8月30日から2週にわたり開催されたCNET Japan 「不動産テックオンラインカンファレンス2022 スマートな住まいや街がもたらす暮らしのイノベーション」の2日目に、三井不動産 柏の葉街づくり推進部 事業グループ 主事の竹川励氏が登場。「事業者間連携と生活者の参加で価値を創造する柏の葉スマートシティ」と題して、“公・民・学”連携で運用している「柏の葉データプラットフォーム」をサービス基盤に活用した、がん患者をサポートするホテル「三井ガーデンホテル柏の葉パークサイド」での取り組みを紹介した。
10年以上前から三井不動産は、千葉県柏市の柏の葉において地元自治体や大学、民間企業と連携して「柏の葉スマートシティ」の街づくりに取り組んでいる。こういった共同事業のスキームを呼称する際に、一般的には“産・官・学”連携と表現するが、三井不動産は同所での取り組みを “公・民・学”という呼び方をしている。その理由について竹川氏は、「“民”の部分で住民、生活者の方が参加しているところが大きなポイントなので、呼び方にもこだわっている」と説明する。
同所では柏の葉キャンパス駅を中心に、2km圏内に東京大学や千葉大学、国立がん研究センター東病院(NCCE)、産業技術総合研究所など、日本屈指のアカデミア・研究施設が集積する。その特色を生かした街づくりを進めているなかで、三井不動産はこれまでハードの部分では、「最初はショッピングセンターのららぽーとから住宅、ホテル、オフィスという我々が得意とするミクストユースの街づくりをしてきた」(竹川氏)が、2021年に新たに賃貸ラボを備えたオープンイノベーション施設である「三井リンクラボ柏の葉1」が竣工。さらに2022年7月1日にNCCEの敷地内に三井ガーデンホテル柏の葉パークサイドを開業した。
ホテルというハードを支える「柏の葉データプラットフォーム」
同ホテルでは、利用者の大多数がNCCEの患者という事を想定しており、レストランでは、患者に配慮した流動食などの提供をはじめ、チェックイン時の車いす対応を行うほか、24時間365日体制で専任のケアスタッフがラウンジに常駐している。部屋からのコールにすぐ対応できるほか、AIカメラの監視で人が倒れたりうずくまっていたりしていた際にも駆けつけられるような配慮がなされている。ラウンジにはITコンシェルジュも常駐しており、スマートフォンやデジタルデバイスの利用に関して無償で相談できるサービスを用意している。
一方、柏の葉スマートシティにおけるソフトの部分では、街全体の生活者が利用するための「柏の葉データプラットフォーム」が運営されている。柏の葉データプラットフォームでは、「SMART LIFE PASS」という本人確認やID登録ができるポータルサイトと、「Dot to Dot」というサービス間の連携ができるデータプラットフォームを構築。同プラットフォームを活用することよって、事業者間連携のサービスが開発できる体制になっている。
その際データ活用においては、データを1カ所に集めて管理するのではなく、生活者が自分の権利で提供してサービス事業者が分散管理する形のプラットフォームを三井不動産と日本ユニシス(現BIPROGY)が共同で開発し、運用している。
現在同プラットフォーム上では、リンクアンドコミュニケーションの食事や運動、検診データを基にアドバイスをする「カロママ プラス」と、NTTデータの企業の従業員の健康診断情報を管理する「Health Data Bank」という2種類のサービスが繋がり、連携したサービスの利用が可能となっている。これらによって、カロママ プラスの仕組みを使って検診データを登録し、NTTデータが保有する何十万人分の検診情報を基に開発した予測AIで疾病リスクを予測して表示するというサービスを展開。その際には、利用者の同意があれば、企業はデータ連携を拒むことは出来ない。「そこがデータの個人主権を成立させるために非常に大事な部分。このようなケースをどんどん増やし、民間企業同士のデータ連携による価値創造を重ねて柏の葉の住民に届けていきたい」と竹川氏は語る。
新しいホテルを活用し民学連携のサービスを開発
柏の葉データプラットフォームを活用して現在三井不動産では、NCCEおよび先述の2社の協力の下で、新たにホテル利用者向けに民学連携のデジタルサービスの提供を開始した。カロママ プラスでは、食事のアドバイスをAIの栄養管理士が行うサービスを提供しているが、そこにNCCEの栄養管理士が保有するノウハウを注入し、治療中の副作用を考慮した食事メニューが提案される。
「ホテルに宿泊した患者が自分の意思でスマホのアプリに状態を入力すると、NCCEが考えた適切な食事メニューが提案される。1度ホテルに泊まってサービスの使い方を覚えると、自宅に戻ってからも同様のサービスを受け続けることができる。ここでは、アカデミアのノウハウを民間に注入してその価値を患者に伝えるという取り組みをしている」(竹川氏)
Health Data Bankではオムロンと連携し、「OMRON connect」というサービスを通じて同社の検診デバイスの情報をアプリに蓄積する仕組みを活用。ホテルの宿泊者はデバイスの使い方をマスターして血圧・酸素飽和度・体温のバイタルデータを入力すると、ホテルのスタッフや一部のNCCEの医療関係者が宿泊者本人の同意のもとで病院から患者の情報を見られる仕組みを構築している。「安心感を与えられているため、宿泊者がデータを登録してくれている」(竹川氏)という。
サービスは備わっていても、この仕組みには利用してもらうためのITリテラシーの課題がある。そこでホテルでは、ITコンシェルジュを常駐させている。
「スマホアプリや様々なデバイスを駆使して自分の体調管理をするのは、手間がかかるという人もいる。それを人がちゃんと教えられるからこそ、多くの方に使っていただいて、より良い体調管理や食事管理ができるようになっている。今後も新しいサービスを開発し、様々な方向に広げていきたい。今あるアセットを組み合わせて新たな価値を提供することで、不動産の価値向上にも繋がると考えている」(竹川氏)
柏の葉の街全体でさまざまなサービスを実証
柏の葉スマートシティではホテルの取り組み以外にも、実証フィールドとして街全体で様々なサービスを実証している。例えば現在、スリープテックのメーカーが居心地の良いマットレスを30人に使ってもらい、新製品開発の実証事業を行っているという。マットレスと「fitbit」を貸与して睡眠データと主観的なアンケートを取り、睡眠の質が改善したかということと、実際にデータから明らかに睡眠の質が上がったことを客観的に実証するものだが、そういった事業をする際に駅前にもITコンシェルジュカウンターを設置して、説明会を開催したり、デバイスの使い方を教えたりしている。
「そのような形でアセットがあり、今までなかったデジタルプラットフォームがあって、そこに協力してくれるアカデミアがいる。さらにそれを理解して、参加してくれる生活者がいる。その連携で価値を作っていく」(竹川氏)
そこで生まれた価値を公・民・学の“公”である自治体に提供して、実証の結果が自治体の課題を解決することに繋がるかを検証したいと考えている。「柏市だけでなく、日本全国で同じ課題がたくさんある。マットレスも高齢者が元気に働き続けるためのソリューションになるかもしれないし、成功すれば柏市としても価値のあるサービスを市全域に提供できる。このような形で公・民・学連携の価値開発を我々は行っている」(竹川氏)
生活者を幸せにするために繋がる
セッションの後半では、視聴者と主催者側から寄せられた質問に竹川氏が回答。まず公・民・学連携の苦労については、それぞれ活動の目的がバラバラであるなかで、連携して事業を始めることの難しさを語った。「生活者を幸せにするためにやる、そこに向かって歩こうと旗を振ることで足並みがあってくる」という。民間企業同士の繋がりを作る際には、お互いが繋がったらこういう価値が作れるというところまで可視化して説得をしたという。
データを活用したスマートシティの事業では、住民が自発的にデータを提供してくれないと事業が進められないなかで、柏の葉では「割と前向きにデータを提供してくれた」(竹川氏)という。理由としては、寝心地を改善する実証実験に代表されるように、自分が価値を得るために提供してもらっているからであるとのこと。「銀行口座を作るときに、本人確認するために免許証を見せたり住所を書いたりするが、その際にはデータ提供をしているとは考えてなく、口座を作るために必要だから出しているという感覚だと思う。データを提供してもらうと考えるのではなく、この情報があれば自分に対してメリットがあるという関係であることが重要」と竹川氏は説明する。
ホテルのITコンシェルジュは、ヘルプデスク経験者が担当し、同時に街のデジタルコンシェルジュも兼任しているという。
柏の葉スマートシティの街づくりに関しては、希望する企業にはどんどん実証事業への参加を受け入れるスタンスである。ただしその際は、「明確な目的や自社のプロダクトを使った価値創造のビジョンがないとうまくいかない」と竹川氏はくぎを刺す。また参加する事業者は、自社でリスクと責任と費用を負担して取り組んでいるとのことである。
また柏の葉以外で同様なスマートシティづくりをしたい自治体に対しても、「デジタルサービスであるSMART LIFE PASS自体をそのままパッケージで他の街に提供できるので、導入したいという自治体にはお声掛けして欲しい」と、竹川氏は連携を呼び掛けている。