メガネをはずしてありのままの目(視力)で世の中を見たい。ウェブマスターの林さんのそんな呼びかけにより、視力0.1以下の人間が裸眼で集まる事になった。近視の人間たちが裸眼のままで飲み会を楽しもうというのだ。視力0.4の僕はその記録係として呼ばれた。
近視の人間が裸眼で飲み会をしたらどうなるか?
これは裸眼の限界に挑むメガネ男女たちの記録である。
※2006年1月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。
裸眼会メンバー紹介
「裸眼会」の様子をレポートする前に、まずは参加メンバーを紹介しよう。ウェブマスターの林さんを筆頭に、全員が視力0.1以下、アンダー0.1のメガネ男女である。
林雄司(近視) |
岡屋出海(近視/乱視) |
井上ダイスケ(近視) |
臼井悠(近視) |
以上4名が裸眼で飲み会を行う様子を、住(視力:左0.4、右0.2。普段は時々メガネ)とべつやくさん(視力:左右とも1.0。メガネは一切使わない)が後見人として見守る。
渋谷ハチ公前に裸眼で集合
集合場所まで裸眼で向かいたい。
裸眼会リーダーの林さんからそんな提案があった。飲み会の席でメガネをはずすのではなく、家を出る時から裸眼でいたいと言う。
大丈夫なのだろうか?
集合場所は渋谷のハチ公前、しかも約束時刻は夕方の18時だ。相当な混雑が予想される。そんな中、アンダー0.1のメンバーが裸眼で集まるには危険が過ぎる。
後見人の立場から、お店に移動してからメガネをはずす事を勧めるべきなのではないか?
だが、この「裸眼会」は裸眼の可能性に挑む会なのだ。メンバーの前向きな意見を尊重し、裸眼でハチ公前にやって来るのを待つ事にした。
約束の時間から10分ほど過ぎた頃、ハチ公前に林さんがやって来た。僕の方を見ているが、僕には気付かない。
「林さん!」
手を挙げて声をかけた。僕の顔を覗き込む林さん。かなりの至近距離。
「ああ、住さん」
最初は冗談かと思ったが、林さんの目は笑っていない。本当に見えてなかったのだ。
そんなやりとりを近くで聞いていた臼井さんが、
「林さんと住さん?」
と、声をかけてきた。恐る恐る手探りで、という物腰であった。
「ええ、林です」
「ああ、よかった」
お互いを確認し終えた後、臼井さんから井上さんが紹介される。林さんと井上さんは初対面。お互い顔を近づけて表情を確認する。初対面とは思えないほど仲良しな2人に見える。
と、ようやく合流出来た安堵感も束の間、これから裸眼でお店を選ばないといけない。
慎重な足取りでスクランブル交差点を渡る面々。人ごみをかき分け、居酒屋の客引きを引き払い、ようやく「つぼ八」の看板を見つける。
念のため看板に顔を近づけ、店名を確認する林さんと臼井さん。
「うん、間違いない。つぼ八だ」
裸眼会ご一行様、お店に入ります。
裸眼会スタート
座敷席に案内された裸眼会。席に着き、落ち着いたところでまずは名刺交換だ。
初対面の井上さんと林さんが名刺を交換する。
アンダー0.1の場合、顔から10センチ程度まで名刺を近づければ文字が確認出来る様だ。2人とも名刺と顔の距離がほぼ同じである。
名刺交換を終え、まずは乾杯を交わすメンバーたち。普段よりもみんなの距離が近い。
「ジョッキまでの距離感が掴みづらいんです」
と臼井さん。全員一致の意見なのだろう、メンバーたちが無言で頷く。
メニューの字が細かい
テーブルの上に広げられたメニュー。それを前にたじろぐ裸眼会。
メニューの字が小さ過ぎて、かなり顔を近づけないとメニューの確認が取れないのだ。メニューはテーブルに1つしかない。
林「色と形を頼りに、勘でオーダーしましょう」
各自、食べたいものを思い浮かべながら、勘で商品写真を指差していこうというのだ。
林「迷わなくて済むから、楽ですよ」
メニューの字が小さいことも前向きな気持ちでクリアしていく。
林「えっと、これを一つ」
店員「ドレッシングは何になさいますか?」
林「えっ?ドレッシング?」
臼井「私はこれを一つ」
店員「タレですか?塩ですか?」
臼井「えっ?タレ?」
それぞれ、想像の品とのギャップを感じつつ、オーダーを続ける。
林「これも一つ」
店員「えっ?」
林「この、なますを一つ」
店員「……」
ここで後見人のべつやくさんからヘルプが入る。
「林さん、それ、期間表示です!フェアか何かの」
「えっ?」
食い入る様にメニューに近づくメンバーたち。
「あっ、本当だ。期間だ」
店員さんをからかってると思われてはいけない。オーダーはここまでにして、しばしご歓談に入る。
想像と現実のギャップ
オーダーから5分も経たないうちに、注文した品が続々とテーブルの上に並べられた。
頼むつもりだった品と実際に出て来た料理、一体どれだけの違いがあったのだろうか?
オーダー | 結果 | 備考 |
枝豆 | ○ 枝豆 | アボカドが来るかも、という不安もあった。 |
シシカバブ | 砂肝 | タレか塩か、聞かれたのはこの為だった。 |
カツオのたたき | ラムステーキ | 魚と肉、まったく違うものが来てしまった。 |
ピザ | ○ ピザ | ただし切れ目が分からない。 |
お好み焼き | サクサクつぼ八サラダ | だからドレッシングを聞かれた。 |
正解率が5割を切るという残念な結果に終わってしまったが、実際、裸眼会のメンバーにはどのように料理が見えているのか。
一度林さんにメガネを着用してもらい、一眼レフカメラで裸眼時のピンを再現してもらった(写真1)。
確かにこれでは判別が難しい。
林「10センチくらいまで近づけないと何だか分からないです」
しかしそれは不自由を感じての発言ではない。
「うまいものが突然目の前に現れる感じがして、新鮮ですね」
と続ける。
林「普段よりもしっかり味わえているので、食べ物の味がよく分かりますし」
どこまでも前向きに裸眼を楽しもうという姿勢が伺えた。
耳が敏感になっていく
林さんが本を取り出し、裸眼での読書に挑戦する。
「疲れる事は疲れますけど、近づければちゃんと読めます」
しばらく調子良く読み進めるが、ページをめくる際に裸眼を実感する。
「あっ、顔に当たってページがめくれない…」
「僕は耳が敏感になってます」
と井上さん。
隣りの若者グループの会話が手に取る様に聞こえてしまうという。
「あの女性は最近時給が100円上がったそうです」
そおっと僕たちに教えてくれたが、その女性がどんな顔をしているのか、井上さんには分からないのだ。
進化を遂げる裸眼会のメンバー
会が1時間以上経過すると、メンバーたちは裸眼でも見える様な工夫を始めた。そうでもしないと、虚像に向かって話しかけている様に思えてしまうという。
更に、井上さんがパスネットを使って裸眼をカバーしようと試みる。小さな穴から覗くと、裸眼とは思えないほど視界がクリアになるという。
全員がパスネットの穴を試し、その効力に驚いている。
「わぁー、本当だ!」
「凄い、良く見える」
林さんは箸袋にシャーペンで小さな穴を開け、そこから覗く。
「おお、これも良く見える!」
この1時間、自分たちがどれほど見えてなかったのか、2ミリほどの穴によって思い知らされている様だった。
「ほら、あそこの絵、梅だったんですよ」
箸袋メガネで壁にかかっていた絵を見上げる井上さんと臼井さん。実際は桜だったのだが、そのあたりのディテールはこの際問題ではない。花の絵が描かれている事実を知る事が出来ただけで十分だ。
「こうすれば、手で持ってなくていいですし」
両面テープで箸袋メガネを額に固定する臼井さん。
「それがあれば、メガネいらないじゃないですか!」
と僕が言うと、
「そんな訳ないじゃないですか!馬鹿にしないで下さい!」
と怒られてしまった。
そうですよね、ちゃんとしたメガネも必要ですよね。
挑戦は続く
「裸眼は1時間が限界ですね」
誰からともなく本音がこぼれた。いつも以上に色々な物を見ようとする事で、普段使わない筋肉をフル稼働してしまうらしい。首から背中にかけて、本当に疲れてしまった様だった。
「どうでしょうか、裸眼への挑戦はここまでって事で、メガネをかけて下さい」
僕とべつやくさんから裸眼会に提案すると、メンバーもそれを素直に受け入れ、メガネをかけた。
こうして裸眼会のメンバーたちの挑戦が終わった。裸眼で飲み会という人生初めての経験を終え、彼らは何を思ったのか?
「今度は裸眼でカラオケとか、裸眼でボウリングとか、挑戦しましょう」
最後まで裸眼で攻める姿勢を忘れていなかった。