リモートワークのお供に映像配信サービス「NHKオンデマンド」を流している。最近のヒットは2009年放送の宇宙飛行士選抜試験のドキュメンタリーだ。
宇宙飛行士の適性を見るのだからそれは高度なものだったが、中にこんな課題があった。
「1日1時間 4日で100羽の、鶴を折れ」
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なぜ鶴を折るのか
この課題は候補者10名で計1000羽を折り、最終的に千羽鶴にしていくという。
これ、私でも出来そうじゃない?
宇宙飛行士の試験内容、やってみたくない?
そもそもなぜ鶴を折らせるのか。
選考には閉鎖環境で候補者同士が共同生活をし、様々な課題をこなしていくというものがある。
狭く逃げ場のない宇宙ステーションを再現し、ストレス耐性を評価するということらしい。
この折り鶴ミッションは、その閉鎖環境のなかで与えられたものである。
番組中で心理学者の方が「候補者に同じことをずっと繰り返させ、ストレスをかけることで、疲労度や耐性を見る」と語っていた。
また実際にこの選考を受けていた金井宣茂(かねいのりしげ)さんに関する記事の中にはこうある。
(引用元:https://www.yomiuri.co.jp/science/20220225-OYT1T50216/)
宇宙飛行士候補者達が100羽、誰も折れなかったって、聞こえたぜ?
ということは、だ。
たったひとつだけでいい。宇宙飛行士より秀でた能力を持っているというだけで、世界の見え方が変わるはずだ。
100羽折ったら、どうなっちゃうんだ
実ははじめてこのドキュメンタリーを見たとき、すぐに2羽ほど鶴を折ってみた。
もともと折り紙が得意ではない筆者が鶴の折り方を思い出しながら探り探り折る1回目と、思い出した後の2回目でかなりタイムが違う。伸びしろがすごい。
4時間以内に100羽折り終わったとき、きっと何かが変わっているはず。
その先の景色を、見せてくれ折り鶴。
100色の鶴を折るということ
いざ1羽目。
ドキュメンタリーを見ながら折ったときから日が開いているので、再度記憶をたどりながら折る。
なお、選考では1日1時間×4日で行うところ、都合により1日に凝縮して作業した。この変更には大きな意味はなかったのだが、結果にかなりの影響を与えてしまうことをこのときの私は知らない……。
※また、1羽ごとのタイムを記録する時間を考慮して+5分の「65分」の作業時間とし、各作業時間の間に15分以上の休憩を設けています。
まだ序盤なのでタイムに惑わされない。続けてどんどん折っていく。
2羽目は4分3秒55。3羽目は3分37秒00。
着実にタイムが縮まっている。これ、めちゃくちゃ楽しいぞ。
TOEICのスコアが上がっていくうれしさって、きっとこんな感じだろうな。
最初の1時間が終了した時点で18羽の鶴が完成した。
タイムは2分54秒77まで縮まった。
およそデスクワークと思えないレベルの汗をかき、猛烈に肩が凝っていることに気がついた。折り紙ってスポーツなのかもしれない。
2時間目に折った数も同じ18羽。しかし2分00秒05という好タイムを叩き出す。
このころから、折り目をつけるために酷使する親指が痛み始める。でも監督、あたしまだやれます!!
3時間目終了時点で折った数は56羽だった。このままじゃだめだ。
急がなくては、宇宙飛行士に勝てない。負けたくない。
誰よりも早く、鶴を折るんだ……!!!
……4時間目、折れた鶴は44羽。計100羽。
なんと、折ることができた。強い気持ちが勝ったのだ。
最速は100羽目の58秒44。1分を切った。
人はこんなにも成長することができる。
100羽折った先の景色と反省
宇宙飛行士たちが成しえなかった記録を達成してしまった……が、これは、宇宙飛行士たちが「1日1時間×4日かけて折る」のと、「1日4時間で一気に」折るのとで条件に大きく違いがあったんだろう。
タイムアタックの記録を見ても、慣れから後半スピードアップしているのが分かる。
さらに筆者はリラックスできる自宅で作業しており、閉鎖空間でもないことも大きい。
それに、折った鶴を見返してみると、強い気持ちのなかに「千羽鶴の一員になる」という配慮が圧倒的に欠けていた(冒頭にも書きましたが、試験では全員が折った鶴を集めて千羽鶴にするというものだった)。
これはテレビの大食い選手権でいう、こぼしが多くて失格とか、ラーメンの汁の中に残る麵が多すぎて失格とか、そういう部類に入るんじゃないか。
千羽鶴って、折る人の祈りを託したものだ。
でも後半に折った鶴たちは軒並みしおしおで、元気がない。
これをプレゼントされたらちょっと気持ちが沈むだろうな、と思う。
結論:宇宙飛行士を目指す人たちはすごい
選抜試験のミッションは100羽折り、さらに千羽鶴にするために糸を通す作業もしなくてはならなかったはずだ。それは4時間じゃできっこない。
さらに、この折り鶴ミッションには続きがある。
閉鎖環境試験終了間際、タイムオーバーで評価に入ることはないのに、候補者たちは自由時間を使って千羽鶴を完成させたのだ。
そして完成した千羽鶴を選考通過者に託し、最初に宇宙飛行をするときに一緒に宇宙に持っていってもらうと決めた。
(参考:大鐘良一、小原健右『ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験』光文社新書 位置No.2838中No.1944、電子書籍版 2011年発行[Kindle]より)
実際、金井さんとともにこの選抜に合格し、宇宙飛行士となった油井亀美也(ゆいきみや)さんが折り鶴を持っている姿が確認できる。
冒頭の金井さん取材記事によると、油井さんはこのあと、初の宇宙飛行に折り鶴を持っていったという。
10人の宇宙飛行士候補者が自ら課したミッションがおよそ6年越しに達成されたのだ。こんな素敵なことあるんだ。
ただの折り紙にストーリーを持たせる人間性。
これが、宇宙飛行士を目指す人たち……
ふにゃふにゃの鶴たちを目の前に打ちひしがれることとなった。
おみそれしました。