旅は道連れ世は情け。子供の頃、時代劇『三匹が斬る』シリーズのファンだった私(中澤)は、旅先での出会いに憧れがある。一度でいいから、着の身着のままの1人旅で、つれづれなるままに友達を作ってみたい。しかしながら、40年間、そんな出来事は1度もなかった。
なぜなら、私は人見知りだから。初対面の人相手だと、顔はカチコチ、A.T.フィールド全開になってしまい、話題が全く続かないのである。しかも、それを凌駕するくらいの人間的魅力も残念ながら持ち合わせていない。ゆえに、普段も交友関係は狭めだ。
だから、こんなことが起こるなんて思ってもみなかった。40才にして初めて旅先で友達ができるなんて。
・期待しなければガッカリすることもない
正直言うと、もはや諦めていた。社交的ではない私にはそのルートは用意されてないんだ。夢を見なければガッカリすることもない。そう自分に言い聞かせて。
屋久島のゲストハウス『サウスビレッジ』のドミトリーの予約をポチッた時もその言葉が頭をよぎった。もし、誰かと相部屋になったからって話さないといけないわけではない。最初から話さなければガッカリすることもないはず。
腹を決めて、いざ、ゲストハウスに行ってみると、私のドミトリー部屋は私1人であった。ほらな。こんなもんさ。
余談だが、私は相部屋になったことがない。そもそも1人旅の経験も少ないド素人なのでドミトリーを予約するのもおっかなびっくりなのだが、これまで独り占めばかりだったためさすがにちょっと慣れてきているくらいだ。
・初めての相部屋
そんなドミトリーの部屋にもう1人入ってくると聞いたのは、2~3日滞在した頃。廊下ですれ違ったスタッフさんに、声をかけられた。「明日1人入りますが、相部屋大丈夫ですか?」と。
大丈夫も何も、ドミトリーってそういうものだろう。その時は、スタッフさんに気を使わせてはなるまいと2つ返事で返したが、夜になるとドキドキしてきた。なにせ、初めての相部屋である。
まず、願うのは「変な人じゃなければいいな」ということ。いや、変な人だったとしても、障らぬ神に祟りなしで、私をそっとしておいてくれるならそれでいい。障らなくても祟ってくる神みたいな人でさえなければ無問題。
かかわらないと割り切ると、明らかに無理なパターンって意外と少ないのかもしれない。そう考えたら、気楽になって寝ることができた。
・ファーストコンタクト
仮に、その人をMさんと呼ぶ。Mさんが到着したのは、翌日の16時くらいだった。ちょうど私が入口入ったところにあるコワーキングスペースでテレワークしている時で、スタッフさんに施設を案内されているのも見えていたため、心の準備をすることができた。同い年くらいっぽい。
後から考えると、部屋で鉢合わせたら心の準備ができなかったため、ファーストコンタクトとしてはちょうど良い距離感だったのかもしれない。部屋にどう戻ろうかシミュレートしながら、そのままテレワークを続けていると、荷物を置いたMさんが部屋から出てきた。1人で改めてゲストハウスをブラブラ見ている様子。
と言っても、そんなに広いわけではないので、すぐにコワーキングスペースにたどり着くMさん。サウスビレッジは、コワーキングスペースだけ2階建てでやけに充実していたので、Mさんがやって来るのは部屋を出てきた瞬間から自明の理と言えた。
つまりは、Mさんは今、私の目の前にいる。正直、このままスルーしてテレワークをし続けても別に普通だ。実際、私がサウスビレッジに来た時、ここでテレワークしていた人はスルーだったし。
ただ、スルーした後で同じ部屋に入って、「さっきの人じゃん!」とか思われるのは微妙な気がする。初めましての挨拶をした時、「え? あなたさっきの人ですよね?」とひろゆきバリに返されようものなら、「何の話ですか?」と猿芝居をキメるしかなくなってしまう。Mさんの人間性によってはここでスルーするのはリスキーだ。
0.1秒でそう判断した私は、会釈した。すると、返す刀で「コワーキングスペース凄いですねー」とMさん。は、話しかけてきたァァァアアア!
・予想外の展開
いや、落ち着け。友達を作りに来ているわけじゃないんだから過度に盛り上げる必要はないのだ。相部屋が気まずくならない程度に反応すればいいだけ。へ~! ウェブ関係のお仕事されてるんですね。同じですねー。なんて言ってたら……
一緒に飲むことになったでござる。
と言うのもサウスビレッジが辺境すぎたから。周りに森以外何もなく、ここ数日、バスがなくなる夜は外に出られなかったのだが、Mさんはレンタカーを借りていたのである。で、夕飯に誘われたから、夜は質素なものばかり食べて凌いでいた私としては断る理由もない。くぅ~! 高菜チャーハンが沁みるぜ!!
聞けば、Mさんは屋久島に星空を撮りに来たという。つまり、活動の主体が夜になるので、レンタカーが必要だったのだとか。
・真っ暗闇の温泉へ
そんな初日の出会い方もあってか、夜はMさんとレンタカーで一緒に移動することが多くなった。夕飯だけではなく、地元民しか来ないような吹き曝しの温泉に入りに行ったりもした。『湯泊温泉』という名前で、海が目の前にあって、昼間は壮大な景色が楽しめるっぽかったが、夜の暗さはそれどころではなくて笑った。
湯舟がどこにあるかさえ分からないレベルでもはや怖い。これは本当に湯舟なんだろうか? だが、おそるおそる入ると気持ちよく、足を伸ばしてくつろぐと波の音が近くに聞こえた。「惜しいなあ」と隣から声がする。姿は見えないがMさんは空を見ているようでこう続けた。「曇ってなければ星も綺麗に見えるでしょうね」と。
見上げると確かに星は雲で隠れている。アニメとかだったら、こういう時は満点の星空が見えるものだが、現実はそんなにウマくはいかないようだ。雲の切れ間にチカチカ点滅するように、ギリギリで1つだけ見える星。俺、寂しかったのかもしれないな。
・きっとまた会える
結局、MさんとはLINEを交換。屋久島での記事においても、Mさんが撮った星空の写真を使わせてもらうなど、助けられたのであった。
この後、連絡を取り合うかどうかは定かではないが、漠然とまたそのうち会える気がする。なぜなら、Mさんもゲストハウスのサブスクサービス『LivingAnywhereCommons(LAC)』の会員だから。
月額2万7500円で全国40カ所の拠点に泊まり放題となるLAC。詳細は以前の記事をご確認いただくとして、40カ所だから回っていれば、また別の拠点で会うこともあるような気がする。
全国を回るうちにフラッと出会う。これぞ、まさしく『三匹が斬る』の世界観。まさか40才にして子供の頃の夢が叶うとは。
最初は、長期滞在すると宿泊費用が激安になることに惹かれたが、ひょっとしたらこういった人生観の変化こそ神髄なのかもしれない。ありがとうLAC。さようならMさん。いつかまた会うその日まで。
執筆:中澤星児
Photo:Rocketnews24.