マウスポインタ用の自作オドメータを使って測定します
パソコンで仕事をしていると、四六時中マウスポインタが行ったり来たりしている。もしかすると、自分が一日に動く距離よりも、ポインタが動く距離の方が長いのでは?
そんな疑問が沸いたので、ポインタの移動距離を測定してみることにした。
働き者のマウスポインタ
岸辺露伴は動かないというが、動かないことに関しては私だって負けてない。昨年から在宅勤務になった影響もあり、仕事中は自宅のパソコン前から動かない。パソコンを触ってないと死んでしまうタイプの人間なので、仕事が終わってからも食事や風呂以外の時間はパソコン前が定位置である。
この週はたまたま外出が少なかったというのもあるが、それにしても健康のためにはもう少し歩いた方がいい。出社していた頃は、毎日軽く1万歩以上は歩いていた。歩数の観点だけでみれば、出社というのは優れた制度であった。
そんな動かない私の代わりに、せっせと動き続けているものがあることに気が付いた。「マウスポインタ」である。
自分は椅子に座って全く動かないときでも、マウスポインタだけはずっと動いている。その様子を見てこんなことを思った。
もしかすると、自分よりもマウスポインタの方が長い距離を移動しているのでは?
マウスポインタは、パソコン画面のなかに閉じ込められている。人間に例えるなら、家に閉じ込められて外には出られない状況だ。でもその狭い家の中を、信じられないくらい行ったり来たりしている。実際にこんな人がいたら、「おい、ちょっと落ち着けよ」と言いたくなるような そわそわした動きである。
マウスポインタの移動距離、累計すると相当なものなんじゃないか。気になったので調べてみることにしよう。
マウスポインタの移動距離を測る
モニタの世界では、移動距離の単位はピクセルである。まずはそのピクセルをmm単位に変換する必要がある。簡単な計算によると、私が使っているモニタは1px = 0.155mmということが分かった。
あとはマウスポインタの座標がリアルタイムで取得できればいい。座標の推移から移動したピクセル数が分かり、そこから移動距離が求められる。すべてパソコン内部の出来事なので、プログラムを書いてしまえばすぐに測定可能である。
というわけで作った。
ポインタを画面左端から右端へと動かすと、ちゃんと600mmほど加算される。合ってそうだ。
ちなみにパッと見て分かりやすいようにあえてマウスを動かしているが、私が普段使っているのはトラックボールである。マウスは手首を動かすのに対し、トラックボールは指でボールを回すだけなので、運動量がさらに少ない(なので腕や手首の疲れがなくなり、肩こりにも効いて最高ですよ)。
トラックボールだと、自分はほとんど動いてないのにポインタにはせっせと動いてもらう状況がより鮮明になり、本当にポインタ様には頭が上がらない状況だ。さて、これで移動距離を測る準備が整った。でもこれだけじゃあ面白くないよね、ということでもう一丁やっていこう。
アナログなオドメータを作る
いろいろと物を作っていると、「それスマホ(やPC)で出来るよ」ってよく言われる。でも個人的には、「何も本質が分かっちゃいねぇな」と悪態をついてしまうわけです。スマホで出来るからと言って、なんでもスマホで実現するのがベストだとは全然思わない。人間は目的を楽しむだけでなく、そこに至るまでの手段や過程を楽しむこともできるのだ。
どうせ積算距離を数えるなら、ただパソコンの画面に数字が出るよりも、往年の車のオドメータ(積算走行距離計)みたいに、機械的なカウンタがカチカチと回る方が絶対に楽しいじゃあないですか。そういう五感に訴えるような装置があった方がいいと思うのだ。
少し話は逸れるが、こんなニッチなパーツを売っているのは、大阪だと日本橋にある「デジット」しか知らない。そこに行けばどんな夢も叶うかどうかは分からないが、何に使うのかよく分からないパーツを買うことはできる。以前に「ポケベル打ちでTwitterができる装置」を作ったけど、この電話機のプッシュボタンみたいな「こんなのどこで売ってるんだ?」ってパーツもデジットで買いました。
電磁石で動いて、動いたときに「カチッ」という何とも小気味のよい音を立てる。マウスポインタの移動距離をカウントするには、これ以上にないパーツである。
長い時間カウンタが動かないのも寂しいので、カウンタの動作単位は「メートル」とした。つまり、マウスポインタが1m動くごとにカウンタが1つ進む。だいたい画面を一往復すればカウントアップする計算だ。桁数は5桁なので、最大99,999m(99km999m)まで測定できることになる。それだけあれば十分であろう。
ついでにスピードメータも作ろう
オドメータがあるのなら、一緒にスピードメータもあった方がいいだろう。イメージは自動車の運転席である。このメータを使って、マウスポインタの移動速度を表示したい。
想像してごらん(Imagine)。マウスを動かすと、その動きに合わせてアナログメータがグワン! グワン! と振れるのだ。人間はアクションに対してレスポンスがあるとうれしい生き物だし、物理的にメータが振れるのは視覚的にも面白い。なんでもかんでもスマホでやってたら、この感覚は味わえないのだ。
文字盤を作るにあたって、あらかじめマウスポインタの移動速度を測定してみた。人によってポインタ速度の設定が違うのであくまで「私の場合」であるが、ものすごーく早く動かして160cm/s程度であった。一秒で1.6mと考えると、そんなもんかなと納得できる。ちなみに普通に動かすと30~40cm/sくらいだ。
マウスポインタの速度は、すでにパソコン側のプログラムで計測できている。あとはDAコンバータというICを使って、速度のデジタル値をアナログ電圧に変換、それでメータを動かす仕組みを作ればいい。作りました。
測定装置を使ってみる
この装置、特に使い方というものはなくて、単にマウスポインタを動かすとそれに連動して勝手に動くだけである。
お、おもしろいぞ、これ。写真だけ見てもピンとこないかもしれないが、マウスを動かすだけで、それに応じた反応が返ってくるのは純粋に面白い。マウスの接続先はパソコンなのに、横に置いてあるよく分からない機器が反応して動くという意外さもよい。物理的に物が動いたときの快感みたいなのが、やっぱりあるよなと思う。
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ぜひ動画でも見てって下さい
さて長々と書いてしまったが、これを作った目的は「マウスポインタは一日にどれくらい移動しているのか」を測定するためであった。さっそく確かめていこう。
マウスポインタの移動距離は? 速度は? 測定してみた
測定開始初日である。
作っている段階で、1,002mほど動かしてしまったようだ。このカウンタにはリセット機能がないので、実際のオドメータと同じく巻き戻すことができない。その部分だけやけにリアルである。
さて、この日はわりと時間に追われており、休憩時間を除くとほぼ一日中プログラムを書いていた。プログラミングというとキーボードばかりでマウスは使わないと思うかもしれないが、私の場合はエディタとブラウザを行ったり来たりするので、ほぼ一日中マウスポインタは動いている状態だった。どう考えても自分が動いた距離よりも、ポインタが動いた距離の方が長い自信がある。だって、これを見て下さいよ。
一歩の歩幅を70cmとすると、900歩なら630mである。そう聞くと、少ね~と思うと同時に、なんとなく合ってそうな実感がある。これはこれで割と心配になるが、この対策は別途行う予定なので、いったん現実を受け止めておきたい。
で、肝心の距離計はというと、
最初が1,002mだったので、一日の移動距離は1,216mということに。約1.2kmである。予想以上に長距離を動いていたし、やはり自分が動いた距離よりも長かった……。人間の約2倍の距離を移動していると考えると、すごいなマウスポインタ。
これはもちろんモニタの大きさによっても変わるし、もっとバリバリ一日中仕事をしている人は距離が伸びるだろう。でも私のバリバリではこれくらいだったのだ。マウスポインタが一日に動く距離は、約1.2kmである。
――こうして、この世にまたひとつ新たなトリビアが生まれた。
もう少し測り続ける
さて次の日。
この日はそんなに時間に追われてはなく、かつ会議が多かったこともあり移動距離が伸び悩んだ。別に距離を競っているわけではないが、カウンタが回る回数、すなわち「カチッ」という小気味よい音を聞く回数が少ないと、それはそれで寂しくもある。
前日が2,218mだったので、たった491mしか移動しなかった。こういう日もある。
677mの移動である。2日目よりは伸びたものの、初日の記録には遠く及ばない結果となった。
マウスポインタの移動は、いろんな要因で激しく動いたり、あまり動かなかったりする。たとえば先に書いたように会議が多いと移動は減るし、論文や参考書などの文章を読む時間が長いとポインタの移動は抑えられる。
この距離計を作っていて、なんとなく「タイムカードみたいに毎日の積算距離を入力させるシステムがあったらイヤだなぁ」と、ありもしない現実を想像して暗くなっていた。ありそうで怖いが、そんなものは何の目安にもならない(仕事量には比例しない)ので、気にしないのが一番である。
別の指標を作ってみる
ここまで3日間の距離を測ってみたが、若干の物足りなさを感じていた。たしかに針が振れたりカウンタが回るのは愉快で、それがポインタを動かす醍醐味ともなり得る。
そうなんだけど、もっと達成感が欲しいと思ってしまったのだ。
穴が空いた部分にLEDを埋め込んでおき、移動距離に合わせて点灯箇所が動いていく。マウスポインタの移動によって、遠くへ旅をしている感覚が味わえるゲーミフィケーション的なガジェットである。
山手線にしなかったのは、距離が長すぎてなかなか一周できないと思ったから。そうは言っても、大阪環状線だって21.7kmあるらしい。先ほどの計測ではがんばって一日1.2kmだったので、一日一駅進むのですら大変だと、パネルを作った後で気が付いた。
目標設定が高すぎると、達成時の喜びは大きいものの、普段は逆に挫折感を味わってしまうだろう。これはボツにして、もっとお手軽なやつがいい。
イメージしたのは、Apple Watchのアクティビティリング。簡単にいうと、一日の目標運動量を設定して、達成率が上がっていくと徐々にリングが閉じていく(100%達成すると完全なリングになる)というもの。
今回作ったパネルは、一日の目標ポインタ移動距離(それに何の意味もないが)を1.2kmとして、100m進むごとにLEDが一つずつ点灯するようにした。そして無事に目標を達成すると、LEDが全点灯してリングが完成するのだ。いわばマウスポインタのアクティビティリングである。
翌日からはこのシステムも取り入れて移動距離を測ってみた。
さらに測り続ける
前日は3,386mだったので、移動距離は786mとなった。そこそこ動いた一日であったが、それでもリング完成までは遠かった。
でも一日の目標に対する達成率が一目で分かるのは便利である。ああ、今日は1/2くらいの達成度だったんだな、と一日を振り返ることができる。達成しても何もない点は寂しいが、でも達成感を得られることがすなわちメリットとなるのだ(詭弁っぽいが)。
移動距離は1,203mとなり、晴れてリングが一周グルッと完成した。感無量! とまではいかないものの、じわじわと染み出してくるタイプのうれしさがある。
自分で適当に決めた目標だけど、意外と「達成しそうでなかなか達成しない、でも無理な目標ではなく、がんばれば達成できる」という、絶妙な難易度になっていた。ゲーム的にはちょうどいい感じだ。
あとやはり「結構マウスを動かしたな」と実感のある日が1.2kmなので、自分の一日の上限はそれくらいなのだろう。
こんな感じで一週間測定を続けた結果、総移動距離は5,837m、平均すると一日あたり834m移動していた。一日の最低距離は491mで、最高距離は1,216mであった。
日本は南北に約3,000kmらしいので、このペースでマウスを動かし続けると10年ほどで日本を縦断できる距離になる。自分の場合だと、たぶん南北を1往復するくらいの距離は動かしてそうだ。そう考えると果てしないし、これはもはや旅である。マウスポインタの移動は旅だったのだ。
改めて累計移動距離を見ると感慨深い
当初の疑問だった「自分よりもマウスポインタの移動距離の方が長いのでは?」というのは、明確に「Yes」であった。自分が椅子に座っている間に、ポインタは遙か1.2km先まで進んでいた。いままで無意識だったけど、ポインタもがんばって移動しているのだ。人類の進歩はポインタと共にあると言っても過言ではない。
となると気になってくるのは、人間は一生のうちにどれだけマウスポインタを移動させるのか? ということ。もちろん測ることはできないけれど、その距離を見たら今までのパソコン人生を思い出して感極まってしまうかもしれない(ああ、この時代はテレホタイムに距離が伸びているなぁ、とか)。
これだけ見ても、「もうあれから7kmも移動したんだ、よく作業したなあ」と感慨深くなってしまった。一見すると単なる数字だけど、その裏にはいろんな作業の歴史が積み重なっている。時間が経つにつれて、この数字は重みを増してくるのではないか、と思うものです。
累計を見るのは楽しい
思えばゲームのプレイ時間とか、カメラの累計シャッター回数なんかを見るのが好きだった。
こんな風に数字が記録されていると、何だかうれしくなって見てしまう。いにしえのウェブサイトにあったアクセスカウンタも、いま思えばこれと同じような感情で眺めていたな、と思い出した。