ドイツのオラフ・ショルツ首相は31日、首相として初の国民向け新年演説の中で、差し迫ったオミクロン変異株の感染との戦いで国民にさらなる連帯を求め、「オミクロン変異株の急速な蔓延を阻止するためにワクチン接種を加速することが大切だ」と指摘、「私たちは(感染力のある)ウイルスより素早く動かなければならない」と述べた。
長期化するコロナ禍でドイツ国内でもコロナ規制に抗議するデモ集会が開かれているが、同首相は「危機の中でも社会に分裂は見られない。それどころか、国民は連帯している。病院、看護病棟、医師の診療所、予防接種センター、警察署、軍隊など、共通の利益、健康、安全のために毎日奮闘している国民、コロナ規制を順守する国民に感謝する」と述べた。
その後、ショルツ首相は、「パンデミック以外のもう1つの大きな課題は、ドイツが将来も順調な発展を続けるための基盤を築くことだ。20年代は新たな始まりの基盤作りの10年となる」と指摘し、ドイツ経済の最大のリストラを促進していく決意を表明。そして、「25年以内に、ドイツは石炭、石油、ガスから独立し、温室効果ガス排出ゼロを実現し、再生可能エネルギーからより多くの電力を生成する国となるはずだ。それは巨大な使命だ」と主張した。
その2021年12月31日の大晦日の日、ドイツで操業中の最後の6基の原子力発電所のうち、3基が計画通り、オフラインとなった。残りの3基は1年後に実施される予定だ。オフラインとなった原子力発電所は、ブロクドルフ(シュレスヴィヒホルシュタイン州)、グローンデ(ニーダーザクセン州)、そしてバイエルンの原子力発電所グンドレミンゲンだ。現在、原子炉は少しずつ解体されている。
3基の原子炉が停止したことにより、ドイツでは残り3基の原子力発電所のみが電気エネルギーを供給するが、操業中のバイエルン州、バーデンヴュルテンベルク州、ニーダーザクセン州の原発の終わりも近い。1年以内に、エムスラント、イザール2、ネッカーヴェストハイム2の原子力発電所も操業を停止する。輸出用の燃料と燃料要素を生産する2つのプラントのみが操業を継続する。その後、ドイツの脱原発は完了することになる。
ドイツの脱原発は、2000年代初頭の社会民主党(SPD)と「緑の党」の最初の連合政権下で始まった。その後、「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)と自由民主党(FDP)の連合政権は当初、操業中の原子力発電所の期間を延長しようとしたが、2011年3月、福島第一原子力発電所事故が発生したことを受け、ドイツでは脱原発が固まっていった経緯がある。
ショルツ政権のシュテフィ・レムケ環境相(緑の党)は、「脱原発は不可逆的だ。脱原発は計画通り進められる」と述べている。ただし、ドイツ国内では脱原発政策に異議を唱える政治家、実業家たちもいる。原発なくしてドイツの電力を完全に賄うことが出来るか、といった疑問に対し、これまでに説得力のある答えが返ってこないからだ。ドイツでは2038年までに脱石炭を決めているから、脱原発と脱石炭でドイツのエネルギー供給危機が起きるという危機感が払しょくできないため、既存の原子力発電所の耐用年数の延長を主張する声も聞かれる。
欧州連合(EU)内では原子力発電所の利用について意見が真っ二つに分かれている。例えば、オーストリアは「反原発法」を施行している国だ。一方、フランス、チェコ、ポーランドは原発利用国だ。特に、フランスは欧州最大の原発操業国だ。マクロン大統領は昨年10月12日、小型原子力発電所(小型モジュール炉)の建設と核廃棄物を処理するための新技術に10億ユーロの投資をすると発表している。
昨年、英グラスコーで開催された「国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議」(COP26)で地球の気温を制御する―気温上昇を1.5℃に抑えるには、私たちが生み出す炭素は大気中から除去される量よりも少なくなっていなくてはならないという『ネットゼロ(温室効果ガス排出量実質ゼロ)』を掲げて議論された。そのためには脱炭素化、風力や太陽光エネルギーなど再生エネルギーの利用が重要だが、原子力エネルギーも二酸化炭素(CO2)を排出しないクリーンなエネルギーだという声が高まってきている。それに対し、「原子力の復活は神話だ。世界中で、毎年新しい原子力発電所が建設されるよりも多くの原子力発電所が送電網から外されている。世界の投資家も手を引き出している」という声が脱原発運動家たちから聞かれる。
東京工業大学先導原子力研究所助教の澤田哲生氏はアゴラ言論プラットフォームに掲載した「原子力とEUタクソノミー」という記事で、「原子力発電をEUタクソノミーにおいて、グリーンと分類するか否かが大きなテーマ」と指摘している。原発エネルギーがクリーン・エネルギー(気候に優しい形のエネルギー)と分類されれば、「民間投資が集まる」からだ。
ブリュッセルからの情報によると、EU委員会は12月31日、加盟国に天然ガスと原子力エネルギーを「気候に優しいエネルギー」と分類した草案を送ったという。EU委員会は1月中旬には最終草案を提示する予定という。
ちなみに、石炭エネルギーはCO2放出の犯人扱いされているが、澤田氏は「最新式の石炭火力発電では、石炭を粉塵から気化させて、あたかも天然ガスのように燃焼させて直接ガスタービンを回して発電する方式を採用している。二酸化炭素の回収貯留(CCS)や再利用(CCUS)と組み合わせれば、事実上のゼロカーボン石炭火力発電が実現できる。石炭ガス化複合発電(IGCC)と称し、日本が世界をリードする技術である」と説明する。
なお、ロシアの天然ガスをバルト海底経由でドイツに運ぶ「ノルド・ストリーム2」の海底パイプライン建設が昨年秋に完成した。関係国の認定手続きが終われば、操業は開始される。
「ノルド・ストリーム2」計画によれば、全長約1200キロで、最大流動550億立法メートル、パイプラインはロシアのレニングラード州のヴィボルグを起点とし、終点はドイツのグライフスヴァルト。ドイツは全電力の3割をカバーできる。ただし、欧米諸国からは、「ロシアの天然ガス供給に依存するエネルギー政策は安全保障の立場から危険だ」といった強い抵抗がある(『ノルド・ストリーム2』は完成できるか」2020年8月6日参考)。
「ノルドストリーム2」の稼働に必要な認定手続きについて、ロイター通信は昨年12月16日、「来年上半期までに決定を下すことはない」というドイツ連邦ネットワーク庁(BNetzA)のホーマン長官のコメントを報じている。
ショルツ首相は、「再生可能なエネルギーからより多くのエネルギーを生成する国になる」と表明し、その課題を「巨大な使命」と呼んでいるが、「脱原発」、「脱石炭」を掲げるドイツは近い将来、エネルギー供給危機、エネルギー価格の高騰といった事態に一時的であったとしても直面するリスクは排除できない。もちろん、それは“メイド・イン・ジャーマニー”の輸出製品の競争力を弱める結果となって跳ね返ってくる。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年1月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。