趣味でWeb漫画を9年描き続けた作者に、9年ファンだった読者がインタビューした

デイリーポータルZ

Web漫画を趣味で9年描き続けて完結させた作者に話を聞いたら、連載中に「転職」「商業化の話」「結婚」など様々なことが起きていた。

インタビューする僕自身もその漫画が始まったころからのファンであり、読み続けていたら気づけば30代になっていた。漫画とともに年齢を重ねたこともあり、完結したときは感慨深さがあった。

9年という長い月日の連載はもはや趣味と気軽に呼んでいいのか迷ってしまうほど歴史がある。なぜ9年続けられたのか本人に話を聞いてみた。

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『刀遊記』を9年描き続けて2021年に完結させた作者の千夜さん
(顔出しはNGのため刀遊記の登場キャラクターを著者近影として使用)

趣味で描いてるWeb漫画は、作者が途中で投げ出してやめてしまうことが基本的には多い。

人気がでなかったり、作品へのモチベーションが下がったり、仕事で漫画を描く時間がなくなったりと、様々な要因があるからだ。

そんな中で千夜さんは9年かけて刀遊記を完結させた。一体なにが原動力になって漫画を描き続けられたのだろうか。

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刀遊記:
侍の清十郎が父の刀を探すために西洋を飛び回る冒険活劇。手に汗握るバトルのスピード感や、絡み合った人間関係がおりなす展開が魅力的。趣味で書いてるとは思えないクオリティ。
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少年漫画的な王道バトルは刀遊記の見どころ。最後の戦いを読みながら「これ無料なの?」と何度思ったことか。
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刀遊記はすべてのキャラクターが個性的で、敵味方問わずに好きになる。最終章ではそれらの登場人物が絡みあう群像劇的な展開になってくるのがたまらない。しかも、物語はシンプルな王道展開で進んでいくため気づくと読み終わっている。

大学生の頃から読み続けていた作品だったので、1話を読み返すと「あの頃は実家で読んでいたな〜」と思い出が蘇ってくる。当時はWindows XPだったなぁ……!

そこから9年経って取材する関係になっているのだから人生なにがあるかわからない。

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千夜さんが刀遊記とともに歩んだ9年で起きた大きな出来事と時系列
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読者側の時系列。節目となる転換期はリンクしている部分がある。

9年って冷静に考えると小学校入学から中学卒業までの義務教育期間だ。とてつもなく長い。趣味で続けるにはちょっとした狂気や執念すら感じる。

だからこそ、作者である千夜さんがどんな気持ちで漫画を描き続けてきたのか話を聞いてみたかったのだ。

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責任がないからこそ9年描き続けてこれた

——- 連載当初から読んでいて気づいたら30歳になっていました。完結したときは読者の僕も感慨深いものがありました

千夜:
そうですねぇ。2012年から描き始めて完結したので、約9年〜10年は経っていますからね。

——- 刀遊記を描き始めたキッカケは?

千夜:
うーん、深い理由はないですね。当時はとにかく時間があったので趣味がなにか欲しくて漫画を描き始めました。

——-「漫画家になるぞ!」と気合を入れたわけではなく?

千夜:
まったくないです(笑)
当時の仕事でいろいろとあって気分も沈みがちだったので、「なにもしないなら趣味が合ったほうがマシかな」くらいの感覚です。
 

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千夜さんは掴みどころがなくひょうひょうとしていて明るい印象だった。ミステリアスだけれど砕けている不思議な空気感。
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(真剣な会話の中で帽子の毛をむしるシーン)
刀遊記のキャラはシリアスな場でも自由にコミカルに動くキャラが多い。千夜さんの性格が反映されているのかもしれない。

千夜:
あえて描き始めたキッカケをあげるとすれば、2chまとめサイトを見た影響はあるかもしれません。『ワンパンマン』や『オーシャンまなぶ』などが紹介されているのを見て、「Webで公開できるなら自分もやってみようかな」と思いました。

——- 懐かしい!『K』や『ピーチボーイリバーサイド』などがよくまとめられていましたね
 

■2000年〜2010年代くらいのWeb漫画界隈について

2000年代はWeb漫画に力を入れている出版社も少なく、個人のホームページで趣味で漫画を公開している人が多くいた。

そんな中で自分でホームページを作らずに漫画を投稿できる『新都社』はWeb漫画の黎明期を支えたサービスの一つ。このサイトから飛び立ってプロになった漫画家が多数存在している。(刀遊記も新都社で公開されている)

2008年に開設されたガンガンONLINEが商業として成功したことで、各出版社がWebに乗り出していった。

——- 漫画を描き始めて変わったことはありましたか?楽しくなったりとか、性格が明るくなったりとか

千夜:
週1で更新していたので、生活にハリはでましたね。私の場合は1ページに2時間ほどかかるので、朝起きてから寝るまでほとんどずっと描いているような生活でした。充実はしていましたね。

——- プロの連載みたいなスケジュールですね……!

千夜:
いえいえ、プロとは全然違いますよ。僕の絵はフリーハンドで線が荒いときもけっこうあるので(笑)

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千夜さんは謙遜していたが、素人目にはプロと遜色ないクオリティで連載は続いていた

——- Web漫画を描いてる友達ができることはなかったんですか?

千夜:
描き始めて2〜3年くらいは1人でひたすら描く生活でしたね。漫画にコメントをもらったときに世間と繋がった感じはあったかなぁ……くらいです。

——- なんの見返りもなくストイックに週1で更新し続けるのはちょっとした狂気すら感じます(笑)

千夜:
自由に好きなことをしているだけですからね。
週1更新していたのも最初だけで、2014年に転職をしてからは忙しくなってさすがに月1更新に変更しました。

——- 「仕事で落ち込んでた気持ちが漫画によって明るくなったから転職できた」みたいな心情の変化があったんですか?

千夜:
仕事と漫画とは関係ないですねぇ。描いていなくてもいずれはタイミングを見て転職はしていたと思います(笑)

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こちらは1話のバトルシーン
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こちらが最終話付近のバトルシーン
ストイックに9年続けてきたことで画力や演出が向上していることがよくわかる

 

——- 仕事をしながら漫画を描く生活サイクルって時間なくて忙しそうですね……!

千夜:
いえいえ、仕事のストレスを漫画で発散させているので負担にはなっていません。漫画を描いていて自分がマイナスな気持ちになったことはないですね。

——- 9年続けていて負担になってないのがすごい…!描き続けるための原動力があったんですか?

千代:
頭の中にある描きたいシーンがあって、そこに早くたどり着きたい気持ちでしたね。

——- 本当に、漫画を描くのが好きなんですね。構成で詰まったり、キャラが動かせなくなったりすることもなかったんですか?

千夜:
ほとんどなかったですね。悩むことはもちろんありますけど、何日も描けなくなることはありませんでした。

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のらりくらりと回答している中にも芯の強い意志を感じる

——- 9年続けてこれたコツみたいなものはあるんですか?

千夜:
うーん、本当にないんですよね。ただの趣味なので(笑)
逆に気楽に描いてたからこそ続けられたんだとは思っています。お金をもらって描いてるわけじゃないので責任もないですし。頑張って描いていたら続いていなかったかなと。

——- なるほど、想いや決心がないからこそ9年続いたんですね

千夜:
そうですね。20代のときに出版社に持ち込みもしていて、ボロクソに言われることが何度もありました。そのときは漫画を描くのが嫌になるときもあったので、やっぱり趣味だから好きで描いてこれたんだと思います。

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読者である僕自身は9年前ちょうど日本一周が終わった時期で、仕事もせずに人生を完全に持て余していた。そんなニートのような状態のときに出会ったのが刀遊記。人生がどん底だったときの数少ない楽しみの一つだった。

商業化の誘いがあってネームも描いたがダメになった

——- 描くのが辛くなったことがないというのは驚きでした。Web漫画はモチベーションが下がってやめてしまう人も多そうですし。

千夜:
ああ、でも1章が終わった段階で反応が悪かったらやめようと最初は決めていました。1章だけでも話としてはまとまるように作っていたので。

——- 連載が続いたということは途中で手応えがあったんですね

千夜:
今でもはっきりと覚えてるのですが、5話が転換期でした。更新した直後に寝て起きたら今までとは段違いのコメントがついていて驚きました。

——- 僕も5話は印象に残っています。初めてのライバル的なキャラとの戦いだったので読んでいて熱くなりましたね……!

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5話の名シーン。当時これを読んで手に汗握っていたのが今でもすぐに思い出せる

——- その他に反響が大きかったシーンってありますか?

千夜:
それで言えば21話ですね。手紙を受け取るシーンなのですが、英語を調べるのがめんどくさくて日本語で雑に書いて「英語で書いてあると思ってください」という注釈を入れたら、ツッコミのコメントが大量にきて(笑)

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真面目なシーンで唐突にでてくるゆるいコマ

千夜:
素人のWeb漫画だからこそできたギャグですね。商業作品だったらできなかったんじゃないかなと思います。

——- 刀遊記のゆるい空気感を表してるワンシーンですよね。どれだけふざけても許される的な

千夜:
この手紙はジェシー・ジェームズが書いたものなんですが、なんでもありなキャラなので動かしやすくて好きなんですよね。

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最終戦の最中で料理するジェシー。屈指の強キャラでありながら自由にやりたい放題に動き回る。どことなく千夜さんと同じ空気感を感じる

——- 刀遊記はこういったギャグシーンもありながら、構成や伏線がしっかりしていて読み応えがあるのが魅力だと思っています。例えば11話ですでに最終章に関わる敵キャラや重要なワードがいっぱいでてきますし

千夜:
初期の頃から最終章の内容はだいたい決まっていて、エピローグのシーンも頭にはありました。変更した部分もありますが、だいたいは構想どおりに描けたと思います。

——- 9年もある中で最後まで内容が決まっていたんですね…!
思いついたアイディアなどはこまめにメモなどをとるようにしていたのでしょうか?

千夜:
いえ、私は頭の中だけで考えるようにしています。
キン肉マンの作者であるゆでたまご先生が「ネタ帳はつくらない。メモしないと忘れてしまうようなネタは使わない」と言っていたのを真似するようにしました。忘れてしまうアイディアならたいしたものじゃないんだろうなと思うようになりました。

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約160話あるにも関わらず序盤で最終章に関わるワードやキャラクターが次々にでてくる。しかも後々しっかりと回収される

——- 構成も作画もこれだけしっかりしていると出版社から声がかかってもおかしくないですよね

千夜:
あ、実は1度だけ誘われたことはありました

——- ええ!やっぱりあったんですね!

千夜:
100話くらいのときだったかな。2〜3回くらい打ち合わせしてネームも描きましたが、それ以上は話が進みませんでしたね。

——- おお、残念です…!なにが原因でだめになったんですか?

千夜:
商業ではそのまま描けない描写がいくつかあったんですよね。例えば黒人奴隷の話とかがそうです。「世界観を西部劇ファンタジーにしてしてください」と言われて描き直したこともありました。でもやっぱり設定が違うと、本来の刀遊記のおもしろさにはならなかったんですよね。

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コロシアムでのバトルシーン

——- 働きながら漫画も続けたうえにネームも描いてだと心が折れそう……

千夜:
連載についてはそこまで期待はしていなったので「短い夢だったなー」って感じです(笑)

——- 悔しい気持ちはなかったんですか?

千夜:
ないですね。そこはもう本当に割り切っているので。声がかかったことは運が良かったなと思っています。

——- 精神力が強すぎる……!

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千代さんが商業のネームを描いていたとき、僕はちょうど本業と並行してライターを始めた時期だった。読み続けてきた漫画の作者と人生がリンクしているようでうれしい。
そして、僕自身は本業とライターの仕事のバランスのとり方で未だに悩んでいるので、千代さんの割り切った考えができる胆力がうらやましい……!
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そして結婚へ

——- Twitterで見たのですが連載中に結婚されているんですよね

千夜:
そうですね、結婚は2021年4月なのでわりと最近ですね。

——- おお!おめでとうございます!お相手はどういった関係の方なんですか?

千夜:
もともと相手も漫画やイラストを描く人で、ネット上の知り合いでした。初めてオフ会で会ったときに女性だと知って驚きました(笑)

——- 出会ったのはいつ頃だったんですか?

千夜:
うーん、たしか最終章を描いてる時期でしたね。100話前後だった記憶があるので5〜6年くらい前かな。

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結婚指輪が光る

——- 結婚して生活リズムが変わって漫画が描けなくなる心配はありませんでした?

千夜:
それはないですね。お互いにそれぞれが家で集中して作業しているような関係なので。

——- すごい、奇跡みたいに生活リズムが合っているんですね!

千夜:
そうですね、逆にそういう人じゃないと僕は続かなかったと思います。

——- うおお、運命だ。これこそ漫画みたいだ…!

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結婚したときには刀遊記は161話くらいで物語的にも佳境を迎えていた。
一方、僕は9年経っても結婚のけの字もでてこないため、最近はゴリゴリにマッチングアプリをやっている。

完結したあとも漫画を描き続けている 

——- 完結したときはどんな気持ちになりましたか?「寂しい」とか「スッキリした」とか。

千夜:
「やっと描きたいシーンが描けたな」という気持ちでした。寂しさなどはありませんでしたね。

——- 連載というルーティーンがなくなって生活が物足りなくなることは?

千夜:
今はすでに新しい漫画を描いているので、生活は特に変わっていません。相変わらず漫画を描いています。

——- おお、本当にずっと漫画を描いてるんですね……!

千夜:
刀遊記を描いてる途中で描きたい漫画がいくつか思いついていました。その中で一番イメージしやすいものを選んで漫画にしました。

——- 脳の容量が漫画で埋まっていますね(笑)
新しい作品は刀遊記と同じように新都社で公開するんですか?

千夜:
今回はジャンプルーキーで公開しようかなと思っています。漫画投稿サイトで一番使いやすそうだったので。

 

——- 次の作品はどんな内容になる予定ですか?

千夜:
ファンタジー系のバトル漫画になる予定です。刀遊記では描けなかった戦うヒロインを今回は描いていこうかなと。今の構想だとけっこう長期になる予定です。とりあえずは自分が思い描いてるシーンまではやりたいですね。

——- うおお、めちゃくちゃ楽しみすぎる!千夜さんの次作を読み終わったときに自分は何歳になって何をやっているんだろうか……

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千夜さんの新作「退魔の双月」は3月〜4月頃に公開予定

色紙めっちゃうれしい

9年間読み続けた漫画の裏に触れて、改めて作品が好きになった。9年って本当に長い。9年あれば転職もするし結婚もするし、作者と読者がインタビューする関係にもなる。人生って不思議だ。

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インタビューが終わったあとに千夜さんにイラスト付きのサインを描いてもらった。これがなによりもうれしかった……!!

 

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