インフルエンサーなどを対象としたセミナー「炎上・誹謗中傷への対策方法を弁護士先生に聞いてみよう」が2022年11月16日に開催されました。同セミナーでは、インフルエンサー向けアプリ「インフルエンサーフォース」を提供する株式会社on the bakeryの井戸裕哉氏(代表取締役)のほか、SNSトラブル裁判例共有サービス「TOMARIGI」を株式会社カヤックと共同で運営するウェブサービスクリエイターの関口舞氏、炎上問題や誹謗中傷問題に詳しいレイ法律事務所の山本健太弁護士の3人が登壇しました。ここでは誹謗中傷対策に関する内容を中心に取り上げます。
暴言の投稿は「侮辱罪」のほか「名誉棄損罪」の可能性も
まずは、SNSでどのような誹謗中傷行為が罪に問われるのか山本弁護士が解説しました。例として「SNSで自分が叩かれている投稿を発見した」という状況を想定。山本弁護士の写真に「テレビに出て調子乗っている低脳弁護士。詐欺で逮捕歴あり」「キモイ弁護士」「テレビに出るには、ブサイクだね」などといったコメントの投稿が複数人から行われている、という場合はどうなるのでしょうか。
山本弁護士によると、「この例で、『低脳』『キモイ』『ブサイク』といった人格や容姿についての暴言部分は、事実を摘示していなくても公然と人を侮辱しているので、侮辱罪に問われる可能性がある」とのこと。そのほか、「詐欺で逮捕歴あり」という部分は公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損しているので「名誉毀損罪」に問われる可能性があるそうです。
なお、ここでいう「事実」とは、私たちがよく日常で使う「本当のこと(真実)」の意味ではなく、「○○をした」のような、「具体的な事柄」の意味です。当然ながら山本弁護士に詐欺による逮捕歴はありませんが、「詐欺で逮捕歴あり」というのは、具体的な事柄にあたります。対して「低脳」「キモイ」「ブサイク」といったものは具体的でない印象や感想の類であるため、暴言ではあっても事実の摘示にはあたりません。
SNSでのなりすましは「肖像権侵害」や「氏名権侵害」に
続けて、もう1つ例が示されました。誰かがSNSで自分の名前でアカウントを作り、なりすまし行為をしているケースについて法的にどのような問題があるか? というものです。
関口氏は、マッチングサービスで他人から勝手に写真を登録されたり、Instagramで偽アカウントを作られたりした経験があるとのことで、参加者に「結構皆さんもそういう方いらっしゃるのではないでしょうか?」と問いかけていました。
こちらも、山本弁護士が解説。他人の顔写真を勝手に使うのは「肖像権侵害」にあたるとのことです。肖像権は、自分の顔や容姿をみだりに撮影をされない、そして撮影されたものを勝手に公表されない権利です。
また、アカウントで他人の氏名を勝手に使うのは「氏名権侵害」になります。氏名権とは、自分の氏名を他人に勝手に利用されない権利のことです。
なりすましアカウントのプロフィールには、このほかに「既婚ゲイ」の文言や、や電話番号、住所などが書き込まれています。これらは全て「プライバシー侵害」にあたるそうです。プライバシー権は、自分の私的な情報を勝手に公開されない権利のことです。
「実際に、同性愛とかいった性的指向に関して、プライバシーにあたるという裁判例があります。結婚をしているかどうかもプライバシーですし、電話番号や住所も個人情報です」(山本弁護士)
ここで覚えておきたいのが、プライバシー侵害は、公表された内容が真実でなくても成立するという点。私生活上の事実、またはそれらしく受け取られる恐れがあれば、罪に問える可能性があるそうです。名誉毀損の場合は、真実かどうかが要件になってくるのですが、不倫などでは証明が難しいこともあります。そんなときも、プライバシー権侵害でなら争えることがあるそうです。
投稿が「名誉権侵害」や「営業権侵害」に問われるケースも
誹謗中傷の種類について、山本弁護士からまとめの解説が行われました。ここまでで挙がったほかに、社会通念上許される限度を超える侮辱行為には「名誉感情侵害」、一般的な閲覧者基準で社会的評価が低下する内容や、真実でない投稿は「名誉権侵害」、お店の営業に支障が生じるような誹謗中傷では「営業権侵害」となる可能性もあるそうです。
ここで、関口氏から「Instagramのインフルエンサーが化粧品やファッションアイテムをプロデュースしたり、自作したりしていることがあります。そんな商品に対して、SNSのユーザーが、質が低いとか、良くない成分が入っているとかいった投稿をするのは、営業権侵害にあたりますか?」との質問が出ました。
これに対する山本弁護士の回答は、商品やインフルエンサーの信頼を損なわせ、その結果、営業に支障が生じるような内容であれば営業権侵害にあたる可能性があることに加え、投稿の内容に嘘があれば、名誉権侵害にあたる可能性もあるというものでした。関口氏は「製品やブランドを誹謗中傷されたときに、営業権侵害として訴えられることは初めて知りました」と納得していました。
10月に施行された改正プロバイダ責任制限法、実際になにが変わった?
続いて、SNSで誹謗中傷をした人を特定する方法についての解説がありました。
2022年10月1日、改正プロバイダ責任制限法が施行されました。発信者情報開示請求の手続きが簡易化されたのです。誹謗中傷をした投稿者を特定するためには、まずSNS事業者に対してIPアドレスやタイムスタンプ、接続先IPアドレスなどの情報を請求します。情報が開示されたら、接続先IPアドレスから接続事業者(ISP:インターネットサービスプロバイダー)を特定して、契約者情報の開示を求めます。これまでは2つの手続きをしなければならないので手間もお金も掛かっていましたが、今回の改正で1つの手続きの中で行えるようになったのです。
しかし、手続きが簡易化されたことで、特定までにかける時間と金銭面にどのような変化があるのかという点について、山本氏は個人的な意見としたうえで「かかる手間も費用もあまり変わらない」と述べました。弁護士は作業量によって費用を見積もりますが、手続きが1つになっても、対象が2つという点は変わらないことが関係しているようです。
それでは、どのくらいの時間と費用を見ておけばいいのでしょうか。山本氏は、特定までに6~7カ月はかかると回答しました。海外であれば、海外送達を行うのでさらに時間がかかります。
費用も50万円以上かかることは普通にあり、100万円かかることもあるそうです。そのお金は賠償金などで相手から取ればいいと言う考え方もありますが、山本氏によれば難しいケースがあるようです。「誹謗中傷はスマホ1つでもあれば簡単に投稿できてしまうので、書き込んだのが大学生だったり、心の病気を患って働いていない人だったりするケースがざらにある」とのこと。不法行為に基づく損害賠償請求というかたちで、民事上の回収ができる可能性はありますが、回収できるかどうかは、相手の資力の問題にもなってしまうそうです。
金銭の回収を期待して裁判をしても、1円も取り返せないこともあり得ます。気持ちの面ですっきりさせるという意味はありますが、お金で回収できるとは限らない、というのは苦しいところです。
おすすめ誹謗中傷予防策と、被害に遭ったときに必要な「証拠保全」
そこで山本氏が誹謗中傷の予防策として勧めているのは、例えば、「弁護士によるSNS誹謗中傷セミナーを受けました」などと日ごろから発信するといったことです。何かあれば、弁護士に相談する知識を持っているというイメージを植え付けておくのです。
これに関連し「TOMARIGIに関するツイートをしてくれた人から、誹謗中傷がなくなったという声をたくさんいただきました」と関口氏。実際に効果は大きいようです。
顧問弁護士との契約を明示することなども有効とのことです。しかし、このときに絶対にNGなのが、嘘をつくことです。よくあるのが、実際は相談していないのに、弁護士に相談したと言ってしまうケースです。
最後に、誹謗中傷を受けたとき、弁護士に相談する前にやっておくこととして証拠の保全方法が紹介されました。
まずは、1)URL、2)投稿時間、3)スクリーンショットの3つが証拠の保全に必須になります。山本氏によると、1つでも欠けると特定が難しくなることから、必ずこの3点を意識してスクリーンショットを撮るように、とのことでした。
難しい誹謗中傷への対策で、TOMARIGIがその一助に
セミナーの途中、関口氏が「誹謗中傷を受けて警察に駆け込んでも、よく分からないという感じで、なかなか対応していただけないことが多いです」と、ご自身の経験をもとにコメントしていました。殺人予告や脅迫のような内容であれば、警察やSNSの事業者も動いてくれやすいですが、名誉棄損などでは難しいことが多く、もし駆け込むとしても、弁護士など法律の専門家と一緒に行く方がいいとのこと。
「メディアに出るたびに同じ人から誹謗中傷を書かれたことがあって、傷つきました。そこで弁護士さんに相談したら、『この内容だったら、すぐ開示請求通りますよ』と言っていただいた経験があります。似たような裁判例があるから大丈夫だよって言われて安心したので、だったら、最初から裁判例を検索できたらいいのにと思って、TOMARIGIを作りました」(関口氏)
イベントの後で関口氏に話を聞くと、TOMARIGIは2022年2月に立ち上げてから同年11月時点で2回アップデートを行い、裁判例を増やしているそうです。また、今回のセミナーを主催したon the bakeryが手がけるインフルエンサーのためのお仕事仕分けアプリ「インフルエンサーフォース」が、TOMARIGIに協賛することになったとのこと。今後もインフルエンサーやクリエイター、芸能事務所など、誹謗中傷を受けやすい立場の人や、その人たちを支える団体の協賛を増やしたいと語ってくれました。
ネットの匿名性を悪用する誹謗中傷が社会問題になっています。誰もが被害者になりえますし、無意識に加害者になってしまう可能性もあります。この連載では、筆者が所属する「DLIS(デジタルリテラシー向上機構)」が独自に取材した情報を共有し、実際に起こった被害事例について紹介していきます。誹謗中傷のない社会を目指しましょう。