「プーチン大統領を犯罪者として裁くことは可能?」に国際法の専門家が回答

GIGAZINE
2022年04月24日 20時00分
メモ



2022年2月24日、国連の安全保障理事会(安保理)で戦争回避の緊急会合が開かれているさなかに、ロシアがウクライナへの侵攻を開始しました。国連をはじめとする、戦争を防ぐための国際的な枠組みの意義を問う声が高まる中、国際法の専門家が「ウクライナ侵攻に対して国際法は何ができるのか?」「ロシア軍やプーチン大統領を裁判所で罪に問うことは可能?」といった疑問に答えました。

Is international law powerless against Russian aggression in Ukraine? No, but it’s complicated
https://theconversation.com/is-international-law-powerless-against-russian-aggression-in-ukraine-no-but-its-complicated-177905

◆ロシアはどんな法律に違反したのか?
そもそもロシアの行為は違法なのかという疑問に対する、南オーストラリア大学の法学部講師であるジュリエット・マッキンタイア氏らの回答は「はい。ロシアが国際法のルールに違反したことは間違いありません」というもの。ウクライナは自国の領土保全と政治的独立に関する権利を持っており、そのことはウクライナ東部にある「独立を宣言した自称国家」のドネツク人民共和国ルガンスク人民共和国をロシアが一方的に承認したとしても変わらないというのが、その理由です。


侵略を禁止する国際法の歴史は長く、古くは1928年に締結されたケロッグ=ブリアン条約(不戦条約)で規定されているほか、1945年にニュルンベルク国際軍事裁判が実施された際の国際軍事裁判所憲章でも「侵略戦争(中略)の計画、準備、開始、あるいは遂行」が平和に対する罪と宣言されています。

最も重要なことに、ロシアの行為は国際連合憲章にある「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を(中略)いかなる方法によるものも慎まなければならない」との規則に対する重大な違反であると、マッキンタイア氏らは指摘しました。

◆安全保障理事会にできることはあるのか?
国連憲章の第24条は、安保理に「国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任」があると認めるものです。その責任の範囲には、平和が脅かされることを防ぎ、これに対抗するための集団的措置を講じ、侵略戦争を抑止することも含まれています。

そもそも、国連は大国間の世界大戦が再び起きないように設立されたものであり、第二次世界大戦終結から今日まで同様の事態が発生していないため、ある意味では主目的の達成には成功していると言えます。一方で問題になるのが、安保理は第二次世界大戦に勝利した連合国が作ったものだということです。この経緯があるため、第二次世界大戦の戦勝国である中国、フランス、イギリス、アメリカ、そしてソ連の後継国であるロシアは、実質的に法律の上にあるものと位置づけられました。


こうした位置づけを象徴するのが、国連の決議に対する拒否権です。大国がお互いをけん制するために設けられたこのシステムは、大国がルールに従う場合にのみ機能します。冷戦下には、大国同士のパワーバランスが拮抗(きっこう)していましたが、ソ連崩壊に伴ってパワーバランスが崩れたことで各国がルールに従う意味は薄れていきました。

そして1990年代に入ると、アメリカとイギリスは自分たちの軍事行動の正当化に安保理を利用するようになりました。その後、ロシアと中国が拒否権を行使するほど自信を持つようになると、アメリカとイギリスは安保理決議なしで軍事行動を行うようになったとのこと。その最も顕著な例が、2003年のイラク侵攻です。

今回のロシアによるウクライナ侵攻も、同じシナリオで進んでいます。このことについて、マッキンタイア氏らは「何十年もの間、安保理による軍事行動の抑制は風前の灯火でしたが、私たちはその火が永遠に消えた瞬間を見ただけなのかもしれません」と述べました。

◆他の国際ルールにできることは?
国連憲章第24条で定められた安保理は機能しなくなりましたが、ウクライナを守るため、あるいはロシアを制裁するためのルールは他にもあります。その1つが、個別的・集団的自衛権を認める国連憲章第51条の発動です。

これにより、ウクライナが自国を守るために武力を行使するのはもちろん、他国に軍事支援を要請することも可能になります。1990年にはイラクがクウェートに侵攻し、クウェートは一時的にイラクに占領されましたが、他国からの軍事支援により独立することに成功しました。

また、そもそもロシアから安保理の常任理事国の資格を剥奪すべきとの声もありますが、これはあまり現実的ではないとのこと。国連憲章第108条は、常任理事国の構成を変更することも含む憲章の改正を認めていますが、それには全ての常任理事国の同意が必要です。つまり、ロシアを安保理から追放するにはロシアの承認が必要ということであり、これは事実上あり得ないからです。

by bwats2

◆プーチン大統領を犯罪で訴追することは可能?
他の法的な枠組みとしては、国際刑事法が挙げられます。プーチン大統領が仕掛けた戦争は侵略の罪にあたるため、ウクライナ領内におけるロシアの戦争犯罪は国際刑事裁判所(ICC)の管轄下にあたるとのこと。

しかし、この制度が機能するには、侵略国と被害国の両方がローマ規程の締結国である必要があります。ウクライナはこの規定の締結国ですが、ロシアは締結国ではありません。そのため、ICCがロシアの侵略に対して管轄権を行使するには安保理の付託が必要になりますが、ここでもロシアの拒否権がその決議を阻むことになります。

また、仮にウクライナで行われた戦争犯罪がICCで裁かれることになっても、プーチン大統領を罪に問うことができるかには疑問が残ります。なぜなら、ウクライナで行われた犯罪はウクライナに入った兵士が直接行ったものであるため、その罪を大統領と結びつけるのは難しく、裁判所がこれに成功した前例はないからです。


こうした問題にとらわれない枠組みとしては、普遍的管轄権というものがあります。これは、犯罪が行われた国や行った国を問わず、世界中のどの国でもそれらの罪を訴追できるという原則です。誰がどこにいるかを問わないので、前線の兵士でなくても裁判の対象となります。

しかし、普遍的管轄権で難しい点は、容疑者の身柄が確保されている必要があるという点です。一般的に、国家元首は外国の法定での訴追を免れることになっている上に、実現させるには誰かがロシアの指導者を解任し、逮捕し、裁判所に送還して裁判を受けさせなければなりません。

こうした点から、マッキンタイア氏らは「ロシアのウクライナ侵攻で誰かが法廷に引っ立てられることになる可能性があるかというと、その答えは短期的には『いいえ』であり、長期的に見ても『もしかしたら』です。国際社会の仕事は、そうなるように犯罪の証拠を集めつつ、ウクライナの自衛を支援することです」と述べました。

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