メモ
2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻に対抗するため、アメリカを始めとする西側諸国は厳しい経済制裁を実施しました。しかし、一時急落したロシアルーブルの相場がウクライナ侵攻前の水準に戻るなど、経済制裁の効果が出ていないようにも見えます。そんな経済制裁の効果について、ロシア経済を専門とするパリ政治学院の経済学教授であるセルゲイ・グリエフ氏が解説しました。
War in Ukraine: Russia’s reputedly ‘sanction proof’ economy shows signs of stress
https://theconversation.com/war-in-ukraine-russias-reputedly-sanction-proof-economy-shows-signs-of-stress-181109
グリエフ氏によると、開戦前のロシア経済は停滞気味だったものの、マクロ経済的な観点、つまりロシア全体の経済を見る上では危機的ではなかったとのこと。このような状態は、経済学者の間では「泥沼にはまり込んでいるので崖から落ちる心配はない」と表現されるそうです。
実際に、2013年以降のロシア経済は、年平均にすると約1%前後のGDP成長率で推移していました。ロシア経済には、「汚職や政治的なしがらみに縛られた商習慣、国際経済からの孤立」といった課題があったものの、「政府の債務の少なさや充実した政府系ファンドの存在、豊富な外貨準備高」といった強みもあったため、ロシアは緩やかな経済成長を続けることができました。
また、ロシアが2014年にクリミア半島を占領した際、アメリカが「ロシアを国際銀行間通信協会(SWIFT)から切り離す」と脅迫していたため、ロシアは最悪の事態に備えるべくSWIFTに代わる独自の金融ネットワーク「金融メッセージ転送システム(SPFS)」を開発。ほぼロシア限定ではあるものの、2017年からSPFSの運用を開始していました。
こうした背景もあって、経済学者の間ではロシアを経済制裁に耐えられる「要塞(ようさい)」に例えるのが通例だったとのこと。しかし、実際に戦争が始まると、欧米諸国は当初想定されていたものよりはるかに強力な経済制裁を行いました。具体的には、ロシアの銀行のSWIFT排除だけでなく、ロシアの中央銀行まで資産凍結の制裁対象とし、政府系ファンドを含む外貨準備も凍結してしまいました。
外貨準備、つまりロシア政府が持っている外国の資産が使えれば、ルーブルが下落しそうになっても外貨準備を売ることでルーブルの価格を維持してインフレ、つまり物価の上昇が起きるのを防ぐことができます。しかし、経済制裁によってロシアがこれらの資産にアクセスできなくなったため、ロシアでは金融パニックが発生しました。
これに対応すべく、ロシアの中央銀行は金利を9.5%から20%に引き上げるとともに、資本の動きを規制して金融市場を閉鎖しました。金融市場が閉鎖されたということは、投資家が資産を売れないことを意味しているため、資産の価格が下落することもありません。しかし、こうした対策を行ったにもかかわらず、ロシアのインフレ率は開戦後3週間は週2%、その後は週1%で推移しました。1%というと大きくないように思えますが、年率に換算すると68%の暴騰に相当します。参考のために比較すると、日本の2022年のインフレ率の推計は0.98%です。
さらに、輸出規制や企業によるボイコットにより、ロシアの経済的な孤立は一段と深刻化しました。例えば、アメリカとカナダはロシアからの石油の輸入を禁止し、ヨーロッパの企業もこれに追随しています。また、アメリカとヨーロッパはロシアへの先進技術の輸出を禁止し、民間企業も禁輸措置に加わりました。これにより、IKEAやマクドナルドといった市民生活になじみ深い企業から、エアバスやボーイングといった航空宇宙機器メーカーまで多くの企業がロシアでの事業を停止しています。
ロシアにとって特に問題なのは、ロシアの産業の多くが欧米の技術に依存している点です。例えば、ロシアの自動車産業は輸入部品で成り立っているため、ロシアに進出していた自動車メーカーは相次いで工場の操業を停止しています。その影響で、ロシアにおける2022年3月の自動車販売台数は前年同月の3分の1になりました。この点について、グリエフ氏は「インフレにさらされると、人は耐久消費財を買っておこうとするので、特に印象的です」と述べています。
こうした事態を受けて、ロシアの経済成長に関する見通しは大幅な修正を迫られています。戦前、2022年におけるロシアのGDP成長率は、パンデミックによる不況からの回復を反映して、「プラス3%」だと見積もられていましたが、3月にロシアの中央銀行が発表したGDP成長率の予想は「マイナス8%」でした。さらに、欧州復興開発銀行は「マイナス10%」と見込んでいるほか、ワシントンを拠点とする国際金融協会は「マイナス15%」と予測しています。マイナス10%ともなれば、ロシアにとってはソ連崩壊後に迎えた1990年代以来最悪の不況となります。
しかもグリエフ氏によると、ロシア経済にとってはこれからが本格的な苦難になるとのこと。その理由は次の4つです。
・制裁によって世界の資本や技術から隔絶されていること。
・規制の強化により、国内企業のビジネスチャンスが失われていること。
・戦争により、技術者や専門家が流出していること。
・欧米による追加制裁の可能性が高いこと。
4点目の追加制裁とは、ロシアの戦争犯罪の証拠が増え続けていることを受けてのもの。ヨーロッパの首脳らはロシアからの燃料を規制のターゲットにすべく動いており、これは石油とガスだけで歳入の約40%、輸出額の60%を占めているロシア経済にとっては大きな痛手となります。また、西側諸国が協調して中国にも圧力をかければ、中国の資金と技術がロシアに流れる見込みも薄くなります。
こうした点から、グリエフ氏は「中央銀行による統制がルーブルを支え、インフレを鈍化させるのに成功しているとしても、これらの根本的な要因によりロシア経済が開戦前まで回復する見込みは小さいものとなります。ロシア経済が1~2年後に落ち着きを見せる可能性はありますが、すぐ戦前の水準まで回復することはできず、先進国経済に遅れ続けることになるでしょう。この経済ショックがどの程度ロシアの政治に影響をもたらすかは誰にも分かりませんが、プーチン大統領がますます不幸せになるロシア人の不満を抑え込むために、警察・宣伝・軍隊にリソースをつぎ込まなければならなくなるのは確かでしょう」と述べました。
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