・国務院の経験が無い。 李克強ら2期目の幹部を「過去の人」にしてお引き取りいただくのはけっこうだが、後を継ぐ新幹部たちは待ち受ける難題をほんとうにこなせるのだろうか・・・。


編集部より:この記事は現代中国研究家の津上俊哉氏のnote 2023年3月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は津上俊哉氏のnoteをご覧ください。

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