ウクライナのゼレンスキー大統領は23日午後6時(日本時間)、衆院議員会館内の国際会議室で、オンライン形式で演説を行う予定だ。同大統領は今月に入って英下院、カナダ議会、アメリカ連邦議会、そしてドイツ連邦議会などで同様のオンライン演説をしてきた。日本での演説はウクライナ側の要請を受けたもの。G7(主要7カ国)会議メンバーであるアジアの主要国・日本で、同大統領は日本の与野党議員、国民に向けてウクライナ支援を訴えると予想される。
ロシア軍がウクライナ侵攻して19日で24日目を迎えた。両国間で停戦交渉が行われている一方、ロシア軍の攻勢は一段と激しさを増し、無差別攻撃を繰り返してきた。ゼレンスキー大統領は世界の主要国の議会でウクライナ情勢を報告し、ロシア軍の戦争犯罪を訴えてきた。日本での演説を前に、ゼレンスキー大統領の主張、狙いがどこにあるかをもう一度振り返った。
まず、時間の流れに沿って大統領の演説を簡単に追う。
①ゼレンスキー氏は3月8日、英下院でビデオ演説を行った。演説の中でウィンストン・チャーチル元英首相の言葉を引用し、「我々は降伏せず、負けず、最後までやり抜く」と述べ、ロシア軍の攻撃に対してもウクライナを守る決意を表明した。英下院は同大統領にスタンディングオベーションを送った。
②ゼレンスキー大統領は15日、カナダ議会下院でオンライン演説した。大統領は北大西洋条約機構(NATO)諸国にウクライナ上空に飛行禁止区域を設定するよう重ねて求めた。大統領はロシア軍のウクライナ侵攻が始まって以来、常にNATO側に上空飛行禁止空域の設定を要求してきたが、「ロシア軍とNATO軍が衝突すれば世界大戦に発展する危険性がある」(ストルテンベルグNATO事務総長)との理由で拒否されてきた。にもかかわらず、ゼレンスキー大統領はNATO側に空域の閉鎖を求め、時には厳しい批判のトーンで語った。トルドー首相はゼレンスキー氏の国を守る熱意と覚悟を称賛する一方、ロシアの軍事行動を批判した。
③ゼレンスキー大統領は16日、アメリカの連邦議会でビデオ演説を行った。同氏は米国同時多発テロ事件(2001年)や真珠湾攻撃(1941年)を例に挙げて、「同じことがウクライナで連日行われている」と強調し、「あなた方は『私たちには夢がある』という言葉をご存知だと思うが、『私には必要がある』のだ」と述べ、ウクライナ上空の飛行禁止区域の設置を要求。バイデン米大統領に対しては、「世界のリーダーであってほしい」と発破をかけている。バイデン政権はその直後、ウクライナへの8億ドル規模の追加武器支援を発表した。
④ゼレンスキー大統領は17日、ドイツ連邦議会(下院)でビデオ演説した。同大統領はドイツの経済支援に謝意を示す一方、「ドイツは過去、ロシアと密接な経済関係を深めてきた。武器供給でも最後まで渋り、ロシアとドイツ間の天然ガス輸送パイプラインのプロジェクト『ノルド・ストリーム2』に対しても『経済プロジェクトに過ぎない』と弁明し、土壇場まで閉鎖を拒否してきた」と指摘、常に経済的利益を優先してきたと批判。そして「今、ベルリンの壁ではなく、欧州に自由と不自由を隔てる壁ができている」と述べ、ショルツ独首相に「壁を壊してほしい」と訴えた。
①~④を振り返ると、ゼレンスキー大統領の願いは明らかだ。大統領には、ロシア軍のウクライナ侵攻は単に「ウクライナ戦争」ではなく、欧州、ひいては世界に影響を与える「欧州、世界の戦争」という認識があることだ。だから同盟国に支援を要求する時も強硬姿勢が目立つ。軍事的には、ウクライナ上空の飛行禁止空域設置を常にNATOに求めてきた。
1人のウクライナ女性が、「どうか空を閉じてください。地上は私たちが責任をもって戦いますから」と述べていた。ロシア空軍のミサイル攻撃で多くの民間施設が破壊され、幼稚園、病院も破壊されてきた。ロシア側に制空権を握られているウクライナ側は地上戦で善戦できても、空からミサイル攻撃に苦戦を余儀なくされているからだ。
ゼレンスキー大統領は演説の合間にマリウポリ市などでの戦場シーンを流し、ロシア軍の攻撃にさらされるウクライナ国民の現状を紹介している。欧米側に要求を突きつけるゼレンスキー氏に対し、一部で批判の声は聞かれる。仕方がないだろう。ゼレンスキー氏は戦場の指揮官だ。戦いに勝利するためにはあらゆる手段を駆使する。相手がゴリアテだ。通常の作戦では勝利は覚束ない。オンライン演説を申し出、そこで支援を要請する。その時も、物乞いの姿ではなく、司令官の風格を失わない。
ゼレンスキー大統領はコメディアンだったが、同大統領が主演したTVシリーズ「国民の奉仕者」では、歴史の先生から突然大統領になる役を演じて有名になった。ゼレンスキーはその主人公のように主要国首脳に支援を要請する時、必ずと言っていいほどその国が関連した歴史的事件や出来事に言及し、演説を聞く政治家、議員たちに説明する。
だから、ゼレンスキー大統領は日本で演説する時、何らかの歴史的事件、出来事を引用し、日本の議員たちに話しかけてくると予測できるわけだ。例えば、日露戦争(1904~5年)で大日本帝国がロシアに勝利した話を引用し、「世界で露軍に勝利した唯一の国・日本」と称賛するかもしれない。その一方、第2次世界大戦後、北方領土をソ連側に奪われながら取り返すことが出来ない戦後の日本の不甲斐なさを指摘するかもしれない。ひょっとしたら、終戦後、占領国の米国から与えられた「平和憲法」を一度も改正せず、安全問題は米国におんぶする日本の現状に失望するかもしれない。
圧倒的な軍事力を有するロシア軍をゴリアテとすれば、ウクライナは少年ダビデのような立場だ。ゼレンスキー氏はその指揮官だ。同氏が語る内容は議会や書斎からではなく戦場で学んだ知恵かもしれない。
ゼレンスキー大統領は米国議会で、「強さとは自国民、世界の人々のために勇敢に戦う意思を有することだ」と述べていた。日本の与野党議員の先生たちに聞いてほしい内容だ。
ちなみに、ロシアとウクライナ両国を戦争の当事国として対等のスタンスで考える人がいるが、アンナレーナ・ベアボック独外相は、「この紛争では誰も中立であることはできない」と警告、ウクライナ危機の責任はロシア側にあると明確に指摘している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年3月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。