ナポリタンはおいしい。一見イタリアンっぽいパスタ料理だが、実はイタリアには存在しない不思議な食べ物だ。
ナポリタンって、イタリア人的にはどうなんだろう。実際に食べてもらった。
ナポリタンはおいしい
最近、ナポリタンにハマっている。
私の住むドイツでも簡単に手に入る食材でできる上、手早くチャチャっと作れるので昼ごはんに食べたりしている。
私の母がナポリタン好きではなかったこともあって、子供の頃食べた記憶はほとんどない。だがなぜかここ数年、ナポリタンを食べたいと思うようになった。
そんな母と最近電話で話していたところ、「ナポリタンっておいしいよね」という話になった。
横浜生まれのナポリタン
調べたところ、ナポリタン発祥の場所は横浜ホテルニューグランドだという定説を見つけた。戦後、アメリカの進駐軍がスパゲッティにケチャップをかけて食べているのを見かねて、ホテルの総料理長であった入江茂忠氏が「もっとおいしいものを作ったろう」と、トマトを使ったトマトソースのパスタを作ったのが始まりだったそうだ。
つまり、ナポリタンはもともとトマトソースだったが、当時の日本ではトマトよりケチャップの方が手に入りやすかったため、庶民の間ではケチャップを代用したものが広まったわけだ。
要するに、ナポリタンはイタリア料理ではなく、日本で考案されたスパゲッティ料理なのである。つまりは日本の寿司がアメリカ風にアレンジされた、アボカドやマヨネーズが入った「カルフォルニアロール」のようなものだ。
じゃあ、日本で生まれたナポリタンという料理は、イタリア人的にはどうなんだろう。
問題はケチャップ
ナポリタンについて、日本語も堪能なイタリア人の友人、フェデに聞いてみた。
ナポリタンについて、イタリア人としてどう思う?
ストレートに言うと、最大の問題はケチャップだね。パスタにケチャップをかけるのは、イタリア人としては絶対ダメ。
日本食で例えるとしたら、煎茶に砂糖を入れるとか、味噌汁にカレー粉を入れたりするのと似た感覚かもね。
なるほど、タブー中のタブーなんだね。日本食で例えられるとショックが大きいけどわかりやすい。
言い方がキツかったかな。いや、イタリア人にとってトマトソースはおふくろの味だから、イタリア人はパスタにケチャップがかけられているのを見ると、ムキになっちゃうんだよね。
トマトソースはイタリアのソウルフード的な存在なんだね。
そう、子供の頃の思い出や、おばあちゃんの温もりが詰まった食べ物なんだよ。食べるとホッとするものだから、日本食でいえば味噌汁みたいなものかもね。
もし私がフェデのご両親にナポリタンを出したら、どうなると思う?
イタリア人は人が作ってくれた食べ物に対して決してまずいとは言わないけど、「お腹が空いてないから〜」とか言ってごまかして食べなさそう!
なるほど、ケチャップを使ったナポリタンはイタリア人には結構抵抗があるようだ。
そこまでダメ出しをされると、余計にイタリア人にナポリタンを食べてもらいたくなってきた。
イタリアのマンマにナポリタンを食べてもらいたい
ぜひイタリア人にナポリタンを食べてもらいたいのだが、私の周りのイタリア人はドイツ生活が長い人、国際的な食文化に慣れている人たちばかりなので、あまりにも簡単に受け入れられてしまうのでは、と言う心配があった。
せっかくなら、イタリアでずっと暮らしてきたマンマに食べてもらいたいなあ、とぼんやり夢見ていた矢先に、朗報が。11月にイタリア人の友人フレディのご両親がベルリンに遊びに来るそう。これはチャンス!
もともと私からナポリタンの話を何度も聞いていたのもあり、フレディはナポリタン試食会を快くOKしてくれた。
フレディの実家は地中海に浮かぶ、イタリアのシチリア島。
温暖な気候に恵まれているシチリア島は、レモンやピスタチオ、ブラッドオレンジなどの農産物で知られる。彼女の生まれ育ったパキーノと言う場所は、トマトの生産地としても有名だそうだ。
そしてなんとフレディのお母さんは、地元のレストランで料理を作っている、プロのイタリアンシェフなのだ。
そんな人たちに、果たしてナポリタンは受け入れてもらえるのだろうか。
受け入れてもらえるどころか、食べてもらえるんだろうか。心配になってきた。
ナポリタン試食会
そして当日、材料を持って、いざフレディ宅へ向かった。
迎えてくれたのは、フレディ、彼氏のヘンリー、娘のマギーちゃん、そしてフレディのご両親のドラさんとセバスティアーノさん。
キッチンで袋からスパゲッティを出した時、ドラさんはちょっと不思議そうな顔をした。フレディに聞くと、ドラさんとセバスティアーノさんには「今日は日本人の友人が来て、日本食を作ってくれるから」としか伝えていないそうだ。
そんな!さらなるプレッシャーがかかる。果たして大丈夫なのか。
それもあって余計緊張したのか、段取りがうまく行かずてんやわんやだったが、なんとか6人前のナポリタンが出来上がった。
いざ、試食タイムである。
ナポリタンはブオーノ?
いよいよフレディ一家にナポリタンを食べてもらう時が来た。夢が叶う瞬間だ。
意外な言葉に耳を疑った。え?今、おいしいって言った?
セバスティアーノさんの方を見る。「うん、おいしいよ。」
食べてもらえるだけでもいいと思っていたので、思いがけない「ブオーノ」に拍子抜けした。一体どうなってるのだ?
イタリア人的にはパスタにケチャップは抵抗があると思ったのですが……?
まあ、ケチャップはフライドポテト以外にはかけないからね。
イタリアでは絶対ないパスタだね。でもおいしいよ。写真を撮って、帰ったらレストランの同僚に見せなくちゃ。
私はもともとケチャップの味が好きだから結構イケるかも。でもイタリア人としてケチャップパスタを「おいしい」って思うことに後ろめたい気持ちもあるけど。
僕はオーストラリア出身で、もともとケチャップをよく使うから、僕にとっては普通においしいかな。
きっとお世辞だろうと思ったのだが、おかわりまでしてくれて、気がついたら6人でナポリタンを食べ尽くしていた。食べれそうになかったら全部持って帰ろうと思っていたので、想像もしなかった展開だ。
とりあえず……これで良かったのだろうか?
本当においしかったのだろうか
フレディのご両親に「おいしい」と言っていただけて嬉しかった反面、なんだか腑に落ちない気もした。後日、もう一度フレディに電話で話を聞いてみた。
この間のナポリタンだけど、本当においしいと思った?
私はおいしいと思ったよ。あとで両親にももう一度聞いたんだけど、二人ともおいしいって言ってたよ。
でもケチャップのパスタって、イタリア人にとって抵抗があるはずだけど、ドラさん達はどうしてあんなにすんなり受け入れてくれたんだろう?
それは、二人の性格かも。
二人とも海外旅行にもあんまり行かないし、イタリア人以外の人と接する機会もあんまり無いんだけど、食に対する好奇心は旺盛なんだよね。あと日本食なのになんでスパゲッティが出てくるんだろう、というのもすごく興味深かったみたい。
とはいえ、レストランで急にナポリタンが出てきたら抵抗はあったと思うけどね。
そうか、私を友達として信頼してくれていたから、受け入れてくれたのもあるんだね。
そうだと思うよ。
うちのお母さんはいつもご飯を作りすぎちゃうことで有名で、実家ではいつも大量のパスタやピザ用の小麦粉を常備してるんだ。
お母さんがなんでも多めに作るのは、誰かがフラッと遊びに来ても、いつでもご飯を出してあげれるようになんだって。クリスマスにも急に誰かが立ち寄った時とかも、「ご飯食べて行きな!」ってさっと自然に椅子とお皿が出てくるんだ。
いつでも誰でも受け入れる性格だから、あんまり抵抗がなかったんじゃないかな。
たとえドラさんたちの「ブオーノ」がお世辞であったとしても、歩み寄ってくれた気持ちが嬉しくて、ジーンと来た。私のナポリタンに対する「ブオーノ」に、ご両親の温かい人柄が滲み出ている。
ナポリタンを食べてもらえた以上に、フレディのご両親に会えて良かったな、と言う気持ちが強くなった。
ナポリタンブームが来るぞ
最近、私がナポリタンの話ばかりするので、ナポリタンに対して興味を持つ友人が増えてきた気がする。
または、どこかでナポリタンの話を聞いたらしく、「ねえ、ナポリタンって一体何なの?」と聞いてくる友人までいる。そのうち、第二回目の試食会を開かなければいけないかもしれない。
今は人気のお寿司やラーメンも、海外で受け入れられるまでは時間がかかっただろう。おにぎりだって、私が子供の頃は「エキゾチック」で「変」な食べ物だったが、今ではドイツのスーパーでも売られる前にもになった。
そう思うと、海外の日本食レストランでナポリタンが定番になる日もそう遠くないのかもしれない。