私事で恐縮だが、筆者は機を窺いがちな性格である。
例えば「伝説のすた丼屋」だ。この丼物のチェーン店にずっと興味を抱いているにもかかわらず、筆者は食べたことがない。最高の初体験の時機を窺っているうちに、ずるずると長い年月が経った。学生から社会人になり、三十路を過ぎた。幾度となく桜が散り、雪が舞った。
類を見ないほどの窺い屋であることは自負しているが、しかしそれでも我慢の限界というものがある。そういうわけで以降より、「すた丼」初体験の模様を少々綴(つづ)っていきたい。
明確なきっかけとなったのは、筆者がUber Eatsを眺めていた時のことである。突如として視界に入り込んできた「伝説のすた丼屋」の店名とサムネイルは、筆者の精神を決壊させた。普段は温厚なUber Eatsだが、時折こうして残酷な一面を見せることがある。
ともあれ、その後は矢も楯もたまらず注文ページへ進み、店名を冠するメニュー、豚肉がメインの「すた丼(1090円)」を頼んだ。他にも唐揚げ丼や合盛り丼など様々なメニューがあったが、王道は踏み外したくなかった。矢も楯もたまらないなりに理性は持ち合わせていた。
そして届いた実物は、美しく黄金色に輝いていた。積み重なる豚肉の山が、時として何よりも尊いことを今更ながら学ぶ。
付け合わせの温泉卵をトッピングすると、いよいよ色気のようなものさえ漂い始める。気付けば箸を手に取り、眼前の魅力の塊を口に運んでいた。
その一口目は、何とも意外性に満ちていた。てらてらと脂が照り返す見た目に反して、しつこさの欠片もない。力強い醬油ダレの味わいは洗練されていて、ほどよく舌に沁みたあとは、いたずらに絡むことなく潔く抜けていく。このすっきりさ加減には快く意表を突かれた。
そこへニンニクの香ばしさと、温泉卵のとろみも相まって、ひたすら心地良いハーモニーが二口目、三口目へと箸を弾ませる。美味しい。そう思った瞬間には、もはやめくるめく快楽の虜、抜け出せぬ螺旋の中を高速度で堕ちている。
加えて嬉しいのが、並々ならぬボリュームである。前述したように肉の量もさることながら、ご飯の方も多少まさぐった程度では底が見えないくらいたっぷりだ。
途中、初心者ならではのバランス感覚の無さも影響し、肉よりもご飯が余って無肉地帯が出来上がってしまったが、それでも恐れなど生じなかった。タレと肉汁だけで十二分に箸は進んだ。
豪快な盛り付けと繊細なテイストがどこまでもこちらを魅了し、温かく包み込む。美味しくて、元気が出る。食事とは味わいを求めるものでもあるが、それ以前に力を得るための、命を繋ぐためのものである。そんな原理さえ再認識させられた。
終始、満足度の高い体験であった。ここまで期待を上回ってくれるとは思わなかったし、何なら最終的に動物としての基本に立ち返ることになるとも思わなかったが、ともあれ、皆さんにもこの魅力を少しでも伝えられていれば幸いである。
さて、次に「すた丼」を食べるのはいつにしよう。今度は機を窺っている余裕などない。何故ならすでに、「伝説」を味わってしまったのだから。
参考リンク:伝説のすた丼屋 公式HP
執筆:西本大紀
Photo:Rocketnews24.