平成のヒット曲にみる時代変化 – fujipon

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平成のヒット曲 (新潮新書)

  • 作者:柴那典
  • 新潮社

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Kindle版もあります。

平成のヒット曲(新潮新書)

  • 作者:柴那典
  • 新潮社

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平成とは、どんな時代だったのか――。

「川の流れのように」から「Lemon」まで、各年を象徴する30のヒット曲から時代の実像に迫る!

ヒット曲は、諸行無常の調べ。それは時代を映す鏡である――。ミリオンセラーが連発し、史上最高にCDが売れた1990年代、国民的ヒット曲が誕生するも、徐々に音楽産業が下り坂となった2000年代、YouTubeやSNSの普及で、新たな流行の法則が生まれた2010年代――。小室哲哉からミスチル、宇多田ヒカル、SMAP、嵐、Perfume、星野源、米津玄師まで、いかにしてヒット曲は生まれ、それは社会に何をもたらしたのか。ヒットの構造を分析し、その未来をも占う画期的評論。

 「歌は世につれ、世は歌につれ」

 子どもの頃、「なんか年寄りくさいなあ……」なんて思いながら聞いていたこの言葉、自分が50年生きていると、なんだかしみじみと頷いてしまうのです。

 僕は昭和に生まれたのですが、天皇陛下崩御のニュースを聞いたとき、高校の寮で誰かが「天皇が死んだぞ!」と叫んでいたのが今でも忘れられません。

 あの頃は「昭和が終わる」ということが信じられなかったのですが、いまや、僕がいちばん長く生きた時代は「平成」になりました。

 この新書では、毎年1曲ずつの「ヒット曲」とともに音楽シーンと世相の変遷が振り返られています。

 大きな震災や冷戦構造の崩壊など、さまざまな出来事があった「平成」なのですが、日本が大きな戦争に参加することもなく、経済的にはジリジリと世界での重要性を下げてきた、そして、「家族」中心から、「個人の時代」に変わっていった、そんな印象を僕は持っています。
 

 平成とは、どんな時代だったのか──。

 本書は、それを30のヒット曲で探る一冊だ。

 1989年の美空ひばり「川の流れのように」から、2018年の米津玄師「Lemon」まで、ヒットソングがどのような思いをもとに創られ、それがどんな現象を生み出し、結果として社会に何をもたらしたのか、それを読み解くことで、時代の実像を浮かび上がらせる試みだ。

 著者は、「昭和」という太平洋戦争とその後の高度成長を遂げた「物語」に比べると、「平成」はどこかぼんやりした感じがする、と述べています。

 その一方で、音楽産業としては、『月9』(フジテレビが月曜9時に放送しているドラマ)の主題歌がミリオンセラーを連発し、カラオケで歌われる曲がヒットチャートの上位となった時代から、CDが売れなくなり、「配信」で音楽が聴かれるのがスタンダードになるという、大きな変化が起こったのがこの30年間だったのです。

 昭和が終わった時点では、まだ一部の好事家どうしが「パソコン通信」でやりとりをしていたのに、いまや、「スマホファースト」の時代です。なんでもスマホでできてしまうので、パソコンにはほとんど触ったことがない、という若者も少なくありません。

 音楽メディアといえば、中学生の僕の息子は、CDというものを「知ってはいるが、ほとんど使ったことはない」のです。

 聴きたい曲は、ダウンロードするのが「普通」だから。

 昭和を引きずっている僕としては、CDを買ったほうが、プレイヤーでも聴けるし、IPhoneにも取り込めるから「得」なんじゃないか、と思うのですが、その僕自身も、最近ほとんどCDプレイヤーは使っていないしなあ。

 この新書で、「30年前のヒット曲」についてのエピソードを読んでいると、そういえば、大学時代に先輩に連れていってもらったカラオケバーで、この曲を歌ったな、なんてことが次から次に頭に浮かんでくるのです。

 僕はそんなに「音楽好き」ではないけれど、だからこそ「大ヒットした歌」に時代の記憶を重ねてしまうのかもしれません。

「ねえ、セックスしよ!」

 鈴木保奈美演じる赤名リカが歩道橋の上で言い放ち、その瞬間、「♪チャカチャーン」というギターフレーズが鳴り響く。その後も何度も語り草になったドラマ『東京ラブストーリー』の名場面だ。

 それはいわば、新しい時代の到来を告げるイントロだった。

 小田和正が書き下ろした主題歌「ラブ・ストーリーは突然に」を収録した両A面シングル『Oh! Yeah!/ラブ・ストーリーは突然に』がリリースされたのは、ドラマの放送開始から約1ヶ月後の1991年2月6日、発売1週間で100万枚を突破し、その年の終わりには当時のシングルCD売上記録を大幅に更新する270万枚の大ヒットになった。

 それは「ミリオンセラー時代」の本格的な幕開けだった。ドラマやCMのタイアップからミリオン、ダブルミリオンなど以前とは規模の違う巨大なヒットが生まれ、音楽産業がかつてない活況を呈するCDバブルの時代だ。

 特に、CHAGE&ASKA「SAY YES」(1991年、『101回目のプロポーズ』主題歌)や米米CLUB『君がいるだけで』(1992年、『素顔のままで』主題歌)など、90年代初頭にはフジテレビ系の月曜9時に放送される、いわゆる「月9」ドラマの主題歌から社会現象的なヒットの数々が生まれた。

 この本の面白いところは、「ただ、ヒット曲や世相を重ねて紹介する」だけではなく、その曲を生み出した人たちの言葉や技術的に斬新だったところも紹介されているところなのです。

『ラブ・ストーリーは突然に』は、イントロにも大きなポイントがある。この印象的なギターのカッティングを弾いたのは佐橋佳幸。アーティストからの信頼も厚く数々の名曲に携わるセッションギタリストの第一人者である。

 よく「チャカチャン♪」って言われるんですけど、本当は「チャカチャチャン♪」って3連符で弾いています。(『ギター・マガジン』2016年1月号)

 佐橋はこう解説する。

 後にいきものがかりの水野良樹が「一発のストロークだけで世界が変わった」とこのイントロを紹介した際も)『関ジャム 完全燃SHOW』2017年2月19日放送回)、「チュクチューンではなく、チュクチュチューンなんですよ」とストロークを解説している。

 このイントロは強いこだわりを持って生み出されたものだった。小田はオフコースを解散しソロ活動を始めた1989年に佐橋と出会い、それ以来、常にレコーディングに参加するなど2人は強い信頼関係で結ばれている。この曲の制作背景を2人はこう振り返っている。

小田:あれは泊りがけでレコーディングして、夜飲んで「ああでもない、こうでもない」って話してて。

佐橋:そうでしたね。レコーディングが終わってちょっと飲みが入ってから、小田さんが「イントロがさぁ……」って言ったからやり直しにいったんですよ、僕。(略)小田さんいつもイントロイントロ言ってるんだもん。

小田:イントロは大事だからねぇ。やっぱり名曲ってイントロがすごく語るんだよな。(『アコースティック・ギター・マガジン Vol.9』)

 当時、大学に入って一人暮らしをはじめたばかりの僕は、『東京ラブストーリー』の「ねえ、セックスしよ! ♪チャカチャーン」に絶句したのです。

 いま、鈴木保奈美が、ゴールデンタイムのドラマで、セ、セックスって、言ったよな……
 
 ちなみに、『ラブ・ストーリーは突然に』の前に小田和正さんがドラマ用につくった曲は、プロデューサーの大多亮さんが「やっぱり何か違う……」と、小田さんに思い切って「ダメ出し」をして、その結果生まれたのが、あの名曲、名イントロだったのです。

 あのリカのセリフのあとの「♪チャカチャーン」までがもう僕の中ではセットになってしまっていますし、これを読みながら、あの場面と曲のイントロが頭に浮かんできた人もいるはずです。

 2000年にリリースされ、大ヒットしたサザンオールスターズの『TSUNAMI』は、サザンの代表曲として愛されてきました。

 そして、2011年3月11日、この曲の持つ意味は大きく変わる。

 その日に起こった東日本大震災は、津波による甚大な被害を日本にもたらした。沢山の命が失われた。その日以来、テレビやラジオでこの曲が流れることは激減した。

 特に被災地のラジオ局はその後何年も葛藤を抱え続けた。

 東日本大震災を機に開設された2016年3月に閉局した宮城県女川町の「女川さいがいFM」でパーソナリティをつとめてきた佐藤敏郎は、2019年3月のNHKニュースの取材に応え「災害の歌でもなんでもないっていうのはわかっているんだけれども、正直な気持ちからすれば、かけたくなかった」と、リクエストに応えられなかった当時の気持ちを語っている(『NHKニュースWEB』2019年3月25日公開)。

 桑田(佳祐)自身は、2012年3月10日放送のラジオ番組『桑田佳祐のやさしい夜遊び』の中で「被災された方や遺族の中にはファンもいた。この曲を歌うモチベーションにはつながらなかった」「いつか悲しみの記憶が薄れ、曲を歌ってくれという声があれば、復興の象徴として歌える日が来たらいいと思っています」と語っている。

 震災後の10年間、サザンオールスターズはこの曲を公の場で歌っていない。

 あの災害を歌った曲ではない。それはわかっているのだけれど、やっぱり、思い出さずにはいられない……

 これを読んで、なんともいえない気持ちになりました。歌は歌、ではあるのだけれど、大ヒットした曲であればなおさら、「世の中」と無縁ではいられないのです。

 2013年のAKB48『恋するフォーチュンクッキー』の項で、秋元康さんのこんな言葉が紹介されています。

 クラブに行って、みんながバラバラに音楽にノッているのを見て、「俺たちの時代と全然違うな、俺たちの時代はみんな同じ方向を向いて、同じ振りで踊ってたな」と思ったんです。あれをやりたい。あの楽しさを今の子たちに教えたい。みんなが一緒に揃うと面白いよっていうのが『恋するフォーチュンクッキー』です。だから、ああいうディスコサウンドをやりたかった。「一緒に何かをすること」が歌の持つ役割になったのかもしれないですね。

 この本で採り上げられている最後の年である、2018年の米津玄師『Lemon』について、著者はこう述べています。

 そして最も重要なポイントは、これだけ大きなヒットになった「Lemon」という曲が、”みんな”の歌にはならなかったということだろう。300万という数字は、社会現象やブームの勢いに押されたわけではなく、歌が描いた悲しみがそれぞれ”ひとり”の胸の内に深く刺さることで成し遂げられたのだ。

 「みんな」から「個人」の時代になり、マイノリティにも目が向けられるようになったのが「平成」だったのです。

 その一方で、個々の人間は、そんな「社会の変革」についていけないところもあるし、「みんなが一緒に揃うと楽しい」という感覚も持ち続けているんですよね。

 人々は揺らぎながら、その時代を生き続けている。

 読んでいて、僕自身のいろんな記憶も甦ってきたのです。僕の子供たちは、30年、40年後にYOASOBIの曲を聴いて、こんな気分になるのかなあ、なんて想像してしまいました。

 そのとき、彼らは、どんなふうに「音楽」を聴いているのだろうか。

fujipon.hatenadiary.com


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