金を逃しても羽生結弦は「王者」 – WEDGE Infinity

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あらためて羽生結弦の素晴らしさに魅了された人は多かったのではないか。20日に閉幕した北京冬季五輪のフィギュアスケート男子シングルは4位。3連覇の期待がかかった中、人類初のクワッドアクセル(4回転半ジャンプ=4A)に果敢に挑戦し、国際スケート連盟(ISU)からジャンプの種類として世界で初めて認定されたものの、転倒して成功には至らず3連覇を逃した。

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ショートプログラム(SP)で8位と大きく出遅れながらもフリーで巻き返して見事に4位入賞を果たした。素直に称賛されるべきであろう。

幼少時から夢として描いていた五輪2連覇をソチ、平昌の舞台で達成。次に思い描いたロマンこそが史上初となる4Aの成功であった。

不運に見舞われるも、高い壁に挑む

ショートプログラム(SP)の演技の際にはあろうことかリンク上の穴にハマってしまい、4回転サルコーが1回転となる不運に見舞われ、8位と大きく出遅れた。ここで並の選手ならばフリーでは無難な演技でまとめようと考えそうなものだが、羽生はあえて自身のロマンを追い求めて4Aの壁にチャレンジした。フリーの前日に右足首を捻挫するアクシデントに見舞われながらも、激痛を押して難易度の高い演技に挑んだ。

確かに五輪3連覇は叶わなかった。しかし、五輪の檜舞台において十分な「功績」を残したことは疑いの余地などない。SPで予想だにしない「氷の魔物」に阻まれてしまったことで1位から18点もの差をつけられても「氷に嫌われちゃったのかな」と苦笑いを浮かべ、平常心を保った。

その場で取り乱し、激しい動揺を露わにしたとしても不思議ではない。実際にロシア・オリンピック委員会(ROC)から出場した女子フィギュアスケートのカミラ・ワリエワやアレクサンドラ・トゥルソワのロシア勢2選手はフリーの演技終了後、自身の滑りや結果に納得がいかず泣き叫ぶシーンが、さまざまな意味で大きな波紋を呼び起こした。

一方で羽生はSPの舞台でさいなまれた不運も受け入れただけでなく、さらには前日練習で患った右足首捻挫のハンディをも乗り越え、終始冷静さを貫きフリーの演技で4Aの壁に立ち向かった。たとえ成功しなくても、それは大きな問題ではない。厳しい境遇に陥った中でも失敗を恐れず、凛とした姿を保ち続けて限界を打ち破ろうとしたことが世界から賛辞を贈られているのである。

北京五輪で金メダルに輝くことはできなかったが、羽生はやはり「王者」「スーパースター」の称号にふさわしい偉大な選手であると実感させられた。

会見での〝告白〟の意味するところは

これだけ注目を浴びると、どうしても粗を探そうとする動きが現れてくるのもスーパースターの宿命だ。

フィギュアスケート男子シングルを4位で終え、今月14日に記者会見を行うと一部から「大会期間中にもかかわらず金メダルを獲っていない選手がなぜ個別会見を行うのか」などと批判の声も沸き起こった。しかしながら実は一夜明け、取材を依頼したのは日本のマスコミ各社だけでなく、世界各国の主要メディアからも羽生への取材申請が殺到した背景があり、それに対応する意味で代表選手を管轄する日本オリンピック委員会(JOC)側が急遽セッティングしたというのが、この個別会見実施の流れである。

メディア側の要望に対して早急に応じた羽生の「実直」な姿勢にはむしろ拍手が送られて然るべきであり、どちらかといえば批判は的外れであろう。

この会見では前記した通り、フリーの前日練習で右足首を捻挫し、当日朝の公式練習では余りの激痛で出場を悩んだものの、痛み止めの注射を打って強行出場を決めたことを明かした。「今回、これを言うことが正しいか分からないですし、言い訳くさくなって、色々言われるのもやだなって。平昌の時もそうですけど、何か言ったら嫌われるというか。怖い気持ちもあるんですけど、事実なんで」と自ら切り出した後「思ったよりひどくて、普通の試合なら完全に棄権してた。今も安静にしてないといけない」などと口にした。

言わないほうが、良かった――。世の中の論調を見る限り、今でも多くの人がそのように思っているようだ。それでも羽生は批判や異論と向き合う覚悟を固めて「事実なんで」と言い切り、実は〝重症〟の怪我を抱え込んで大一番に臨んだことを明かした。今までの羽生が作り上げてきたイメージとはかけ離れているかのような言動に違和感を覚えている人が多いのかもしれないが、もともと「実直」な彼だからこそ包み隠さずストレートに悔しい胸の内をさらけ出したのであろう。

多くの人たちは国民栄誉賞も受賞した羽生結弦に完璧な人間であることを求めている。「実直」な羽生は、ずっとその期待に応え続けてきた。

とはいえ、彼も1人の人間だ。心底悔しくて、真実を言わずにいられなくなる時だってある。そう考えれば、あの会見は羽生が素の自分と本心をむき出しにしたところを「実直」に垣間見せた貴重な場面だったと解釈している。

常人では計り知れない重圧と戦い続け、その総決算として北京五輪で4Aの壁に立ち向かったものの、SPでの着氷アクシデントやフリー前日にまさかの負傷を抱え込む羽目になってしまったのだから全演技終了後に舞台裏の真相を明かすことぐらい、せめて許してあげてもいいのではないだろうか。それだけ、羽生が素の自分を出さなければならないほど実際のところ本音としては悔しかったのではないだろうか。そういう気がしてならない。

揺れ動く思いをどう整理していくのか

北京五輪最終日の20日。エキシビションで松任谷由実の名曲「春よ、来い」をピアニストの清塚信也が演奏したメロディーに合わせて北京のラストリンクを舞った。スタンドに集まった中国の観客は悲鳴や大歓声を上げ、異例とも言える「ありがとう!」の日本語メッセージも向けられた。

北京最後の舞を終えた羽生は「ショート、フリーともに全力を出し切った。4回転半を含めてやり切りました」と述べ、3月の世界選手権出場については右足首捻挫の状態が思わしくないことから「どこまで戻るのか分からないですけど、自分の中でもけじめがついていないところもあるので総合的に判断して決めたい」と語るにとどめ慎重な姿勢を見せた。

現役続行に関して質問が及ぶと「フィールドは問わないって自分の中では思っています。それがアイスショーなのか、競技なのか、それが報われるのか、報われないのか、僕にはちょっと分からない」とも語っていた。

北京五輪では「やり切った」と完全燃焼を強調したが、その半面で右足首捻挫を患ったことで「自分の中でけじめがついてないところもある」と対照的な気持ちも吐露している。果たして揺れ動く心境をどう整理していくのか。いずれにせよ、どのような選択をチョイスするにしても世界のファンは受け入れてくれるはずだろう。

世のビジネスパーソンも羽生結弦の北京での舞に心を打たれ〝何か〟を感じ取った人はきっと多かったはずだ。栄光の舞台裏で葛藤しながらも歩を止めることなく、今後も伝説を築き上げていく27歳のスーパースターの生き様にぜひ注目してほしい。(敬称略)

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