皆さん、Netfilxの『浅草キッド』は見ただろうか? ビートたけしの下積み時代を描いた本作。私(中澤)は正直泣いてしまった。顔は違うのに本人に見えてくる柳楽優弥の演技もさることながら、飄々としつつも芯を感じさせる大泉洋の深見千三郎など、良いところをあげるとキリがないんだけど、何よりラストシーンである。
原作は自伝エッセイなので深見千三郎の死亡をたけしが知ったところで物語が終わる。言うならば結構暗いのだが映画は暗いまま終わらない。そこに脚本・監督の劇団ひとりの想いを感じたのだ。そんな『浅草キッド』の世界感を肌で感じるのにうってつけの場所がある。フランス座だ。
・聖地
『浅草キッド』の舞台となっているフランス座は今も浅草六区で営業している。まあ、紆余曲折あって現在はストリップはやっていないようだが、その歴史は公式サイトにも載っているため、詳細が知りたい方はフランス座のホームページを見ていただけると幸いだ。
さて置き、浅草近辺に住んでいるため、なんとなく外を通ることは多いけれど、足を踏み入れたことはない場所である。引きこもり気質の私には、お笑いを劇場に観に行くという感覚がよく分からないのだ。したがって、お笑いを劇場で見るのも初体験である。
・今のフランス座
行列になってたらどうしよう? チケット予約とかしなくて平気だろうか? 当日券ってあるのかな? 色々考えながらも、とりあえず行ってみたところ……
余裕で入れた。
月曜日の昼間だからだろうか? フランス座の窓口で普通にチケットを購入できたのでフラッと入ってしまった。どうやら、本日12月20日昼の演目は『東洋館スペシャル寄席2021 vol.39』というものらしい。チケット代は2500円で出演者22組! 多い!!
12時から開演して、それぞれ持ち時間は10分。途中「中入り」という休憩が3回入って終演は16時10分のスケジュールだ。長い! しかも、再入場は禁止。
・つまらなければ帰ろう
つまらなければ帰るか。それくらいの気持ちでエレベーターに乗ったのだが、階数のボタンが点灯するのを見て気づいた。あ! これ深見千三郎がタップダンスを踊ったエレベーターじゃん!! 早くも蘇る『浅草キッド』。さらに4階に到着したところ……
めっちゃ『浅草キッド』のポスター貼られてる!
モロでした。内装は映画の時代ほど派手ではないが、壁や階段などのデザインに “味” がある。これがタケが掃除していたトイレ……。
さらに売店には……
おぼん・こぼんのTシャツが販売されていた。
・ホールへ
レジェンドはビートたけしだけじゃないんだよな。聖地と言えば、「今は昔」的な雰囲気があるが、ここは現在進行形の聖地と言える。
しかし、なんと言っても聖地オーラがあるのは……
そう、ホール。
ステージに張り出し舞台はついておらず、『浅草キッド』のデザインではないけれど、外とは違う空気が流れているように感じる。席は座席指定などなく、空いているところに自由に座るスタイル。
・聞いたことない芸人たち
とりあえず席に座って本日のイベントの出演者を改めてチェックしてみた。私が流行りの芸人に疎いというのもあるのかもしれないが、やはり全然知らない人ばかりである。
しかし、コント、漫才は分かるとして「SMコント」とは一体? 他にも「介護漫談」や「らっぱ漫談」、「痩せないと漫談」などの謎の漫談から「なんくるイリュージョン」など何をされるのか分からないものまで並んでいる。
さらには「ギネス世界記録保持者」なんて芸のジャンルですらない。それただの人や。凄いようで何の情報もない。さすが都内で唯一「いろもの寄席」を連日開催する演芸場……
っていうか、猫ひろしいたァァァアアア!
・開演
思わず2度見してしまった。カンボジアから帰ってきていたのか。そんな中場内アナウンスの後、ひと組目の「週刊少年ハート」のコントが始まった。200席くらいある演芸場でお客さんは15人くらい。私がステージに立つ側ならかなり緊張しそうだが……
普通に面白い。コントの内容はスタンダードなものだったが、変な緊張を忘れるくらいには笑わせてくれた。私はインディーズバンドマンでもあるので、似たような状況でライブをやったことは何回もあるが、ライブの出来ってお客さんに左右されやすいものである。
その中で一定のクオリティーを出すのがプロだと思うが、そういう視点で言うなら彼らは間違いなくプロであった。個人的には、これは結構凄いことだと思う。
・これが愛……?
続く「リンク」も普通に面白い。客はちょっと増えて25人くらいになったが、取りこぼしはない感じ。テレビを見ているとたまにいたたまれなくなるほど笑えないことがあるけど、そういうスベッてる雰囲気はほぼないまま1回目の中入りを迎えた。画面の向こうでやってるテレビとはやっぱり空気が違う。
なんか良い人そうに見えるというか。ウケなかった時、「面白くない」と切り捨てるのではなく、むしろ応援したくなる。これが愛なのかも。
・4時間見た結果
字面だけでは謎だった「介護漫談」や「痩せないと漫談」も、介護福祉士やダイエットインストラクターが知識を駆使したもので、笑いとは別種の興味深さがある。色んな攻め方があるものだ。
それにしても、意外なのは途中で退席する人が少ないこと。ライブハウスだと、特別なイベントでない限り、目当てのバンドの時だけ来て見たら速攻で帰っていく人の方が多い。
もちろんそれが悪いと言うつもりはないが、事実としてフランス座の今日の公演は、ちょっとずつでも雪だるま式に増えている。ハコ自体に客がつくということのお手本を見たような気分になった。
私自身、「つまらなければ帰ろう」と思っていたはずなのに気づけばトリのベートーベン鈴木を見ていた。これが映画だったとしたら、4時間は見られないくらいクソ長いはずだが、少なくとも体感的にはそんな長さを感じなかったから不思議である。
若い人が多いことにも驚いた。演芸場の客と言えば、39歳の私からしても世代が大分上なイメージ。しかし、むしろ客の半分は私より若そうであった。20代っぽい女性や、なんなら10代後半っぽい男子2人組とかまでいた。老若男女がちゃんと集まっている印象。
・変わらないもの
フランス座のスタッフさんに伺ったところ、こういった昼公演は365日毎日入っており、夜公演はハコ貸しが入った日だけという感じなのだとか。現在は基本的に貸し劇場として機能しているようだ。
『浅草キッド』のクライマックスでは潰れる寸前だったフランス座。時代と共に、色んなことが変化しつつも変わらない矜持のようなものがそこにある。それは深見千三郎のような浅草芸人たちが劇場に遺した魂なのかもしれない。