「お店を紹介させて頂いても良いですか?」と尋ねたら、断られた話

ロケットニュース24

私(佐藤)は外に出かけて取材するのが好きだ。飲食店を中心にささやかな発見に期待して、歩きまわることがある。個人店を取材する際には、帰り際に名刺をお渡しして「お店をうちのサイトで紹介させて頂いても良いですか?」と尋ねる。

ほとんど断られたことはないのだが、ある日、訪ねたお店の店主はこう言った。「うちなんか紹介してもしょうがないでしょ」と。その言葉に大きく気づかされるものがあった。

・事前にアポはしない

テレビや雑誌の取材であれば、事前にアポイントを取って日時を決めて取材を行うのだろう。私は事前連絡をしない。なぜなら取材用の食材や料理を段取りされるケースがあるからだ。

すべての店がそういう訳ではないけど、せっかく紹介してもお客さんがお店に行った時に「サイトの写真と料理が違った」ということがないようにしたいという思いがある。したがって、会計時に名刺を出してお尋ねするようにしている。

例外として大きい企業のお店の場合はお断りをしない。お店(現場)のスタッフに紹介しても良いかお尋ねても、「本社に連絡してください」とか「広報に……」となると時間がかかる上に、「広報用の宣伝写真にしてほしい」とか言われると、お店に伺った意味がなくなってしまうからだ。

できるだけその日その場で見たものを、そのまま伝えたいと考えている。


・まるで常連

今回伺ったのは古くからある大きなフランチャイズチェーンの個人経営店だった。開店直後で店内には私と店主の2人だけ。カウンター席に座ると多少なりとも緊張する。だが、店主は私をまるで常連客のように接してくれた。テレビではお昼のニュースが流れている。


「こんだけ世の中ごちゃごちゃしちゃうと困っちゃうよねえ」


なんて、調理の合間でテレビに目をやりながら言葉をかけてくれた。


「そうですよね。令和になってからいろいろありすぎですよね」と、私も調子を合わせる。飲食店に入るとスマホをいじるのが常なのだが、そのとき店を出るまで手をかけなかった。大した会話ではない、ただの世間話だ。でも店主とのその間がとても心地よかった

今日初めてだったのに、もう10年も通ってるかのような気分になってくる


・古びているけど汚れていない

お店自体はかなり年季が入っていた。看板は日焼けで色褪せて、ところどころサビが浮いている。窓ガラスに貼られたブランドロゴのステッカーはほとんどはげ落ちて、辛うじて読むことができる。暖簾(のれん)は風雨にさらされてヨレヨレだ。それでも不潔な感じがしなかった。

店内も同様に古びていたけど汚れてはいない。この種のお店なら、油臭くてもまったく不思議ではないのに一切しなかった。手元にあったメニュー表は真新しい

いい店だなと思った。適度な沈黙を挟む店主との会話もあいまって、いつしか私の緊張はほぐれていた。すでに店に馴染んでいる気がした。


・毎日食えるもの

料理は店主の人柄があらわれたような素朴な優しさを感じる。派手さはないけど、正直で飾らない味わい

いろいろ食べ歩いてきたけど、結局繰り返し食べたいものってこういうものなんだよなあ。唸るほど美味しいものは、記憶には残るけど明日も明後日も食えない。そういうのは、たまに出会える美味しさだから「ぜい沢」って思うんだよ。

毎日食べられるものは飛び切りの美味しさでなくていい。その代わりに、食べると気持ちが緩むというか、ホッとするというか。夕食ならその日の疲れを癒してくれるものであればいい。ここの料理にはそれを感じられる。

もっと自宅や職場の近くにあればなあ……なんて思いながら、店主とゆっくり言葉を交わす心地よい食事は終わった。


・「うちなんか」じゃない

きっと大丈夫。快く「いいよ」と言ってもらえるはず。そう思いながら、


「お店を紹介させて頂いても良いですか?」


と尋ねると、店主の顔が強張った。


「うちなんか紹介しても、しょうがないでしょ」


断られた。


『まさか断られるなんて』という残念な気持ちと同時に、なぜか心を打たれてしまった。

たしかに断られることは予想していなかった。たった今まで心が通っていると思っていたからだ。自分を常連のように迎え入れてくれたのに、『紹介するのはダメなの?』ってね。その一方で、店主の謙虚な姿勢にハッとしたのだ。


「うちなんか……」と仰るけど、壁には賞状がある。フランチャイズの母体からお店の継続30年を表彰されていたのである。それも平成12年に。大事に額装された賞状からさらに22年も経っている

手元のブランドロゴの入ったキレイな水飲みグラスは、おそらくもうどこにも売ってないはず。ずっと昔に製造が終わっているだろうものを、こうして現役で使っている。


「「うちなんか……」じゃないですよ」と言いたかった。


でも、店主の静かな歩みが見える。その歩みを大切にお考えなんだと察し、浅はかな自分を恥じた。常連気取りかよってね。

不快な思いをさせてしまったのは申し訳ないけど、改めてお店にお伺いしたい。仕事抜きで、お店の長きにわたる歩みについてお聞かせ頂きたいと思った。テレビを見ながら瓶ビールでも傾けて、店主とお話したい。


執筆:佐藤英典
イラスト:Rocketnews24

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