だって、こうなるやん?
涼やかな麵と、黄金色の天ぷらのコンビネーション。天ざるそばは夏のごちそうだ。
だが、メニュー名は同じ「天ざるそば」でも、配膳はお店によって大きく違う。そのデザインには「どう食べてほしいか」のメッセージが込められているのだ。
しかも、中には首をかしげるデザインもある。
天ざるそばの導き
本題に入る前に、天ぷら単体の話をしたい。
天ぷらをいかにして食べるか。
私が信じる宗教(教祖は私)の教えでは、2通りの食べ方があるとされている。
大根おろしを入れたつゆを染み込ませていただく「しっとりルート」と、塩のみでつかの間の食通気分を楽しむ「さっぱりルート」である。
どちらのルートを選ぶかは、その場に用意された調味料によって決まるのだ。
では、天ぷらとざるそばがセットになった「天ざるそば」の場合はどうなるか。実例を挙げて見ていこう。
たとえば、この天ざるそばは「しっとりルート」のわかりやすい例である。
盆の右半分と左半分で、つゆと薬味の棲み分けがきっちりとできている。
高速道路のサービスエリアを思い出してほしいのだが、大型車と小型車で進入ルートが分かれているだろう。あれを彷彿とさせる美しいデザインだ。
一方、こちらの天ざるそばも設計の意図は明白である。
天ぷらの傍らに設置された塩が、私をさっぱりルートへとナビゲートする標識になっている。配色の統一感も相まって、また来たいと思わせる街だ。
このように、お店によって配膳の違いはあるものの、多くの天ざるそばは導線がわかりやすくデザインされている。
天ざるそばの交通整理
ところが、ある日、こんな天ざるそばに出くわしたのだ。
薬味の器には大根おろしがあるので、一見するとしっとりルートを推奨しているように思われる。
だが、それは罠だ。導線を書いてみれば一目瞭然だ。
そう、盆にはつゆが一つしかない。
つまり「そばも天ぷらもこれで食べなはれ」というコンセプトだろう。その通りに食べてみたのだが、味の悲劇が待っていた。
天ぷらをつゆに沈めるたびに衣が溶け、その油分がそばに絡みつく。つゆの中で味が正面衝突してしまうのだ。
味覚の事故に巻き込まれた私は納得いかなかった。世間には「味が混ざるのがいいんだよ」と言う人もいるかもしれない。しかし、私が信じる宗教(教祖は私)ではタブーとされている食べ方なのだ。
これは交通整理が必要だな。お店に道路の改善を提案しよう。
すなわち、塩を追加で頼み、天ぷらをしっとりルートからさっぱりルートへと路線変更するのだ。行き場のなくなった大根おろしの哀しい顔は見なかったことにする。
天ざるそばをカスタマイズ
後日、同じお店に入り、天ざるそばを注文した。
そして一言。
「塩をつけてもらう、ってできますか?」
「え、何?」
聞き返された。
「えっと、塩、つけてください」
「ああ塩ですね、はいはい」
マスクのせいで声が通らなかっただけだった。何も変なことは言ってないぞ。私は街の交通状況を改善しようとしてるだけだぞ。
すると店員さんが、入り口近くの棚から謎の木箱を持ってきた。
そういう風に来るのね。
私はてっきり、天ぷらの横っちょに盛り塩がプラスされるのかと思っていたが、臨時の交通誘導員は意外なところで待機していたのだった。
ちなみに、店員さんによると「塩で食べる方はたまにいらっしゃいますよ」とのことだった。「たまに」ということは、ほとんどの人は一つのつゆで済ませているわけだ。
皆さんは天ぷらとそばの衝突を許せますか?