ネットと街中では目につく情報が違う。同じように、車と徒歩でも目に見えるものは違うと思う。こんなところにこんなものがあったのか!? 歩いていてふと発見できたことは1つや2つではない。
というわけで、誰も歩いていない屋久島の辺境を歩いていたところ、謎の呪文だらけの東屋を発見した。これは一体何なのか。
・山中
果てしない大空と♪ 広い大地のその中で♪ 屋久島の南西を歩いていると松山千春の『大空と大地の中で』が脳内再生される。それくらい道沿いには空と森しか見えない。
現在の場所はバス停で言うと網掛橋から黒崎へと向かう途中。道路の坂っぷりは完全に山道。集落同士の間の区間であり、6時間くらい歩いているが誰ともすれ違わない。稀に車が通るだけだ。
・謎の看板
明らかに車社会なので、地元民も車でしか通らないポイント。それがここなのかもしれない。そんな時だった。謎の看板を発見したのは。道端の雑草の中にこんな看板が立てられていたのである。
「屋久杉(生命力)おもいで 健康 パワースポット100m」と。
木の棒に板を張り付けただけの小さい看板に手書きの文字。今考えると、明らかに怪しいのだが、その時は疲れていたのか、「あと100mで屋久杉があるんだあ」くらいにしか思わなかった。
・あったのは杉ではなかった
こうやって書かれてるくらいだから、縄文杉の小さいヤツみたいなのがあるのかな。中間ガジュマルくらいすぐ見られるならついでだし見ておきたいぞ。だがしかし、その先にあったのは……
なんじゃいこりゃあ。
とりあえず杉ではない。東屋? しかも、謎の呪文がそこら中に貼られている。しゅ、宗教?
と思いきや、貼り紙によると宗教ではないらしい。
じゃあ何なんだよ! もし、これが何かしらのコンセプトを持って作られたアート作品と仮定するなら、東側の柱に貼られている「幸せの黄色いハンカチ」という文言が邪魔だ。世界観がブレている上、パクってやがる。
・私は諦めた
こんなの1人で考えて答えが出るほど、私は修行を積んでいない。これを作った人はどこにいるのだろうか? っていうか、生きているのだろうか。
今何かしらの発信をしたいのであれば、普通に考えたら、YouTubeやSNSで主張する方が楽そうなものだ。まして、人通りがほぼない最果てみたいな場所である。ひょっとしたら最近作られたものではないのかもしれない。
いずれにせよ、この東屋の謎の究明は難しそうだ。少なくとも、滞在期間1週間で探し出せるなんて奇跡でも起きない限り不可能だろう。私は諦めた。せっかくの屋久島。もっと行かなければいけないところはあるはず。
──この時はまだ思ってもみなかった。まさか東屋の作者に会うことになろうとは。
・勝手に集まってくる情報
謎の東屋について新たな情報を知ったのは予想外のタイミングだった。ゲストハウスの夕食の時、居合わせた人に雑談として話してみたところ、その場にいた中で1人だけ東屋について知っている人がいたのである。それが滞在歴1カ月のYさん。しかも、なんとYさんはその東屋に人がいるのを見たことがあるというではないか。
Yさん「なんかおじいちゃん? がたまにいて、何か売ってる感じ? 話しかけたことがないからよく分からないけど、週に何回かはいるイメージですね」
──とのこと。現状、作者かどうかは分からない。が、そのおじいちゃんが何かを知っていることは間違いないだろう。
・通ってみた
さすがにあんな逃げ場のないスポットに一日中いるとは考えづらいが、週に何回も来ているのであれば、運とタイミング次第では会えるかもしれない。そこで翌日、翌々日と様子を見に通ってみたのだが……
ダメ。
これまでの人生で運とタイミングをことごとく外してきた私。ここ数日の屋久島は夏がラストスパートでもかけているかのようにクソ暑い。この暑さの中、こんな辺鄙(へんぴ)なところで、いつ通るかすら分からない人を待つなんて、私だったらお金をもらえたとしても嫌である。やっぱり会えないかもな……。
・改めて見分
暮れなずむ東屋の光と影の中、再度1つ1つ呪文を確認する。よく見たら、頭寒足熱とか普通の健康法的なのも書いていたりする。
でも、水の結晶写真に「ありがとう」とか「ばかやろう」とか書いているのは、何のメッセージなのかよく分からない。さらに、その前段には、スピリチュアルなことが書かれている。なかなか達筆だ。
「思念」や「生命力」、「幸福」など、言葉の意味が分かるだけに、何を言いたいかが分からないことがもどかしい。簡単に言うと「水スゲエ」ってことだろうか。
・糸口
しかし、布教というニュアンスじゃなく、結びの「私は不動不変で人生の中にあらゆるものを想像していく」という言葉は意志表示っぽい。自分に言い聞かせてるみたいな。って、ん? こ、これは……!
電話番号が書かれている……!!
このスピリチュアルな文章は謎の呪文の逆側にあり、呪文の存在感が大きすぎるため細かい部分を見逃していたのだが、よく見たら、最後に名前と電話番号が書かれているではないか。電話番号はいたずら電話を防ぐためここでは伏せるが、屋久島町原の岡本克己さんという人のようだ。
・速攻
Yさんの言っていた例のおじいちゃんが岡本克己さんなのだろうか。私が帰るのは明後日の早朝。つまり、自由に動けるのは明日のみ。残された時間は少ない。そこで速攻で電話してみた。プルルルル…… プルルガチャッ!
「ハイ岡本です!!」
2コールで出た。電話に出るのが早すぎて何を話そうとしていたのか忘れた。速攻を速攻で返されたような気分である。『スラムダンク』の沢北かよ。
・テンションMAX
しかも、ビンビンにテンションが高い。ひと言めからMAXだ。声も高くて、おじいちゃんという雰囲気ではないのだが、男性なので息子さんか何かなのだろうか。
いずれにせよ、番号から察するに完全に家の電話である。というわけで、まずは私がこの番号にかけた経緯、東京から来て歩いていたら東屋を発見したことを説明したところ……
岡本さん「よう来んさったねえ、あんた! あれはおじいちゃんの生きざまじゃけえ!!」
・すでに分からない点
ハナからからテンション爆上げの岡本さん。しかし、私には今の一瞬の交差ですでに分からない点がある。それは岡本さんの言う「おじいちゃん」は誰のことを指しているのかということ。
一人称か? それとも、祖父を指しているのか? 東屋の作者の正体にも関係してくる話なので、まずはここをハッキリさせなければなるまい。そこで岡本さんに聞いてみたところ……
岡本さん「私、私! あそこに書いてあるのは私が体験したことなんですけえ」
──どうやら、今話している人物が東屋の作者の岡本克己さんで間違いないようだ。
・東屋の正体
岡本さんによると、東屋に書かれている謎の呪文『カタカムナウタヒ』は1万2000年前の文字で、宗教などではなく唱えるだけで良いのだとか。それを筆頭に、岡本さんが大病を患ったりした際、救われてきた概念を集めて展示したのがあの東屋らしい。なるほど、若干統一性に欠けるのは様々な思想が混じっているからか。
基本的には、週2回くらい東屋に行っており、通りかかった人がたまに話しかけてくる感じなのだとか。Yさんはその時に目撃したのだろう。
・電話だと分かりづらいので
さて置き、カタカムナウタヒにしても、水の話にしても、電話だとちょっと分かりづらい。「電話をかけてくる人は本当に珍しい」とのことだったので、岡本さん的にも、今の状態は慣れない環境なのかもしれない。そこで……
会ってみた。
事情を話し、屋久島最後の1日に東屋で会えないか聞いてみたところ、岡本さんは「ええよ!」と快諾してくれたのであった。そして、実際に会ってみるとやっぱりあんまりおじいちゃんという感じはしない。
背も真っすぐ伸びているし、私を迎えてくれる受け答えはハキハキしている。自身を「おじいちゃん」と呼ぶのが不自然なくらいで、恰好もどことなく都会的でオシャレだ。
・気になることを聞いてみた
それもそのはず、岡本さんの生まれは広島なのだという。移住したのは24年前で、4年くらい前まで喫茶店のマスターをしていたというから、ピシッとしているのも頷けた。ちなみに、今年で72歳だという。
岡本克己「子供は4人おって孫は7人おるけえ、色々送られてくるんじゃがの。ある時、娘がカタカムナウタヒについて教えてくれて、唱えとったら、調子がよくなったんじゃ」
──宗教じゃないと書いてますが……
岡本克己「宗教ちゃうよ! この東屋は、おじいちゃんの経験を書いてるだけやけえ。カタカムナウタヒもそう。水もそう。頭寒足熱もそう。これらに救われたってだけで、グループを作ろうとかは考えとらんよ」
──この勾玉と髪留めは何ですか?
岡本克己「これは手作りで作ったもんやけど無理に買わんでええ。来てくれて何もないのも悪いから置いとるくらいのもんやけえ、値段もついてないようなもんやしの。本当に欲しい人にだけ言い値で売っとる」
──なるほど。
岡本克己「そんなことより中澤さん。あんた、よう電話してくれたの。通りすがって戻って来る人はおるけど、電話してくる人なんておらんもん。これ運命やで。あんたこの先売れるで」
──いや、もうさすがに無理じゃないかと。40歳ですし。
岡本克己「いや! カタカムナウタヒを唱えたらイケる! カタカムナウタヒは80首あるけど、まずは5首6首7首だけでエエ。それを唱えることによって宇宙から降り注ぐ粒子を体に留めることができる。結果として、調子が良くなるけえ、やってみんさい」
──分かりました。ところで、カタカムナウタヒって結局何なんですか?
岡本克己「1万2000年前のカタカムナ人が残してくれた生命の根本原理を記す字素粒子や。実際に出土しとって、本も何冊か出とる。おじいちゃんはそれを読んで勉強したけえ。
例えば、この5首の1行目「ヒフミヨイ」と書いとるやろ? これ、ヨイは3次元を現わしとるんや。で、「ヒフミ」が4次元、5次元、それ以上の世界。つまりここに線が引かれとるわけやな」
──ハァ~、なるほど、この詩はそういう読み方をするんですか。さすが、今の文字とは構造が違いますね。ところで、3次元は立体で4次元は時間が加わるまでは分かるんですが、5次元以上って何が加わるんですか?
岡本克己「そりゃおじいちゃんも知らん! でも、感じることはできる。要は、そういう世界を感じるのが大切なんじゃの。まあ、この辺はもうちょい勉強せんとキツイかもしれん。これを見い」
──なんですか。このレポートのようなブツは?
岡本克己「これはおじいちゃんが独自に分かりやすくまとめたカタカムナウタヒの研究資料や。これにさっき言うた内容も書いてあるし、90%くらいはまとまってると思う。中澤さんには、これをやろう」
──ありがとうございます!
岡本克己「おじいちゃんが本当に渡したかったのはこれやけえ。これを読んで勉強するんで?」
──というわけで、謎の電話番号に電話した結果、謎のレポートを入手することができたのであった。しかも、そのレポートは1万2000年前の失われし秘法について記されているのだから、とんだ屋久島のアクエリオンもあったものである。8000年過ぎた頃からもっと恋しくなるかも。
・ありがとう
まさにこの出会いこそ奇跡。忘れないためにも、ぜひともお土産が欲しいところである。そこで勾玉と髪留めを購入させてもらうことにした。相場がよく分からないので1万円課金してみたところ、「いくらでも持っていけ!」とのこと。5個もらった。
別れ際、岡本さんは、ポツンとつぶやくように言った。「本当にあんた、よう電話してくれたのう」と。青い空の下、岡本さんはいつまでも手を振っていた。
あれは夢だったのではないだろうか?
東京のビルに切り取られた空を見る度、そう思う。
そんな時、私は購入した勾玉を見ている。
不揃いな勾玉を見るたび、屋久島での日々を思い出すからだ。
そうそう、最後に個人的にあの東屋について気になっていた点を追記しておこう。岡本さんいわく、東屋の敷地は山の持ち主から借りていて、共同で作った場所なのだという。普段は野菜を作ったり畑仕事をしながら暮らしているとのこと。
ガイドブックにもネットにも載っていない屋久島のスポットを見たいなら、黒崎から網掛橋の間を通ってみてくれ。運が良ければ、珍スポットの東屋におじいちゃんがいるかもしれない。ただし、捕まったら1時間コースなので時間がある時にしよう!
執筆:中澤星児
Photo:Rocketnews24.