千葉県警が交通安全啓発動画に女性キャラクターを採用したところ、「性的だ」などと抗議を受け動画が削除された。これに対し「勝手な決めつけだ」として有志が反論し、ネット上で炎上騒ぎとなった。なぜお互いの議論は深まらないのか。現代文化をジェンダーの視点から研究する横浜国立大学の須川亜紀子教授に聞いた――。
Vチューバーを起用した千葉県警の動画が“炎上”
今年8月、千葉県警は、千葉県松戸市のご当地Vチューバー「戸定(とじょう)梨香(りんか)」を起用した交通ルール啓発動画をYouTube上で公開した。
戸定梨香のYouTubeキャプチャ画像 – YouTubeより
Vチューバーとは、バーチャル(Virtual)YouTuberの略語で、自分の素顔ではなく、2Dや3Dのアバターを使ってYouTube上で配信する人のことを指す。
戸定梨香は女子中高生風のキャラクターで、動画は戸定さんが自転車の正しい乗り方などを説明するものだった。
動画を公開したところ、全国の女性議員らでつくる「全国フェミニスト議員連盟」が「動くたびに胸が揺れる」「性的対象物として描写している」などとして、起用した千葉県警に動画の削除と謝罪を求める抗議文を送付。直後に千葉県警が動画を削除すると、フェミニスト議連に対する批判が殺到した。
このうち荻野稔大田区議などの有志がフェミニスト議連の抗議に対し「性的対象物というレッテルを一方的に貼り付けている」として、ネット上で署名活動を行い、削除の撤回を求めている。
なぜこうした対立が起きるのか。そこにあるのは、アニメや2.5次元文化(虚構と現実の混交した文化)に対するリテラシーの有無とコンテキスト(文脈・背景)の共有という問題である。
アニメ(画)炎上はこれまでにもあった
公的機関がアニメ(画)キャラクターをポスター等に起用して問題となった事例は過去にもあった。ここでいうアニメ(画)キャラクターとは、アニメ作品の登場人物、またはアニメ画のような人物イラストを指す。
SNSの発達以後、最初に全国的な問題となったとされているのが、2015年に三重県志摩市が伊勢志摩サミットの開催に合わせて公認した海女を模したオリジナルキャラクター「碧志摩(あおしま)メグ」だ。
メグは大きな胸や太ももを露出させたいわゆるセクシーなキャラで、若者に志摩市の伝統産業である海女やサミットをアピールしたいという自治体の狙いがあったことからアニメ画キャラクターとして採用された(現在は有名声優が声を担当する動くアニメ画キャラとしてYouTubeでも活躍している)。
ところが、ポスターなどを見た海女や一部の地域住民から「胸を強調していて不快だ」「海女の仕事を馬鹿にしている」と声が上がり、SNSでの拡散も手伝って「炎上」状態になった。
岐阜県美濃加茂市でも同年、地元の農業高校を舞台にしたアニメ『のうりん』の女性キャラクターでいわゆる「巨乳」の少女・良田胡蝶をスタンプラリーポスターに起用したところ、同様の苦情が寄せられた。
2018年には自衛隊滋賀地方協力本部が、自衛官募集のポスターに、アニメ『ストライクウィッチーズ』を起用したところ、女性キャラクターのミニスカート姿や、そこから見えるスパッツが下着のように見えると問題視された。
他にも、2019年に日本赤十字社がポスターや献血への協力者への粗品として配布したクリアファイルに起用した漫画・アニメ『宇崎ちゃんは遊びたい!』のいわゆる「巨乳」の宇崎花のイラストを用いたところ、女性弁護士がSNS上で「環境型セクハラ」などと投稿し、問題となった。
このように、公的機関のアニメ(画)キャラクターを巡る問題は何度も何度も繰り返されているのである。
炎上の原因はキャラクターの背景・文脈を共有しないから
これらの炎上に共通しているのは、公的機関(またはそれに準ずる機関)がアニメ(画)キャラクターを使用したところにある。
そもそも炎上してしまうのは、漫画やアニメに精通していない人々がそのアニメのコンテキスト(文脈・背景)を共有せずに、「巨乳」「ミニスカート」「女子高生」といったアニメキャラクターを構成する記号だけに反応してしまうことが原因である。
漫画、アニメの作品数が膨大な数を誇る日本では、漫画、アニメのキャラクターは記号的な意味を付与されており、それによって他のキャラクターとの差別化を図っている。
例えば、眼鏡をかけているキャラクターは優等生やクールな性格の持ち主として理解され、フリフリのフリルのスカートや猫耳は、可愛らしいキャラクターの記号として理解されることが多い。普段からアニメ、漫画に接している人は無意識にこれらの記号を咀嚼し、それがどういう意味を持つものなのかを理解している。
ところが、それがひとたび公共空間でポスターなどに起用されてしまうと、そのアニメのストーリーやキャラクターの性格が一切排除され、「巨乳」「ミニスカート」という記号の部分だけが単品で強調されることになる。その結果、漫画・アニメ文化に普段から関わりを持たない人にとっては単なる「男性の性的興奮を惹起する要素」に映ってしまうのだ。
先ほどの『のうりん』の例で言えば、炎上の原因となった良田胡蝶は原作では活発なキャラクターとして描かれている。ところが、それらの情報が一切排除されたイラストを何も知らない人が見れば、大きな胸を強調した女性がまるで男性からの視線に顔を赤らめているような「性的なイラスト」として見えるというわけだ。
早急な幕引きでは何も学べない
実際のところ美濃加茂市のスタンプラリーはかなりの経済効果があったという。若者文化であるアニメとコラボすることで若者の観光需要を生み出し、地方活性化につなげたいという自治体の目的は何ら非難されることではない。また、自衛隊についても、自衛官に応募する人の多くが男性であることから、どうしても募集ポスターが人気アニメの女性キャラクターになってしまうのは否めないことであろう。
問題なのは、こういった炎上が毎年のように繰り返されているにもかかわらず、炎上したアニメ(画)を起用した公的機関側が早急な幕引きを図って画像を差し替えたり削除したりして、「どういう経緯でこのキャラクターを起用したのか」「なぜ炎上を防げなかったのか」という議論が深まらずに問題が終息してしまうことだ。
『のうりん』の美濃加茂市は、批判が出た以降、問題となったイラストを差し替えてスタンプラリーを実施。滋賀の自衛隊も、指摘があってから「スパッツではなくズボンのつもりだった」と釈明後、ポスターを全撤去し、起用した側と抗議した側の溝が埋まらないまま一つの過去の事例となってしまった。
これでは何も学ぶことができず、ほとぼりが冷めた頃にまた新たな炎上が生まれるという悪循環から抜け出すことはできない。