想像してみてください。月面に広がる金色の稲穂。または果樹園。見渡すかぎりのヒマワリ畑なんてどうでしょう?
そんなのサイエンスフィクションじゃん!ってツッコみたくなるかもしれませんが、この度れっきとしたサイエンスがゆくゆくそれらが可能になるかもしれないという結論に至りました。
フロリダ大学の園芸学教授・Anna-Lisa Paul氏、同じくRobert Ferl氏、そして地質学助教のStephen Elardo氏の3名がシロイヌナズナの種を月の土に蒔いたところ、発芽と成長が確認されたとのこと。本物の月の土を使った実験は、これが世界初です。
ただし、上の画像を見てもわかるように、成長の度合いはあまり芳しくなかったようで、月の土が地球の植物にとって好ましくないこともわかりました。
月の土
『Communications Biology』に発表されたこの研究には、アポロ11号、12号と17号が地球に持ち帰った月の土が使われました。まずもってこの土を手に入れるのが大変だったそうで、3度もNASAに正式な要求書を提出して、11年かけてやっと総量12グラムを「貸して」もらえたのだとか(ということはいずれ返すの?)。それって大さじ1杯より少ない量ですね…。
なぜ12グラムなのか。研究チームが長年に渡って「JSC-1A」と呼ばれる月土壌シミュラントを使って実験を繰り返す中で、12グラムが統計学的に十分な数のシロイヌナズナの苗を育てるのに必要最小限の土の量だとわかったからです。
必要最小限の土の量がひとつの苗につき1グラムとわかってから、やっとNASAにどれぐらいの量が欲しいかを伝えることができたんです。統計的手法が頑健であるためには、月の土のサンプルごとに4つの苗を育てる必要がありました。これに基づいて、NASAへの要求書を作成しました
と研究者たちは説明しています。
というのも、アポロ11号、12号と17号が月から持ち帰った土はそれぞれ異なる性質だったんです。アポロ11号のサンプルは月面から直接すくい集められた「成熟土」であったのに対して、12号と17号のサンプルはもっと深い土壌から集められたものでした。
ちなみに月の土は地球の土とはまったく違って、細かく鋭利なガラス粒子をたくさん含む反面、有機物ゼロ。しかも、地球上の土壌には見られない化学状態の鉄などが含まれている上に、月の薄い大気をすり抜けてきた放射線にさらされています。
実験には11号・12号・17号の土以外にも、基質制御として先述のJSC-1A月土壌シミュラント、さらには地球上の火山灰も使われたそうです。
地球の植物
生物が生存するには過酷すぎる印象を受ける月の土ですが、ここに植えられたかわいそうな生贄…、いえ、実験植物が、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)でした。シロイヌナズナは日本でもそこらじゅうに自生している地味〜な草なんですが、植物の「モデル生物」として有名です。なぜならゲノムがすべて解読されているので、どの遺伝子がどのような変異につながっているかが明白で、実験で扱いやすいんですね。
そんな地味ながらも科学に大きく貢献しているシロイヌナズナのもうひとつの利点は、株がとても小さいこと。わずか1グラムの土で育てられ、今回の実験にはうってつけでした。
シロイヌナズナの奮闘
驚くべきことに、いざシロイヌナズナの種を月の土に蒔いてみたところ、すべての条件下で発芽し、成長しました。
ちょっと考えてみてください。それって凄いことですよ!
と研究者たちは米Gizmodoの記者にメールでこう書いています。
地球上の生物はいずれ月で暮らせるかもしれないんです。将来月で過ごすことになる宇宙飛行士たちにとって、これまで想像の域を出なかった生命維持システムを植物が構築してくれるかもしれません。
たしかに、月面で植物を育てることができたら、植物から酸素とでんぷん質を得ることができます。しかも二酸化炭素を吸収し、水をリサイクルしてくれるわけです。
植物は、地球全体の生命維持システムを完結させています。そして、我々が地球を離れても、おそらく同じ役割を担ってくれるでしょう
と研究者たちは語っています。植物、偉大だ……!
でも月の土はきびしかった
しかし、やはり地球の土と比べると成長に遅延が見られたそうです。シロイヌナズナが大きな葉を出すまでに時間を要しましたし、葉には赤黒い斑点が見られ、根も発育不良でした。これらの症状は植物がストレス下に置かれていたことを示しているそうです。
ストレスの原因を深掘りするために、研究者たちはさらにシロイヌナズナのストレスに関わる遺伝子を調べました。たとえば土壌に金属、または酸素元素を持つ反応性の高い化合物が含まれている場合は、特定の遺伝子が発現されるそうなんですね。調べた結果、アポロ11号の土ではこれらの遺伝子のうち465個、アポロ12号の土では265個、そしてアポロ17号の土では113個が発現されたそうです。
11号の土は月面で採取された成熟土だったことから、表層の土のほうが深いところの土よりも植物にとってストレスフルだったことがわかったそうです。月面の土は常に宇宙線や太陽風にさらされているのと、細かい鉄分の含有量も多いのとで、植物にとってよりきびしいのではないか?と研究者たちは考えているそうです。
どうやったら月の土壌を改良できるの?
月の土は、地球上の植物にとってあまり好ましいい環境ではないことが今回の研究でわかりました。では、どのように土の質を改善したら植物が育つようになるの?
この問いについて、研究者たちは
植物がより良く育つためには、たしかに改善の余地はあります。たとえば、同じ月の土に繰り返し何度も植物を育てることで、生物学のはたらきによって土壌が改善されていくかもしれません。または、水を循環させるのも効果的かもしれません
と答えています。
NASAが現在進めているアルテミス計画では、月でどのように生命を維持できるのかが課題のひとつとなっています。今回の研究は、その課題に大きく貢献できたと言って間違いないでしょう。
まさかたった12グラムの土からこんなに大きな成果を得られるとは、ね。
Reference: Communications Biology, J-Global