障がい者との結婚描く女性漫画家 – 工藤まおり

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『46歳漫画家、20歳年下の障がい者と不倫して再婚しました。』という漫画がある。

タイトルの通り、筆者であるにしけ婦人が高次脳機能障がいのある男性との不倫・再婚や、重度知的障がいのある息子との私生活を赤裸々に綴ったノンフィクションのエッセイ漫画だ(現在は離婚)。

イラスト投稿サイト「pixiv」上で初めに公開されたとき(現在はぶんか社から書籍として出版)は、

「自分も発達障がいがあるけど、にしけ婦人の漫画では障がい者としてではなく個性的な人物として描いてくださっていて嬉しいです」

「障がい者のある子どもが生まれ今後が心配でしたが、この漫画を読んで救われました」

という声があがった。一方、不倫というテーマに「不快になった」というコメントが寄せられた。

個人が発信する時代になり、言動や行動が酷くSNS上で叩かれるようになった今。特に不倫は炎上しやすく、芸能人が活動休止や自粛に追い込まれることはめずらしくない。

炎上リスクを考えると、この漫画はもしかしたら不倫を公表しなくても完成することができたかもしれない。それなのになぜ、あえてにしけ婦人は「不倫しました」と明らかにして漫画を描くことにしたのだろうか。

その理由について答えを得たいと、筆者はにしけ婦人に直接会いに行き、話を聞いた。

「障がい者がアイスクリームを買うことだけを楽しみに生きる人生は間違っている」

まず筆者は、にしけ婦人と元夫の出会い、そして漫画を描くまでに至った思いについてたずねた。

にしけ婦人とくーちゃんの写真。くーちゃんは取材日前日に転んでしまって顔に痣があります。

にしけ婦人は27歳のときに趣味の集まりで出会った元夫と結婚し、31歳で待望の赤ちゃん(以下くーちゃん)を出産した。

しかし、くーちゃんの発達は遅かった。いつになっても「ママ」という言葉も発することはなくオムツも取れなかったのだ。

にしけ婦人は、くーちゃんと同じ月齢の子どもたちの成長を横目で見つつ、「じわじわと首を絞められているような」感覚になっていった。

「お医者さんからは 『成長がちょっと遅いね』と言われはしたものの『障がいがある可能性があります』とはっきり指摘されなかったので、当初はゆっくりしている性格の子なのかと思っていたんですけど、時が止まったようにその後も全く成長しなかったんです」

くーちゃんのIQ(知能指数)がその後も2歳半から成長することはなかった。その後、原因不明の重度の知的障がいという扱いになり、現在は特別支援学校に通学している。

ある日、にしけ婦人はくーちゃんが通う学校の行事で、重い障がいのある子が将来的に入居できるグループホームに話を聞きに行く機会があった。障がい者年金の範囲内で加入でき、くーちゃんと近い重度の障がい者が生活している介護施設だ。

「障がい者年金が6万円で、その金額の範囲内でグループホームに入り施設の中で暮らすシステムでした。施設の人が案内をしながら『月に1回、コンビニへみんなで自分の好きなアイスクリームを買いに行くことが毎月の楽しみなんですよ』と説明していたんです。他のお母さんたちは『素敵ですね〜』『空きはあるのかしら』という反応だったのですが、私の中ではどうしても納得ができなくて……」

納得できなかった理由を尋ねると、にしけ婦人は力を込めて話した。

「障がいのある子どもが、アイスクリームを買うことだけを楽しみに生きる人生はおかしいと思いましたし、みんながそれを良しとしてる空気も非常に嫌だったんです」

「うちの子は、もっと人の役に立つんじゃないか。見ているだけで私はこんなに幸せになってるんだから、もっと可能性があるはずだと思いましたし、私もその可能性を何も探らないまま死ぬのが嫌だったんです。足掻くだけ足掻いて死にたかった。考えた末、私ができることは漫画を書くことだから、障がいのある子供の漫画を描こうと思ったんです」

工藤まおり

しかし元夫は、くーちゃんの漫画を描くことに反対した。なるべく、自身の子どものことを公にしたくなかったようだ。

育児に対する価値観の違いは、障がいの有無に関わらずどこのカップルでも衝突するだろう。しかし漫画家として活動しているにしけ婦人にとって「表現したいことがあるのに、描けない」というジレンマは、非常に辛いものだった。

「障がいのある人も普通に楽しく生きていける」ということを伝えたい

「漫画に描くことができなくても、障がい者の可能性を広げたい」

そう思ったにしけ婦人は、雑貨屋をオープンし店内の一部のスペースで障がい者アートを扱うようにした。そのお店が、地域の情報番組で取り上げられたことがその後の大きな転機となった。

3つのお店紹介のうちのひとコマで数分程度の露出だったが、その放送を見た再婚相手の「にしこ」氏が直接雑貨屋に尋ねてきたのだ。

すでに雑貨屋は閉店したそうだが、当時置いていた障がい者アートの一つを見せてもらった。

そして、2人は以前にも出会っていたことがわかった。

「偶然にも、私がグループホームを見学していたとき、彼が私のことを見かけたようなんです。私は職員の人と、一人一人の才能を伸ばせられるような仕組みが作れないかというような話をしていただけなのですが、彼は私が怒鳴っているように見えたようで、私のことを『正しいことで怒る人なんだな』と思ったらしいです。私は彼のことを覚えていないんですけど…」

にしけ婦人の第一印象では、にしこ氏は障がいがある人に見えなかったが、グループホームにいた理由を尋ねられると、にしこ氏は自身に障がいがあるということを明かした。

「彼は、生まれたときは健康だったんですけど、小学2年生のときにはしか(麻疹)に感染した関係で高次脳機能障がいになったそうです。でも、私が一緒にいる限りはそんな風に思わなくて。元々、彼は頭が良かったと思っていて、彼からすれば機能が落ちたのかもしれないですけど、日常的に話す分には大きな問題にはならなかったです」

以降、ふたりは友人として関係を深めた。その過程で、次第に惹かれあっていった。

にしこ氏に惹かれた理由を、にしけ婦人はこう話した。

「多分、障がいがあっても前向きに生きてるところに惹かれたんだと思います。私が出会った中の障がい者の方は、障がいがあることに対して落ち込んでいる人や、『どうせ障がい者だから』と様々なことを諦めている人も多かったんです。でも彼からは、すごい強さを感じたんですよね」。

工藤まおり

自分の障がいを素直に受け入れて、日々たくましく生きているにしこ氏。対等に話せる関係性に居心地を感じていく中で、彼に惹かれながらも「彼のことを、漫画で描きたい」と思うようになった。

その後、元夫と話し合って離婚。にしこ氏と再婚することになった。

「この漫画は、誰かを傷つけても書く」そう決めた理由

工藤まおり

別れた元夫への配慮として、漫画家として長年活動していたペンネームではなく「にしけ婦人」という新たなペンネームで漫画を発信することにした。

pixivで2019年から漫画の発信を始めると、早くも多くの反響があった。

温かい声がある一方で、漫画の閲覧数(PV)が伸び50万PVに達したあたりから傷つくようなコメントが目立つようになった。

漫画を紹介していたInstagramには、誹謗中傷が届いた。その多くは、「不倫をしていたこと」についての誹謗中傷だった。

「この世の恥だと思え」

「気持ち悪い」

心が削られるようなコメントだ。

「覚悟はしていたものの予想以上にコメントが多かったことにびっくりしました。私自身、芸能人の不倫に対して興味がなかったし、私が謝るのは夫に対してであって、それは双方の話し合いで解決したことです。まさか、周りがこんなにも反応するとは予想していなかったです」

どんな思いでこんなにも酷いコメントを何度も送ってくるのか?にしけ婦人が批判コメントをしてくるアカウントの過去の投稿をたどってみると「親が不倫していた」「自分が夫に不倫された」という過去を持つ人たちだった。過去のトラウマが、漫画をキッカケにフラッシュバックしてしまったのだろう。

「不倫だけではなく、毒親とか障がい者とか、いろんな要素をはらんでいるので、みんなどっかに引っかかっちゃうんだと思っています。自分自身でも、不愉快な部分に引っかかる漫画だなと思ったから。こういう話をしたら、絶対色んなこと言われるのはもうわかってたことなんです」

批判を覚悟し、にしけ婦人は漫画を描いた。

しかし、なぜわざわざ自身が傷つく可能性があることをしたのだろうか。

筆者は、少し意地悪な質問かもしれないと思いつつも「ストーリー上、抜くことはできたはずです。なぜ、あえて不倫のことも書こうと思ったのでしょうか」と尋ねた。

「これは私の一番の悪いところなのかもしれないけど、自分が納得するクオリティーのものを世の中に出すということが優先順位の1位になっちゃうんです」

「この作品もエッセイなので。基本的には実際に起きたことを日記に書いていき、それをベースにそのまま描いています。もちろん、あえて人のことを傷つけてやろうとは思っていませんが、結果的にこれで傷つく人がいても、漫画のクオリティを高くする方が私にとって優先度が高いんです。多分私、漫画バカだから……」

にしけ婦人はそう話した後、少し間をおいてから付け加えた。

「それに、どんなに叩く人がいても、私の漫画に対してプラスに感じてくれる人もいるはずだという確信がありました。障がいがある方と恋愛したり結婚することに勇気を持ってもらいたいし、明るさを感じて欲しいと思っています」

実際、にしけ婦人の元には「自分の心の傷を見せてくれて、ありがとうございます。その勇気に励まされました」「障がいのある子どもが生まれて今後が心配でしたが、この漫画を読んで救われました」という声が、届いている。

にしけ婦人のインスタグラム https://www.instagram.com/nishikefujin/

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