陸上競技の三段跳びをご存じだろう。イランの少数宗派キリスト教徒への政策が三段跳びの選手のように見えてくるのだ。説明する。三段跳びに倣いホップ・ステップ・ジャンプで紹介する。
ホップ・・・イランで先月、裁判所で9人の改宗者(イスラム教徒からキリスト信者に)が自宅や個人の建物で行われた教会礼拝(家の教会)に出席していたとして、禁錮5年の実刑判決を宣告されたが、イラン最高裁判所が11月3日、「キリスト者らの自宅での礼拝の参加またはキリスト教の促進は国家安全保障を侵害する行為とはならない」と判断し、改宗者を訴える必要はないとの裁定を下したのだ。イランではイスラム教以外の宗教者は「国家の敵」と受け取られてきたが、その国の最高裁判所が「そのようには解釈できない」という法解釈を下したのだ(「テヘランから朗報が届いた」2021年12月10日参考)。
ステップ・・・イスラム教シーア派の盟主イランのエブラヒーム・ライシ大統領から世界のキリスト教徒にクリスマス・メッセージがあった。イラン指導部の強硬派として知られているライシ大統領はフランシスコ教皇宛てのメッセージの中で、「平和と優しさの預言者であるイエス・キリストの誕生日、2022年の初めに、あなたの聖性と世界中のすべてのクリスチャンに心からのお祝いを申し上げます」と述べている。
同大統領は、「イエス・キリストの誕生日は神の意志と力の現れであり、聖マリアの精神的な位置は、神の宗教の存在論における女性の地位の偉大さを示しています。この祝福された誕生日を祝うことは、聖マリア(PBUH)を称える機会であり、利他主義のモデルと抑圧された人々の救いの先駆者であるイエス・キリストの道徳的資質を思い出します」と述べている。クリスマス・メッセージは多くあるが、イランのライシ大統領のそれは宗教者らしい格調のある内容だ(「イラン大統領のクリスマス祝賀書簡」(2021年12月26日参考)
ジャンプ・・・イランの司法の長は、キリスト教徒の囚人に、家族と一緒に休暇を過ごすことができるように、10日間の休日を与える指令を全国の当局に指示した。イランのクリスチャンは、1月6日にエピファニー(公現祭=異邦への救い主の顕現を記念する祝日)でクリスマスを祝うアルメニア人がほとんどだ。クリスマスシーズンに入ると、テヘランや他の主要都市のいくつかの店はクリスマスツリーを含む装飾を施し、サンタクロースに扮した人々が店の前に立っている。
イラン最高指導者ハメネイ師はイスラム教の休日に囚人に恩赦または短縮刑を与えることがよくあったが、イランの司法当局がキリスト教徒の少数派のメンバーに配慮したような措置を発表することはまれだ。ニュースポータル「Uca-News」が報じている。
何人のキリスト教徒の囚人が休暇の恩恵を受けるか、または10日間の期間がいつ始まるかについては報じられていない。ただし、治安を損なう、組織犯罪、誘拐、武装強盗で有罪判決を受けた被拘禁者、および死刑を宣告された者はその恩恵を受けられないという。地元メディアによると、キリスト教徒はイランの総人口8300万人のうち、わずか1%を占めるだけだ。大多数はシーア派イスラム教徒だ。
ホップ・ステップ・ジャンプでイランという国の三段跳び選手はどこまで飛ぶだろうか。イランは「イラン革命」以来、神権国家であり、イスラム教の法の教えを国是とするイスラム教国だ。そこで少数派のキリスト教徒に対して、司法当局が寛容な政策を実施しているのだ。「家の教会」はもはや国家の敵ではない、という判断は画期的な政策転換を意味する。ひょっとしたら一時的な政策で時間の経過と共に再び厳格な少数宗派政策が行われるのではないか。ローマ・カトリック教会の総本山バチカンは、「イラン当局の政策を過大に評価せずに慎重に受け取るべきだ」と釘を刺している。確かに、イランでは最高裁判所とはいえ、革命裁判所の前には無力かもしれない。それとも、イラン当局内でまだ知られていないが、パラダイムシフトが起きているのだろうか。
ペルシャ王クロスはBC538年、ユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還することを助けた話をご存じだろう(「ペルシャ王がユダヤ民族を助けた話」(2013年11月28日参考)。ヤコブから始まったイスラエル民族はエジプトで約400年後、モーセに率いられ出エジプトし、その後カナンに入り、士師たちの時代を経て、サウル、ダビデ、ソロモンの3王時代に入ったが、神の教えに従わなかったユダヤ民族は南北朝に分裂し、捕虜生活を余儀なくされる。北イスラエルはBC721年、アッシリア帝国の捕虜となり、南ユダ王国はバビロニアの王ネブカデネザルの捕虜となったが、バビロニアがペルシャとの戦いに敗北した結果、ペルシャ王国の支配下に入った。そのペルシャ王クロスはユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還することを認めたのだ。
現代のイランの為政者はイスラエルを最大の宿敵と考え、「地図上からイスラエルを抹殺する」と敵愾心を露わにしているが、2550年前、ペルシャ王は夢を通じてユダヤ人を救った。ペルシャ王のその決断がなければ、イスラエルのその後もなかっただろう。
それではなぜクロス王は捕虜だったユダヤ人を解放したのか。旧約聖書のエズラ記1章1節によると、「ペルシャ王クロスの元年に、主はさきにエレミヤの口によって伝えられた主の言葉を成就するため、ペルシャ王クロスの心を感動させたので、王は全国に布告を発し……」というのだ。ペルシャ王の心を感動させたということは、ペルシャ王は夢を見たのではないか。旧約時代では「夢」は神のメッセージを伝える手段だと考えられた。クロス王は夢を見て、国内にいるユダヤ人を即釈放すべきだと悟ったのだろう。
世界史で学んだことだが、キリスト教徒を迫害してきたローマ帝国は西暦313年、ミラノ勅令でキリスト教を公認したが、古代末期の歴史家で神学者カエサレアによると、皇帝コンスタンティヌス(在位306~337年)が戦場に向かう時、上空に光の十字架を見たという。その前に、皇帝コンスタンティヌスは夢を見、そこでイエスが現れたというのだ。ローマ皇帝のキリスト教公認の背景には夢と幻想が大きな役割を果たしているのだ。
歴史は、その時の指導者や暴君が戦争や紛争を引き起こし、時代の様相が激変していったことを記しているが、歴史的なエポックはクロス王やコンスタンティヌス大帝のように夢や幻想という通常ではない手段でもたらされてきたのではないか。
イランの最近のキリスト教徒への寛容な政策は現在の世界情勢を反映したものというより、ライシ大統領が見た夢によるものではないか(ひょっとしたら、夢を見たのはイラン最高指導者ハメネイ師かもしれないが……)。いずれにしても、イランの指導者が三段跳び選手のように、ジャンプで遠くに飛ぶために懸命に助走方向に足と手を伸ばしている姿が浮かび上がってくる。当方も夢を見ているのだろうか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年12月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。