Androidでのトラッキング制限、Googleの計画の意味とは?

DIGIDAY

プライバシーの名の下に業界に大混乱を巻き起こすプラットフォームの話になると、Appleのバッドコップ(悪い警官)に対して、Googleはグッドコップ(良い警官)の役割を買って出ることが多い。自分たちが引き起こしている混乱をどれだけ申し訳なく感じていて、問題を解決するためにはどんな苦労も惜しまないということを、すべての人に知らしめたいと心の底から思っているように見える。

その最新の例となるのが、2022年2月の第3週に発表されたプライバシーサンドボックスのAndroid版である。

ここで覚えておくべき重要な点は、Googleが、モバイルIDといったAndroid端末に関する従来のターゲティング手段を廃止したあとも、ターゲティング広告と効果測定を可能にする技術標準の確立に、業界と協力して取り組んでいくと語っていることだ。なぜこれが重要なのかというと、似たような目的のAppleの焦土作戦的な計画の逆を行くものとして打ち出されているからである。

狙い通りの効果は出ているようだ。米DIGIDAYが話を聞いたアドレサブル広告業界のさまざまな関係者からは、業界と協力して全方面が納得できるプライバシー重視の広告ソリューションを探ろうというGoogleのアプローチを支持している様子がうかがわれた。

皆がそう思っているのは、主にマーケティングの成果だ。

ソフトな面を前面に出すのは、Googleにとって特に新しい話ではない。広告業界の幹部たちを驚天動地に陥れる前に思慮深いパートナーというイメージをアピールするのは、同社の常とう手段だ。シニカルな人々は、そのレトリックを眉にかなり唾して聞く。何はともあれ、相手は商売のあらゆる面をコントロールするというアイデアを独占しているような企業だ。だが、そのGoogleも、規制側からの強大な圧力を前にしてはそのようなアプローチをとることはできない。つまり、そのような行動はとらないと思われる必要があるのだ。

結局はAppleがiOSユーザーのデータのサードパーティ利用を制限するのと同様のプライバシー対策をGoogleも提案しているわけで、消費者のプライバシー侵害を取り締まろうという政府側の動きを受けて自社の意識の高さを訴える「美徳アピール」を内輪で競い合っている、といったところか。消費者がどう思っているかは二の次である。

とはいえ、今回の発表が業界に騒ぎを巻き起こしていないというわけではない。特にアプリ開発者は、モバイルID(メディアで大金を稼ぐために頼りにしている仕組み)をGoogleがAndroid向けプライバシーサンドボックスで置き換えようとしているのだから、懸念が残る。

これは、いまだ答えのない多くの疑問、くすぶる懸念のひとつにすぎない。そのすべてが解決できるわけでもない。プライバシーサンドボックスのどの部分も、Googleが業界からのフィードバックを受けて変更する可能性があるとなればなおさらだ。ひとまず本稿では、この動きが勢いを増すなか、今の時点で説明できる点(と注意すべき点)をまとめてみた。

これは重大なことか?

そうだともいえるし、そうではないともいえる。プライバシーサンドボックスのAndroid版を通してGoogleが導入しようとしている変更によって、ありとあらゆるアプリが今以上にトラッキングできるデータを制限されるという意味では重大な意味を持つし、その一方でメタ(Meta)が今年発表した100億ドル(約1兆1000億円)の広告収入減を引き起こしたAppleのトラッキング制限ほどの痛手を生じさせることはないだろう。業界幹部のあいだでは、今後2年(GoogleがAndroidでのプライバシーサンドボックスの展開前に設けたとされる猶予期間)は、それほど緊迫しないとの予想がある。

2022年の2月第2週に3億ドル(約330億円)の資金調達を行った、モバイルアプリの広告効果測定企業ブランチ(Branch)のCEOのアレックス・オースティン氏は米DIGIDAYに対し、同社が「心配していない」と述べ、現在の製品開発計画をただちに変更する予定はないと話した。

これは、オースティン氏がほかの大勢と同様に、GoogleがSKAdNetwork(AppleがiOSでのデータ利用制限と並行して開発したアトリビューションツール)と同じような機能を持ったAPIをAndroidのエコシステム用に開発すると考えているからだ。Googleと業界のほかの関係者との話し合いが、Appleに比べて活発に行われるだろうことはいうまでもない。

即時的な影響は?

これはないだろう。GoogleがモバイルIDの廃止までに少なくとも2年の期間を設け、さらに現実的な代替策がないかぎり廃止を行わないと実質的に宣言していることを思えば、プライバシーサンドボックスは広告業界に対する免状だともいえる。とはいうものの、広告主とパブリッシャーが廃止前にモバイルIDから搾り取れるだけ搾り取ろうと奔走し、モバイルIDの使用とそれによる広告が急増する可能性は高い。

ブランドや広告主のモバイルマーケティングの効果測定を支援するコチャバ(Kochava)のCEO、チャールズ・マニング氏は「成長推進に広告を活用したいというマーケター、広告事業の収益維持を確保したいパブリッシャーを支援する戦略を巡っては、すぐに大きな影響が出てくると考えている」と話す。

つまり、今回の発表でマーケターが慌てる必要はない。

しかしながら、広告主のマーケティング戦略全般へのデジタル要素の統合を支援するコンサルティング会社、TPAデジタル(TPA Digital)のCEOであるウェイン・ブロッドウェル氏は、マーケターに、プライバシーサンドボックス関連の提案をよく理解し、Googleのテストの進捗を常に把握するように助言する。

ブロッドウェル氏は次のように付け加えた。「動向を把握することは、Androidの現在の測定・ターゲティング方法から何が変わるのかを理解するのに役立つ。その理解があれば、自社に対する影響や必要な変更を見積もることができる」。

合意形成の場は?

プライバシーサンドボックスのブラウザ版と同様、GoogleにとってはAndroid版についても開発を話し合う適切な場を見つけることが重要だ。W3C(World Wide Web Consortium)が取り扱うのはウェブだけだということを忘れてはならない。

RTBハウス(RTB House)でプログラマティックエコシステム発展・イノベーション担当バイスプレジデントを務めるルカス・ヴォダルチク氏は「環境横断的に特定の案を集中的に検討する新しいフォーラムが答えになるかもしれない」と話す。「このような場があれば、コンセプトの開発に関係者全員が参加し、テスト・導入へと進む前に改善を図ることができる。実際、プライバシーサンドボックスのウェブ版の開発では、そのような意見交換に価値があることが何度も立証されている」。

プライバシーの保証は?

プライバシー保護策を開発するだけでは十分ではない。Androidのエコシステムでユーザーの意識的な承諾なしにトラッキングを行なおうとする不逞の輩を締め出すという約束を守るには、Googleは積極的な取り締まりを行う必要がある。

いくつかの筋から米DIGIDAYが話を聞いたところによると(個人のトラッキングを公に議論することについて広がる懸念から全員が匿名を希望)、どのようなオンラインエコシステムでも、「意図的に複雑化された手法」のトラッキングが導入されると、その対策を採用する「怪しい集団」が出てくるという前例はこれまでにもあったという。

たとえば、AppleがiOSとSafariにプライバシーの制限を導入することを発表した直後には「フィンガープリンティング(アナリティクス企業が各種データシグナルを使用して[確率論的モデルによって]ユーザーの承諾なしにトラッキングを行うこと)」の急増が見られた。にもかかわらず、Appleは積極的に厳しい措置を取ることはしなかった。同社が発信していたプライバシー重視のメッセージと必ずしも一致しない決定だ。

先述の各情報筋は、Googleは同じことをすることを避けたほうがよいと話す。だが、言うは易しだ。

ブランチのオースティン氏は米DIGIDAYに、ユーザーのプライバシー基準策定に対する合議的なアプローチ(GoogleはこれをAppleの一方的な方針より効果的だと主張する)を100%保証することはGoogleにとって「極めて難しい」と語っている。

新しいサンドボックス、変わらぬ問題とは?

Androidプラットフォームにプライバシーサンドボックスを持ち込むことで、Googleは実質的にAndroid全般で永続的識別子の使用を制限すると言っているようなものだ。ここで語られていないのは、自身が同じ制限の対象となるか? である。

「Googleは一般的に永続的識別子の使用を禁止しようとしているが、自身に関しては意図を明確にしていない」と、ガートナー(Gartner)のアナリスト、エリック・シュミット氏は話す。「今回の発表でも、Googleが自身を制限することには何も触れられていない」。

憶測が飛ぶのには理由がある。

ソースポイント(Sourcepoint)のプライバシー担当主任弁護士のジュリー・ルバッシュ氏は「Googleの広告事業に不当な優位性をもたらすのではないかという見解が、プライバシーサンドボックスのハードルのひとつとして常に立ちはだかってきた。それが厳しい規制監督、予定の遅延、業界の大部分の懐疑的な態度につながっている」と話す。

ただ、少なくとも英国の競争・市場庁(CMA)に対しては、Googleは利用できるデータについて自身に制限を設けることを約束している。ルバッシュ氏は、Googleがアトリビューションに関する文書でも、Googleのアドテクプラットフォームがほかのアドテクプラットフォームと同じ参加プロセスと制約の対象となることをわざわざ明確に示していると指摘する。

[原文:Making sense of Google’s plan to limit tracking on Android

RONAN SHIELDS and SEB JOSEPH(翻訳:SI Japan、編集:長田真)

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