ロシアからバルト海峡を経由してドイツに天然ガスを送るパイプライン「ノルド・ストリーム1」と「ノルド・ストリーム2」に亀裂が生じ、ガス漏れが発覚した。デンマークとスウェーデン両国は自国の排他的経済水域(EEZ)内でガスの流出を確認している。
ガス漏れの原因はまだ明らかになっていないが、どうやらサポタージュではないかという。ウクライナとポーランド両国は「ロシアが爆発させた」と主張している。真偽は不明だが、米国情報機関筋は数日前から西側の関係国に「ノルド・ストリーム」のパイプラインが狙われていると連絡したという情報が流れている。
もちろん、パイプラインを破壊できる軍事的、技術的能力(潜水艦や特殊部隊)を有している国はロシアだけではない。ロシアのペスコフ大統領報道官は、「破壊工作の可能性がある」と指摘し、「欧州がロシアのエネルギーに依存しないように、両パイプラインを破壊したい国はある」と述べ、米国の仕業を示唆している。ちなみに、米国は欧州のロシア産天然ガス依存を回避するためにショルツ独政府に「ノルド・ストリーム2」の操業開始を断念するように圧力を行使し、ドイツ側がその要求を受け入れた経緯がある。
ロシアは過去も現在も敵対国に対して主要インフラ破壊工作を実行してきた。ロシアはウクライナ戦争でも地上での軍事的な戦闘を続ける一方、ウクライナ側の産業インフラ、サイバー攻撃や情報工作を展開するハイブリッド戦略(正規戦、非正規戦、サイバー攻撃、情報戦などを組み合わせた戦略)を推進してきた。
インスブルック大学の政治学者、ゲルハルド・マンゴット教授は、「ノルド・ストリーム・パイプラインの破壊を通じて、ロシアは欧米諸国の主要インフラを破壊できる能力があるだけではなく、破壊する意思があることを示した」と指摘、それを通じて欧米諸国に恐怖と不安を与える戦略だと解説している。
天然ガス価格が一時急騰し、ロシア側は巨額の軍事資金を集めたが、天然ガス価格はここにきて安定してきた。ロシア側のエネルギー依存から脱皮するために欧州側が努力してきたこともある。ロシア産天然ガスは今日、欧州にはほとんど運ばれていない。ウクライナやトルコ、そしてバルカン諸国に輸送されているだけだ。
欧州にとって最大の懸念は、ロシア産天然ガスが輸送されていない「ノルド・ストリーム1、2」のパイプラインよりも北欧ノルウェーの欧州への天然ガス・パイプラインの安全問題だ。同パイプラインが破壊され、数カ月間、ガスを輸送できない状況に陥れば、欧州は厳冬に暖房ができないという状況に陥るからだ。そうなれば、エネルギー危機、物価高騰に悩む欧州では「ウクライナ戦争の結果だ」としてウクライナ支援を中止すべきだと政府に不満をいう声が高まるだろう。ロシアの狙いはそこにあるはずだ。ロシアは「ノルド・ストリーム」のパイプラインを破壊することで、ノルウェーのパイプラインの安全に赤ランプを灯させ、欧州の危機感と不安を高めることが目標ではないか。いずれにしても、西側が産業インフラの安全を長期間警備し続けることは容易ではない。
ノルウェーのパイプラインが破壊されないように、欧米側は警備を強化しなければならない。CNNによれば、ノルウェー政府は、ノルウェー大陸棚の沖合や陸上の施設やインフラについて、緊急時の備えを強化することを決めたという。ノルウェーは天然ガスの価格高騰に苦しむ欧州諸国を支援するために増産を決めたばかりだ。
ところで、プーチン大統領は30日、ウクライナ東部(ドネツク州、ルガンスク州)・南部(ヘルソン州、ザポロジェ州)の4州を予想通りロシアに編入させた。プーチン大統領にとって、東部2州と南部2州の編入は今年2月24日から始まった「特別軍事行動」の成果として誇示する狙いがあるはずだ。2014年のクリミア半島併合の時のように、プーチン大統領は、「ネオナチの政権下で苦しんできたロシア人が解放され、祖国ロシアに戻ってきた」と表明し、ロシア国民の愛国心を鼓舞するだろうが、2014年のような熱気や感動は同4州の住民にはない。
プーチン大統領が9月21日、部分的動員令を発し、30万人の予備兵の動員を決めたたことで、ウクライナ戦争はロシアの家庭にまで広がった。ロシア国民の家庭から息子や父親が動員され、戦死する者も出てくれば、ロシア内で政権批判の声が出てくることは必至だ。プーチン氏が部分動員令を発令することを躊躇したのは当然だが、ウクライナ軍の攻勢を受け、リスクを犯しても動員令を発令せざるを得なかったわけだ。プーチン大統領が「西側がロシアに侵攻しようとしている」と訴えたとしても、大多数のロシア国民は信じないだろう。
ウクライナ戦争後、既に40万人のロシア人が国外に逃げている。30万人から100万人の予備兵の動員と言われる今回、多くの青年や優秀なロシア人が国外脱出するだろう。そうなれば、ロシア国民経済にも影響が出てくる。労働者不足で操業できない企業や閉鎖に追いやられる会社も出てくるだろう。
プーチン大統領は先月21日に予備役の部分的動員を発令したが、本当は9月20日に発令する予定だったという。同大統領は部分的動員令が自身にとって大きなリスクとなることを知っていたから、やはり悩んだのだろう。しかし、賽は投げられたのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年10月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。