映像作品に「カメラを傾けたシーン」が出てくる理由とは?

GIGAZINE
2021年11月23日 18時00分
動画



私たちの視界は基本的に「地面が下、空が上」ですが、映画などの映像作品では時折「斜めに傾いたアングル」のシーンが挿入されます。このような「カメラを傾けたシーン」はどこに起源があるのか、ニュースメディアのVoxがムービーで解説しています。

Why movies tilt the camera like this – YouTube
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映画製作者は「不安」を描写するためにさまざまなトリックを使います。例えばこのような林のシーンの場合……


不安を催すようなBGMを入れたり、上下の黒帯の幅を増やしたり、雷のサウンドエフェクトを追加したり、色調を寒色寄りにしたり、ほんのわずかにカメラを傾けたりします。このカメラを傾ける技法は、「ダッチアングル」と呼ばれます。


このようなトリックは同時に複数使うというのが定番ですが、ダッチアングルは単独で使われた場合にも効果を発揮します。例えば「ハリー・ポッターと死の秘宝」「ドゥ・ザ・ライト・シング」「マイティ・ソー」「レ・ミゼラブル」などに、ダッチアングルを使ったシーンが登場します。


ダッチアングルは現代では映画で多用されています。しかし、「その起源は映画ではない」という点を解説するのが今回のVoxのムービーです。


まず最初に、カメラを傾ける技法は前述のように「ダッチアングル」と呼ばれていますが、その起源はダッチ(オランダ)ではありません。ドイツこそが起源です。


ドイツでカメラを傾けるという技法が発展したのは、第一次世界大戦期における「外国産映画輸入禁止法」に由来します。


当時ドイツの敵国だったアメリカでは、くしくもハリウッドの人気に火がつき始めた時期でした。


当時ハリウッドで主流だったのはハッピーエンド型のシンプルな映画でしたが、ドイツはハリウッドとは異なる道に進みました。それが「Expressionism(表現主義)」です。


表現主義とは定義が難しい言葉の1つとして知られていますが、ざっくり言うと「印象主義」の反対です。


印象主義とは何かというと、「睡蓮」で知られるモネや「舞台のバレエ稽古」のドガ、「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」のルノワールのようなあざやかな色彩と光の効果が特徴的な作風。


対する表現主義は、「モンテカルロの夢」のベックマン、「マーセラ」のキルヒナー、「戦争」のディクスのような、客観的表現を排して内面の主観的な表現に主眼をおくことを特徴とした作風を指します。


表現主義は内的衝動の表現に重きを置きますが、同時に現実世界を洗練させるという形式にこだわります。当時の表現主義の画家は、世界の混乱を主観的に表現することに重点的に取り組んでいました。つまり、戦争の生み出す恐怖と現代社会の不安に立ち向かったわけです。


当時の表現主義者は、あえて歪ませた人物の造形や荒々しい画風、狂ったような色使いを用いて、薄気味悪く時には悪夢のような絵画を生み出しました。


そして、表現主義が全盛に至った時代に登場したドイツ産映画もその影響を受けました。精神に異常をきたした催眠術師によって夢遊病者の患者が連続殺人を引き起こすという展開の映画「カリガリ博士」には、表現主義を思わせるメイクだけでなく……


後のダッチアングルにつながる「シーンのゆがみ」が取り入れられています。カリガリ博士では、背景として使われた舞台セットに多くの歪みが用いられました。


実際、カリガリ博士の演出を担当した3人は、表現主義者を標榜していたそうです。


カリガリ博士が世間に与えたインパクトは甚大で、当時の新聞の批評欄を見ると「史上最も注目すべき映画」といった見出しを含め、演者の怪演や革新的なストーリーに対する賛辞がズラッと並びます。


しかし、最も賞賛を受けたのは舞台背景となったセットでした。セットの随所に用いられた「傾ける」という技法が、緊張感と歪んだ世界観を別の次元に押し上げたという評判を取ったわけです。


カリガリ博士が開いた映画における表現主義は1927年の「メトロポリス」、1922年の「吸血鬼ノスフェラトゥ」に引き継がれることになり……


ダッチアングルも継承されました。


カリガリ博士では「セット自体を傾ける」という技法が用いられていましたが、その後の継承過程で「カメラを傾ける」という形に発展。海を越えた先であるアメリカ映画「市民ケーン」では、演説のシーンでカメラを傾ける技法が採用されていることがわかります。


ダッチアングルは特にスリラー映画で好まれましたが、とりわけダッチアングルを好んだのがヒッチコック。「」や「見知らぬ乗客」「下宿人」では、大きく画面を傾けるシーンが登場しています。


ヒッチコック自身が「この映画はドイツ映画の影響を強く受けています」と答えた映像すら残っています。


その後、ダッチアングルはスリラー映画から各ジャンルの映画に飛び火し、近年ではダッチアングルを多用したコマーシャルも登場。映像作品には欠かせない技法になりました。


バトルフィールド・アース」や「マイティ・ソー」は「ダッチアングルを多用しすぎている」という批判も招きましたが……


スパイク・リーやテリー・ギリアム、ティム・バートンなどの巨匠は、緊張感を強調したり不安を煽りたいときにダッチアングルを好んで用いています。


このような形で、表現主義は時代を超えてもなお生きているというわけです。


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